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4話 不定形、人に紛れる

 



 水を補給した後、2体に分裂する。

 1体はここに残り。もう1体は人間に復讐しに行く為だ。


 もう1体の自分を残し、湿地帯を抜け、馬の蹄の跡を追いかける。

 見た目を、未知の攻撃を行なってきた女に成りすましてだ。

 これは魔物自身も知らなかった事だが、この身体は、一度取り込んだものをある程度再現出来るようだった。

 これならば、あの生物にも警戒されずに近づくことが出来る。そう考えた。




 何日も歩いて、あるところで蹄の跡が完全に消える。

 地面が固くなっていて、蹄の跡がそもそも付かないようだ。

 一瞬落胆するも、方向的にはこっちで合っているはずだと、そのまま真っすぐ歩き続けた。

 暫く歩いていると、荷台を牽いて、例の蹄の有る例の生物が通りかかる。

 だが、それに乗っているのは、先日の男ではなかった。


「どうした!? お嬢さん裸で!?」

「あー」


 声の出し方は解る。しかし、言葉が何を意味するのかが解らない為、とりあえず音だけ出す。


「お嬢さん……言葉が……」


 運転手の顔が少しゆがむ。

 他の生き物に比べて、この生き物は表情が豊かな生き物のようだと感じた。


 そのまま荷台へと誘導され、身体に布をかけられた。肌を出さない習性なのだと把握する。

 続けて男は、木の実とカピカピに乾いた肉を施した後、御者台へと戻り、再び馬車を動かし始めた。

 魔物はこの時、この生き物は悪食なのだと知り、ヒレを持った友達に関しては食べるためだったと、そう認識を改める。

 木の実と干し肉は、前足に当たる部分、即ち、手から取り込み吸収した。


 男は前を見ながら話しかけてくる。


「おじさんを怖がってくれなくて良かったよ。多分君はグランツ領の人だと思うから、そこまでは送り届けてあげるよ」

「あー」


 魔物には何を言っているのかが理解できないため、コミュニケーションはこれだけに終わった。

 そのまま数時間。荷馬車に揺られ、町へと到着する。


 そこはのどかな場所だった。

 湿地とは違い、翼を持つ者は小さく丸々と太っているし、馬車と呼ばれるものが時々見られる。

 だが一番違うのは、服を着た二足歩行の生き物、人間がうようよ居ることだった。


 こんなに他の生き物がいるのに、何故この生き物はわざわざ遠い湿地にまで来て友達を殺したのか、理解に苦しんだ。




 馬車の後ろから顔を出し、初めて見る景色をキョロキョロと眺めていると、屈強な男と目が会う。

 その男は目を丸くし、人間に擬態した魔物の方を見て騒ぎ出した。


「おまっ!? マドゥ! マドゥじゃないか!?」

「あー?」

「おいおっさん! ちょっと馬車止めてくれ!」




 男2人が何やら話し、少しして馬車を降ろされた。


「言ったように、この子、言葉話せないよ」

「あぁ、マドゥ……どうしてこんな事に……とりあえずギルドの方に行こう。な?」

「あー」


 屈強な男に手を引かれ、ギルドと呼ばれる場所へ連れられる。

 近くにあったギルドと呼ばれるそれは、木と金属で組まれた立派な巣だった。この生き物は相当器用なようだ。


 キョロキョロとあたりを見渡していると、周りが騒然としだした。


「おい、お前なんで……」

「マドゥ生きてたのか!?」


 周りに、ざっと20人程が殺到してくる。

 敵意は見受けられないので、恐らく擬態したこの生き物と同じ姿で現れたから驚いているのだと感じ、大人しくする。


「おい、マドゥ?」

「あー」


 この生き物が何を言っているのかが解らない以上、他の方法でコミュニケーションをとるしかない。

 そう考え、差し当たって友達のマネをした。


 一番手前に居た男の匂いを嗅ぐ。

 だが、嗅いだからといって、何かが解るわけではない。

 元の体とは違って匂いというものを感じることは出来るが、それだけだ。

 せめてと、あちこち嗅いでゆく。

 腹、腋、首筋、口……。


「お、おい……どうしたマドゥ……人前だぞ」


 男の顔が赤くなった。

 コミュニケーションを取ることに成功したと判断する。


 満足して別の個体の匂いを嗅ごうとすると、混雑している奥から女の声がかかった。


「……ねえ、マドゥ。何があったの……貴女が無事だったって事は……他の2人も……?」

「あー」

「……ねえ誰かマドゥの親呼んできて!」


 女の判断は早かった。




 少しして、擬態したこの個体に似ている、少々老いた男と女がやって来る。

 何か色々話しているが、マドゥが話せないからなのか、そもそも別の個体だということを知ってかは判らないが、顔を歪めて泣き出したので魔物は面を食らってしまった。




 この2人は擬態に選んだ個体。即ち、マドゥの両親だった。

 なんだかんだで、魔物はマドゥとして、この2人に引き取られる事になる。




 そこから数ヶ月。

 魔物は自分の事を[私]と呼ぶ事を覚え、人間と呼ばれる興味深い生き物の生態を覚え、マドゥという個体がどういう人物か知った。


 人間の生態と、言葉というコミュニケーションの取り方を覚えた事により、分かった事が色々。


 マドゥは火と雷の魔法使いで、ハンターをしていた女。年齢は17歳。

 そもそも魔法使いというものは適性がないとなれないものらしく、使える者はそれだけで引く手数多なのだとか。

 だが[私]はマドゥではないし、そもそも人間ではない。

 なので、マドゥは火と雷の魔法使いではなくなっていた。




 理屈で言えば、魔法は魔力があれば使える。

 魔力の塊と言っても過言ではない魔物は、属性というものに縛られなかった。

 その気になれば火どころか、水、氷、雷、空間、無属性の魔法を使うことが出来たのだ。


 これを知った人間達の反応は様々だった。

 マドゥを得ようとする者。

 マドゥに教えを請おうとする者。

 自分も多属性魔法使いになろうと、危険を承知で湿地へ向かう者。


 もっとも、最後の者に関しては、人知れず分裂体で殺害し、事なきを得ていた。殺した者はそのまま分裂体により、湿地へと運んで皆の餌にする。

 少なくなった身体は水魔法で補給できたので、実質不死身にもなった。

 人の街に居ても魔物は魔物でいたのだ。




 残る2種類の人間。マドゥを得ようとする者と教えを請おうとする者の対応は待ってもらっていた。

 まだ学ぶ事が多かったからだ。

 だがそれも今日まで。

 今日からは本格的に[忘却の魔女マドゥ]として、あの楽園を守る事にした。


 だがその前に、一度湿地の分裂体と会う事にする。

 現状も把握したかったからだ。




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