3話 不定形、戦闘する
3人は湿地帯から抜ける。
「逃げ切ったか!?」
「当たり前よ! あれ、足が遅かったでしょ!」
「あー、もう一文無しだ!」
この3人はそれなりに戦い慣れている。危機察知能力も決して低くはない。それ故に、未知の存在を相手に逃げるという行動に素早く移れたのだ。
3人は足を一旦止め、息を切らして、徒歩に切り替える。
「まったく……なんだったんだあれは」
「知らないわ。先に逃げたアイツに聞いてよ」
「……アイツ、仲間食われたんだろ? アレに……」
「……」
少しの沈黙と、重い空気が流れる。
ハンターが死ぬのは決して珍しいことではない。
しかし、それは獣に襲われるのが直接の原因ではない。大体が獣から受けた傷からバイキンが入り、それが悪化して死んでしまうのだ。
今回のように直接的な死が齎される事など滅多に無い。
「攻撃魔法や身体強化魔法があるんだから、ちょっとくらい回復魔法が使えてもいいと思わない?」
「違いない。お前が誰でも使えるようにしろ。そのアイデア出した時点で大魔法使いだぜ」
「……本気で考えてみようかしらね」
先程までの緊張を解すように、他愛もない会話が飛び交っていた。
この瞬間まではだ。
「……避けろ!」
男が短く、そう叫ぶ。
「っ……!」
「はっ!」
3人は、連携の取れた動きで魔物の急降下を躱す。
魔物は、奇襲が失敗に終わった以上、再び空から襲撃しても意味はないと判断し、大地に降りて翼をたたむ。
「何だ……こいつ……」
「狼に翼が付いてる……」
「あっぶねー……助かったぜ」
魔物は人間が何を言っているのか解らないので、正面からぶつかってゆく。
友達のこの爪ならやれないことはない。そう思っていたのだが、正面から剣により、上下真っ二つに両断されてしまった。
「手応えが!? おかしい!」
「切れすぎだな……」
男は剣に付着した物を見る。
「……水だ」
「……え、でもこいつ……じゃあさっきの!?」
ハンター達はこの時点で、目の前にいる襲撃者の正体を知り、更に緊張を高めていった。
人は未知を恐れる。
眼の前に居るのは生物と言って良いのかも判らない、まさに未知のものなのだ。
魔物は再集結し、起き上がる。
牙を持つ彼のではだめだった。ならばと、前肢の付け根から、怪力自慢だった彼の腕を生やす。
「今度は熊の手が!?」
「やっぱり、こいつさっきの水のやつよ!」
「もう逃げられないな! 倒すしかない!」
3人が魔物へと向き直り、戦闘態勢に入った。
魔物は数的不利を補うため、質量を半々にして左右に別れながら、身体を再生成する。
「そんな馬鹿な!」
「どうなってやがる!」
「とにかく1体倒さなきゃ!」
3匹の間に驚きが広がり、その顔はどんどんと強張っていった。
魔物は魔法を知らないので、女の使う魔法は未知のものとして捉えている。
皮肉な事に、相対しているお互いがお互いに未知の存在なのだ。
魔物は、未知は厄介と、女から潰す事にした。
男2人に突撃し、その瞬間に更に分裂。4体になって、内2体で女へと突撃する。
「しまった!」
「抜けられた!」
男達は魔法を使えないので、魔物をそれぞれ1体づつを相手にするのが精一杯だ。
だがそんな状況でも女は慌てなかった。未知に恐れていても一流なのだ。
「燃え盛る炎よ! 何もかもを焼き尽くせ! ファイヤー!」
女が両の手を魔物へ向けると、そこから炎が迸る。
その炎が魔物の身体に触れると同時に、分裂体が四散した。
「こんなものね」
分裂体は炎で、どんどんと蒸発してゆく。
生まれて初めて危機感を覚えた。身体が徐々にではあるが消えてゆくのだ。
これではいけないと、炎から遠ざかり、更に10体程に分裂し、翼を広げて飛び上がる。
「こいつ! 無限か!?」
「いや、さっきより切った手応えがなくなってる。こいつ、水の量っていう限界があるぞ!」
「って事は、ファイヤーが有効ってことね!」
飛び上がった分裂体達は、上空から女へと向かって一斉に、多角的に急降下する。
女はニヤリと笑い、その両手を空に掲げた。
これこそが覇権を握る生物特有の油断だった。
空を見上げた女の顔は直ぐに絶望に歪む。
「な!? こいつら足元に!?」
女が上空の分裂体に気を取られている間に、先程の弾け飛んだ分裂体の一部が、草の陰を縫って女の足を固めたのだ。
これにより、女に一瞬の隙が出来る。もう詠唱は間に合わない。
「しまっ……」
女は両手でそのまま防御の姿勢に入ったが……。
魔物の敵足りうる魔法使いさえ居なければ、後はただの有象無象だ。
魔物の憎しみは、一番最初に逃げた、残る1人へと向かう。
だがその前に、失った水分の補給と、最初の2人の消化へと、湿地へと帰った。
数日後、たった1人の生き残りのハンターから、驚愕の事実が齎される。
世界に初めて、人類の天敵が生まれたと……。