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27話 不定形、虚を衝かれる

 



「いったい、いつから私がマドゥじゃないと?」


 モーフは、自らに向けられた疑いに、疑問の声を投げる。


「……スキアー先生があんたの背中を叩いた時だね」

「参りましたね……最初からじゃないですか」

「え……? マドゥ……さん?」


 話についていけないスフィは不安そうな顔を浮かべる。ここでモーフが返せるのは……強がりを含んだ別れの笑顔だ。


「マドゥの両親とスフィは騙していた相手になります……私は仲良くしたかっただけなんです」


 モーフは、そう言いながら立ち上がろうとすると、サンディアが再び電撃を放とうとしたので、やむなく空間魔法でサンディアを吹き飛ばす。今度はもっと強い力でだ。


「っ!?」


 サンディアはカウンターの椅子へと突っ込んだが、受け身をとってすぐに起き上がった。

 スキアーとビリムは、モーフから視線を外さないようにしながらサンディアの方へと足を運ぶ。


 明らかに実戦の緊張感を放つ教師陣に、食堂の客達も注目する。

 そこには、左手首を失っているにもかかわらず血の一滴も出していない寂しげな顔をした魔女と、憎悪にも似た嫌悪感を剥き出しにしたサンディアの姿。




 サンディアの放とうとした魔法だが、モーフは魔法の発動の直前を狙ったわけではないので、魔力は何を形成するわけでもなく、サンディアの身体へと戻っていっていた。


「サンディア先生。私は話し合いを求めます」


 モーフはただ穏やかに楽しく生きていたいだけなのだが、それには邪魔者が多い。

 結果として戦うことになっているだけで、実際には積極的に戦いたくはない。これがモーフの考えだ。


 モーフの真摯な姿勢に、サンディアは怒気をゆっくりと制御し、そして口を開く。


「その前に……マドゥはどうしたのかを語ってもらうよ。話し合うならこれに答えることが最低条件だよ」

「……スフィが居る前でそれを話せと言うんですか?」

「……そうだよ」


 スフィの前で話すと言うのは引き取り手、つまり親が偽物だと伝える行為になる。


 しかし、それももう遅いと諦めた。

 スフィにだけ誤魔化したところで、いつかは伝わってしまうことだからだ。

 そして、モーフは重い口を開く。


「マドゥは既に死んでいます……」


 この声を聞いた全員の表情が不可解なものを見るものへと変わる。眼の前に本人が居るというのに、その本人が自身の生を否定したのだから、困惑は当然のものだった。

 その中でもサンディアは特にだった。


「貴女……本当の名前……いや、正体は? 少なくとも、私の知る限り姿を変える魔法なんてこの世に存在しないわ」

「……モーフ……だな?」


 皆、もう察しているようで、スキアーが敢えて言語化した言葉にも意外性のある表情は見せなかった。

 モーフは左手を再生成して立ち上がり、頭を縦に振る。同時に、場の緊張感が高まった。


「魔物……の王っていう……?」


 立ち上がったスフィが、身を縮こまらせてモーフを見る。

 モーフは何も言わずにそっと手を伸ばす……が。


「ひっ!」


 と、スフィがギュッと目を瞑って体を強張らせたのを見て、肩を落として手を引っ込めた。

 魔物達が、湿地に遠征したグランツ兵をほぼ皆殺しにした事実は消えない。少なくともそういうことがあったという事実はスフィの元へも伝わっていたのだ。


 スフィはいつまで経ってもマドゥの手が触れない事に違和感を感じ、恐る恐る目を開ける。そこには今まで見てきた明るいマドゥの姿は無く、ただただ悲しみを携えた子供が居るのみだった。


「ごめんねスフィ……やっぱり私には人間を育てるっていうのは無謀だったね……」


 そう言ってモーフはスフィに背を向け、この場を立ち去ろうとするのだが、それは許されないことだった。


「サンダー……」

「アイス……」

「パワー……」


 サンディア、ビリム、スキアーが詠唱に入ったのだ。もはや問答無用のようで、魔物を完全に人類の敵にしか見ていないという行動だった。

 しかし、モーフのやってきた事は正しく人類の敵と呼べるようなものなので、この対応は間違ってはいない。


「ブレード!」


 サンディアの手に電撃が収束された剣が発生する。と同時にサンディアは踏み込む。


「ショット!」


 氷の礫(つぶて)が発生し、モーフへ向かって飛来してゆく。


「ゲイン!」


 スキアーの筋肉が明らかに膨れ上がり、スキアーはそのままサンディアの後ろへと続く。

 3人は、なんの話し合いもしていないというのに連携のとれた動きを見せていた。




 氷はモーフの頭部へ。致命傷狙い且(か)つ牽制用だ。

 これが、ただの氷ならモーフもおとなしく受けるのだが、これは魔力で作り出した魔法の氷だ。当たれば弾け飛んでしまう。

 モーフは頭を振って避ける。


 そこへ、サンディアのサンダーブレード。

 モーフだと当たるだけでも弾け飛んでしまう魔法攻撃が、振り回せる形を持って襲ってくるのだ。


 モーフから見て左上方から右下方へと、それが振り下ろされる。

 防御は不可能。電撃なので簡単に貫通するからだ。

 避けるしかないのだが、そのままだと避ける事は叶わないので、モーフは全力で後ろへと跳ぶ……が、サンダーブレードが掠(かす)ってしまう。


「──っ!?」


 電撃はモーフの体の表層に伝わり、全身の表面をただの水へと戻してゆく。

 一瞬後、直ぐにマドゥの姿になるモーフだが、その全身はびしょびしょになっていた。


 そこへ、サンディアの脇を抜けるように、スキアーが目にも留まらぬ速度で突っ込んで来る。

 スキアーは、怯(ひる)むモーフの首を片手で、それでいて凄まじい力で締め上げ、ボディブローを叩き込もうとした。




 チャンスだった。




 本来のモーフの姿ならば、瞬時に取り込むことのできる距離と体勢だ。

 モーフが目を見開いてそれをしようとした時……。


「マドゥさんっ!」


 モーフは、スフィの絞り出すような必死な声に気を取られた。




 彼女の前でそれをするのか? と、モーフは思いとどまった。


 スフィ。

 戯れに育ててみようと思った人間の子だ。

 会ってまだ日も浅い。

 だというのに、その声は十分すぎる程にモーフの心を乱した。


 嘘でもお母さんとしての役割になどならねば良かった。と、モーフは後悔をする


 モーフは、上半身と下半身を分断する威力の、魔を纏う拳を受けながら、そんなことを考えていた。




 あたりが静まり返る。


 スキアーの腕には、力無くだらりと腕を放り出す、下半身の無いマドゥの姿。

 その下には、同じく上半身の無い腰から下の組織。

 どちらも血を流してはいなかった。




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