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2話 不定形、形を得る

 



 時は遡り、先程のパーティと、この水の塊が出会う。


 未だ名もなき水の塊がその場にやってきた頃に目にしたのは、金属を身に着けた生き物の手により、生まれて以来仲良くなった友達たちが片手間に殺されていくシーンだった。


 最初にそれに気づいたのはそのパーティの女剣士だ。


「なんだこの……水?」


 女は試しに水の塊を剣で突き刺そうとする。

 水の塊は対外的には水が集まっただけのものだ。ただし、その質量が違う。


 剣は水に弾かれた。


「……は?」


 女は不思議そうに水の塊と剣を交互に見やる。


「どうした?」


 男が1人寄ってくる。


「いや、私もよく……」

「なんだこりゃ?」


 男は素手。魔法使いだ。

 男は女のように、試しにと水の塊に魔法を放つ。


「荒ぶる雷よ! その力をかの者へ与えたまえ! サンダー!」


 水の塊はそれを受けて弾け飛んだ。


「……なんだったんだ今の」

「さあ……でもなんか動いてるように見えた。それに剣が弾かれ……いや、なんでもない。勘違いだと思う」


 男も女も首を傾げ、踵を返して探索に戻る。

 その際に剣を振るい、刃に付いた血を払い落とした。

 血は、弾け飛んだ水のかけらに混ざり込む。




 水の塊は思う。

 名も解らないが、鋭い牙と爪を持った彼。

 そんな彼に負けず劣らず大きく、翼とクチバシを持った彼。

 自分が伸び縮みすると、自分を両手で持って振り回して一緒に遊んでくれた肉球の大きな彼。

 自分が池の代わりになれば、一緒に隣の池にまで遊びに行ったひれを持った彼等。


 沢山の友達の中のほんの一部だが、かけがえのない友達だった。そんな彼等が、そこに居る見たこともない3匹の生き物の手によって無意味に殺されてしまった。

 食べるためでもなく、身を護るためでもなくだ。

 未知の力を使うからといって、許せるものではない。


 一度散った身体を再集結させる。

 すぐに身体は元に戻る。だが、血を受けた欠片を身体に戻した時に、生まれて初めて感じる感情に戸惑った。

 それは死んだ友達の無念のせいだったのかもしれないが、どの生き物でも持つに至る感情だった。


 その感情の名を憎悪という。

 不定形の生き物は、この瞬間を経て、憎しみと魔を宿した生き物。即ち[魔物]となる。




 散らばった水の身体を再集結する頃には、友達を殺した3人はこの場から去っていた。

 追いかけても追いつけないので、仕方なく友達の元を周る。


 生まれるのは無念。

 ただ足が遅いという理由だけで、みすみす復讐相手を逃してしまった。

 やり場のない怒りが魔物を苛む。




 腹を裂かれて動かなくなっている爪を持つ彼を、圧縮していた身体を拡大して、体内に取り込み溶かす。

 食事の必要がない魔物には意味の無い行為だが、そうせずには居られなかった。


 焦げてしまっている、翼とクチバシを持った彼を取り込み溶かす。

 悔しいという感情が広がってゆく。


 ズタズタにされている肉球の大きな彼を取り込む。彼は他の友達よりは大きいので、目一杯広がって取り込んで溶かす。

 薪に焚べられ、半端に焼かれて地面に転がる、ひれを持った彼等を取り込み溶かす。




 陰鬱な気持ちになりながらだが、一通り友達を吸収し終わった後、幸か不幸か、先程の3人が帰ってきた。


「なんで耳とか頭とか回収しなかったかな。アレがないと換金できないでしょ」

「ごめん」

「まったく…………あれ? 死骸は?」

「「え?」」


 3人が見渡す。

 少し開けた広場には、先程狩った筈の狼や熊、鷲の姿は無い。食べようとして邪魔をされてボツになった魚もだ。

 代わりに居るのは水の塊。


「どうなってやがる……」

「ねえ、またさっきの……」

「ん? お、本当だ」

「何? なんの話?」


 3人の視線の先には、先程より少し濁って大きくなっている水の塊。


「さっき、ふっ飛ばしたのに……」


 2人は訝しげな表情で水の塊を見る。


「で、死骸は?」


 魔法使いの男は、水の塊から目を離し、辺りを見渡す。それが良くなかった。

 塊はその隙きを見逃さなかったのだ。




 魔物は思う。友達を殺した彼等も居なくなってしまえばいいと。


 魔物は、身体をムチのようにしならせ、縮めていた身体を戻し、怒りを纏って男性に飛びかかる。

 その大きさは人間一人分を大きく上回っていた。

 男性は小さく悲鳴を上げて、水の塊に覆われる。


 魔法は声を上げなければ発動しない。

 よって、水の中にいる間は魔法は使えないのだ。

 これは、魔物が「こいつは危険だ」と一番に攻撃したことによるファインプレーだったが、そのことは当人には判断のつかぬことだった。


「ちょ! あんた! この!」

「な、なんだ!?」


 残された男は狼狽え、女は水の塊に剣で攻撃するも、剣はまさに水を切った感触を伝えて通り過ぎる。

 女としても、仲間が水の中にいるので大それた攻撃は出来ない。


 2人が焦燥感を覚え手をこまねいていると、魔物の中に居た男に変化が起きる。もがきだしたのだ。

 単純に出たいという動きではない。苦しみから来るものだ。


 男の服と同時に、皮膚が溶けだし、血が水の中に滲んでゆく。




 消化。

 ただの水の塊であるだけの魔物だが、纏う魔力故、こういうことが出来ていた。


「ちょっと……」

「な、な……」


 残された2人は、目の前の未知から逃げるように、ゆっくり後ずさりをする。

 2人共剣士だ。そもそもパーティは2人がかりで魔法使いを守りながら戦うというのが基本になる。だというのに、その魔法使いが最初に取り込まれてしまっているのだ。

 そして相手は目にしたことのないものという以上に、どう見ても水にしか見えない存在。2人にこの状況からの巻き返しは不可能だった。




 男の消化中。魔物は敵を逃すまいと、近くに居た女に分身体を千切って差し向け、足元に取り付かせる。

 女は、正面ばかり見ていて足元は疎かになっていたのか、簡単にとらわれてしまう。


「え!? なにこれ。うそ!? 剥がれない!?」


 魔物は渦巻く感情そのままに、女の足に取り付いた分身体同士を接合させ、足かせのようにする。これで女は、這ってかジャンプをしながらでしか逃げられなくなった。

 なので、男を消化しながら女ににじり寄ってゆく。


「こ、来ないでよ! 来ないでったら!」


 女はここでようやくパニックになり、顔を青くさせ、転び、這って逃げようとする。


 何か叫んでいるが、魔物にとっては他の友達と同じく、言葉が判らない。

 なので、お構いなしに身体を肥大化させ、のしかかるように女を取り込む。

 だがこれにより、残った男は逃げ出してしまった。


 追いかけようとするが、流石に2匹も取り込んだままだと追いつけない。

 なので、2匹の口の中に水を一気に流し込む。


 魔物は他の友達と遊んでいる時に、ヒレを持つ友達以外は水の中では苦しいというのは学習していた。

 水を流し込んで少し……2人が動かなくなったので、その場に打ち捨てて先程の男を追いかけ……。




 今に至る。


「で、この小さな水の塊はなんで動いてるの?」

「……もしや、さっき言ってた獣じゃないってこれのことか?」


 剣士の男、背の高い方が警戒心を顕にし、魔法使いの女を後ろへと後退させる。


「そんなまさか……いやでも確かに水が勝手に動くなんて……」

「……念の為だ。魔法を」

「オッケー……って言っても水でしょ? 何をすればいいのよ……っていうか先にちょっと切ってみてよ」


 女は面倒臭そうにそう言う。

 先程のパーティとは違い、こちらのパーティには緊迫感はまだ無い。

 だが、男は何を言うわけでもなく、剣を横に薙いだ。

 一瞬切れるも、水の塊に変化は無かった。


「……」

「仕方がないわね……荒ぶる雷よ! その力をかの者へ与えたまえ! サンダー!」


 強い閃光が起き、それと同時に水の塊は弾け飛んだ。




 今度は危険なのは女だ。バラバラになりながら、魔物はそう確信する。

 再集結を女を中心に行うと、逃げられてしまった。


「何こいつ! 何かわからないけどヤバイわ!」

「……俺達も逃げよう」

「ちぃ! 荷台から干し肉だけ持って逃げるぞ! 幸い、こいつは動くのが遅い!」


 ようやく危機感を持ったのか、3人は踵を返して逃げ出した。

 だが、魔物の身体では追いつけない。




 魔物は思う。

 あの爪と牙を持つ友達のように、あるいは翼を持つ彼のようにすばやく動けたのならば、あんなビリビリした攻撃なんか意にも介さないくらい力強い彼のような肉体があれば。


 念じれば、集まってきた身体が横に広がって戻ってくる。まるで彼の翼のように。

 念じれば、集まってきた身体が獰猛に裂ける。まるで四肢と牙を持つ彼のように。


 これならば追いつけるに違いない。そう確信した。

 身体の動かし方も解る。今までのように這ったり転がったりするのではない。大地を蹴り、大空を漕ぐのだ。

 身体の使い方は、一緒になった友達が教えてくれた。

 この牙と爪を持って、奴らを殺しにゆこう。


 そう決心して、不定形だった魔物は大地を蹴り、飛び上がった。




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