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1話 不定形、自我を得る

 



 ある世界のある湿地。芳醇な魔力を溜め込んだこの地に、ある時、不可解な生き物が生まれた。

 朝霧を受けた葉の上に現れたそれは、最初、本当に小さな一滴の水だった。

 その水は意思を持ったかのように葉の上の水滴を集めだし、自己を大きくしてゆく。

 やがて、それは自重で葉から落下し弾け散る。

 弾け飛んだ水滴は、湿った地の上で散った身体を再び寄せ集てゆき、再度集合した頃には人間の小指の先くらいのサイズになっていた。


 それは桶一杯程の大きさにまで拡大すると自我を持ち始め、沼地のあちこちを散策しては、その地に住む獣達とコミュニケーションを取り出した。




 やがて時は過ぎる。

 人々は神からの恩恵とされる[魔法]を駆使して徐々に世界の覇権を握ろうとしていた。


 魔法とは、魔力を体に溜め込み、それを放出することによって様々な効果を生み出すというものだ。

 魔法は、その性質上、放出することに特化している。


 人々は生活圏を広げるために、戦闘に特化した者達を使っての領地開拓を行なっていた。

 具体的には、その地に住む危険な生き物を狩り、安全を確保するハンターギルドを組織していたのだ。

 そして、今回白羽の矢が立ったのが森の中にある、異様に魔力を蓄えた湿地だった。


「こんな所に行ってどうするんだ?」

「そうだ。湿地なんか手に入れて何になるんだ」


 剣を持った屈強な男2人が簡易的な地図を叩いて愚痴を垂れる。

 それを宥めるは、赤いローブを羽織った若い女性。


「まぁまぁ。なんでも、この土地、先遣隊の言うことには魔力がすごく集まってるんだとか」

「っていうと?」

「つまり、領主様はこの強い魔力を使って魔法の研究がしたいのね」


 潤沢な魔力があれば、大掛かりな魔法の開発、研究が行える。

 今回このパーティに舞い込んだ依頼は、その研究をする為の下準備に、沼地周辺の驚異を狩れというものだった。


「ちぇー。じゃあ得するのは魔法に素質のある奴だけじゃないか」


 男の小さい方が愚痴をこぼす。


「そうね。私も楽しみだわ」

「頼りにしてるぜ魔法使いさんよ」

「任されたわ」


 魔法使いの女性は胸を張ってそう答えた。


 これはいつもの狩猟。そうなるはずだったものだ。




 グランツ領のハンターギルドのある地から、馬車を用いて南へ3日。

 パーティは3人で1チーム。それが2チーム。


 到着するまでは気楽なもので、暇な馬車内ではカードを使って賭け事で勝負したりして時間を潰すのが恒例の事だった。




 湿地へとやってきた彼らは、パーティ同士交代で、いつものように探索を始める。

 本格的に狩りをするのは地形を掴んでからというのがお決まりだ。

 片方のチームがそれを行う。


 もう片方は留守番だ。

 その間、馬車を護りつつ、索敵に行ったパーティが帰ってきた時に快適に過ごせるよう、周囲を整えるのだ。

 具体的には周囲の安全確保と飯の用意になる。


 しかし、待てど暮らせど、探索チームは帰ってこなかった。


「……変ね。もうすぐ夜よ?」


 魔法使いの女性が空を見上げる。

 頑丈な木々の隙間から、うっすらと星空が見え始めていた。


「湿地ってやばいのか? もしかして」

「沼に落ちたらちょっと大変程度だろ? そんなまさか今更他の生き物に後れを取るわけもないし」


 魔法を使える人間は[魔法使い]を以てして、危険と言われた生き物に対しての対抗手段を得た。

 最早人間に敵はない。それが常識だ。

 勿論不意打ちを受ければ話は別だが、そのようなことが起き無いようにパーティを組んでいる。通常、全滅はあり得ない。


「だが実際帰ってきてないぞ」

「迷ったのか?」

「鬱蒼としてるものね」


 その時、探索に出ていたパーティの1人が必死の形相で3人の元へと走ってきた。


「なんだ。居るじゃないか」


 だが1人しか居ない。他に男性の魔法使いと女性の剣士が居たのだが、他に人の気配は無い。

 顔に恐怖を貼り付け、男が叫ぶ。


「逃げろぉー! 早く馬車を出せぇー!」


 男は馬まで駆け寄り、必死に馬の手綱を解こうとする。


「おい待て! 何があった!? 他の2人はどうした!?」

「食われた! 逃げるぞ! あれは……あれは獣じゃない!」


 男は錯乱していた。


「待てって言ってるでしょ。食われたって何に? 貴方、仲間が食われてるのを大人しく見てたっていうの? とんだ腰抜けね」

「アレを見ていないからそんな事が言えるんだ! とにかく逃げるぞ! 俺は命が惜しい!」


 男は違うパーティとはいえ、ハンター仲間と合流したというのに、落ち着くどころかどんどんと焦りの色を強くさせてゆく。

 その時、男の帰ってきた方から茂みの揺れる音がした。


「来た!!! っ……ええい!」


 男は掛け声と共に、剣で馬の手綱を叩き斬り、馬に跨ってその場を逃げ出した。

 残ったパーティの3人共が、草の茂みに気を取られ、男を逃してしまう。


「あ! 馬が!」

「そいつがないと帰るのにどれだけかかると……! ええいクソ!」


 男は馬を走らせ直ぐに荷台を切り離してしまう。

 これでは魔法で身体能力を上げようが、流石に馬の足には追いつけない。

 追おうとした男も、直ぐに諦めた。


「あーもう。最悪」

「でも食われたって一体何にだ?」

「……とにかく戦闘準備! 茂みから何か来るよ!」


 3人で陣形を組む。

 剣士2人で魔法使いを守る陣形だ。

 あの男の慌てようからして、未知の獣が出てくる事を覚悟した3人。ゴクリと喉が鳴る。

 しかし、茂みから現れたのは、ぐにぐにとうごめく水の塊だった。




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