時を越えたリザと片山昭浩
どこにでもいる熊本のサラリーマン片山昭浩のジャングルストーリー。
不思議な感覚を味わうことができます。
あいつがオレの家にダイナミック家宅侵入をやりやがった日を、今でも覚えている。
オレは至って平凡な、どこにでもいるサラリーマンだった。
与えられた仕事をして、上司にへこへこ頭下げて、雑用をこなす。
「ツヅキ!片山昭浩!この書類のまとめはまだできないのか!?」
「すみません。」
「絶対今日中に仕上げとけよ。」
どちらかというと作業効率は悪い方で、残業することしばしばあった。
しかし何もない日は、定時になれば家へ帰ってほっと一息。そこから独り身のために家事をし、酒を飲みつつ一日を終える。たまには友人に付き合って酒を飲み明かす日もあるが、基本はテレビを見ながらのんびり一人酒だ。
特に幸せでも不幸せでもない、平凡な日々を送っていた。
しかし、オレは最近ツイている。
「片山昭浩、ちょっと来い。」
「はい。」
オレを呼んだ上司の机に向かう時、オレは気が気でなかった。オレは意図せず何かしでかしたのだろうか。この前のギリギリにまとめた書類に不備でもあったのだろうか。
「この間珍しくお前が早めに提出した企画なんだが…。あの企画、会議で採用されたぞ。」
「え、本当ですか?」
「こんなことで嘘をついてどうするんだ。」
上司は豪快に笑い飛ばし、良かったなと言いながらオレの肩を叩いた。
本当にオレの案が……。
それから、オレが企画した事業計画は見事軌道に乗り、上手くいっている。この調子で進めば、大成功だろうとオレは確信した。
まだ計画は完成ではないが、上司には褒められ、なんと雑用が減った。そして休日の買い物で、いつもよりかなり奮発して買った一万円の紅茶を入れたら茶柱が立った。
出世も夢じゃないよな。きっと、幸運の女神がオレに向かって大爆笑しているに違いない。あぁ、女神様!オレの人生を薔薇色にしてくださってありがとうございます!
なのにこれは何ぞ?
定時に仕事を切り上げて寄り道せずに帰宅し、リビングの扉を開けると信じがたい光景が広がっていた。
家の中に、ジャングルが出来ている。
カーテンには蔦が絡まり、部屋の中央には何だかよくわからない木の実をつけた樹木があった。台所の床には、小さな花が2つ、3つと咲いている。最新技術を駆使した薄型テレビと、少し背伸びをした買い物だったかなと思っていた高級黒皮ソファにはコケがびっしり生えていた。
どうやらオレの人生は薔薇色ではなかったようだ。え、何、真緑じゃん?オレの人生って実は緑色だったの?女神様もお人が悪い。…あ、人じゃないからお神が悪い?
そもそもオレは、神様を信仰していない典型的な現代日本人だったのだから、文句を言うのはお門違いなのだが。
そこで、あまりにも非現実的な光景に放心していたオレは、ソファに座っている女の存在に気がついた。ずっとこちらの様子を窺っていたのだろうか。ばっちりと視線が合った瞬間、女に声を掛けられた。
「おかえり!」
―――こいつ、どこから入ってきた?
心の中で呟いたつもりだったが、思わず声に出していた。しまった。こんな不審者を刺激したら、もしかしたら殺されてしまうのではないか……。そんな考えも過ったが、その不安は消え去った。
「窓からだよ?」
「……いや普通に答えるのかよ!?」
こいつ、一体何を考えているのかさっぱり読めない。何故、オレの家に入り込んだのだろうか。何故、リビングをジャングルに仕立てたのだろうか。何故、オレに平然と話し掛けるのだろうか。
オレはリビングの扉を閉めて、家から飛び出して叫んだ。
「警備員さん この人です!!」
いやはや、リアルにこの言葉を言う日が来ようとは。ネットの世界だけだと思ってた。
その後、懇意にしている近所の人が連絡をしてくれたのか、ダイナミック家宅侵入をした女はガチムチ系女子の警備員に引きずられていった。
あぁ、あいつがいなくなったのは良いが、リビングの後片付けはどうするんだよ……。あのコケ塗れの部屋を掃除するとなると、大変気が重い。
深いため息をついたオレは、やけにドアノブを堅く感じつつも扉を開けた。
しかし、部屋はいつもと変わらない。あの緑の空間は夢だったのだろうか。
きっと、オレはジャングルの幻想をつくり出すほどに疲れていたのだろう。どうせつくるなら真夏の海辺を思い描きたいものだが。
今日はとても不思議な体験をしたものだ。
けれども次の日も家にジャングルが出来ていた。
昨日と同じように定時に仕事を切り上げ、帰宅して玄関をあけた。すると、玄関から真っ直ぐ伸びた廊下の突き当たりにあるリビングの扉から、何やら緑が溢れていた。昨日はリビングの内側だけだったというのに。
そうか、緑化運動を推奨されているご時世だもんな。
そう現実逃避をしてみるが虚しくなるだけなので、靴を脱ぎ捨て、廊下を進み、意を決してリビングの扉に手をかけた。
勢いよく扉を開けば、明らかに昨日よりも茂っている密林が広がっている。そしてこの国にはいないはずの、テレビで見たような動物が何故かとことこと歩いていた。…そうだ、先週の動物番組に出てたタスマニアンデビルに似てる。謎の女はこちらに背中を向けて、その内の1匹の頭を撫でていた。
「ワシントン条約はどうした……。」
オレが呟いた言葉を広い、ようやくオレの存在に気付いた女は振り返った。
「あ、おかえり!」
「何でまたいるんだよ!?」
「今度は煙突から入った!!」
……駄目だ。会話が成立しない。
オレは不法侵入の理由を尋ねたのに、何故あの女は不法侵入した手口を答えたんだ。おまえみたいなサンタはお断りだ。
取り敢えず、サンタクロースが来てくれるかもしれないなどという淡い期待を抱いて煙突付きの家を買った数年前の自分を殴りたい。
おい、過去のオレ。そんな期待はすぐに捨てろ。未来のお前はこんなことに巻き込まれているんだぞ。
反省はさて置き、昨夜同様また警備員を呼ぼうとスマートフォンを起動する。すると、女は急にこちらを振り向き、端末をオレから取り上げようと手を伸ばした。
「……!だめっ!それ、使っちゃだめ!」
「はぁ?これはオレのだろ。」
女よりも背の高いオレは精一杯腕を伸ばして、端末を高々と掲げる。しかし女は飛びかかってきそうな勢いで、正直……怖い。しかし何故か直接取り上げるのは諦めたようで、
「動物愛護団体に訴えますよ!」
と叫ばれた。
「だから、何でお前にそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ!自衛隊呼ぶぞゴラァ!」
「お前じゃないもん!私にはリザっていう名前があるの!」
「怒るところはそこかよ!?」
「名前は大事!」
ふふん、と得意気に胸を張る女……もといリザだったが、ほんの数秒前までの怒気はどこへやら。リザの心情の動きはオレには理解出来ない。リザを穏便に追い出すためにはどうしたらよいか。
リザの周りの謎の生物たちを眺めながら少し考えた結果、物を与えようと思い立った。
「なぁ、リザ。菓子をやるから出ていってくれ。」
「カシ?」
「お菓子。チョコやるよ。」
どうやらリザは菓子の存在を知らないらしい。
片言な返しをされた上に、リザの手のひらにチョコレートを握らせてやっても、首を傾げている。
オレが包み紙をビリビリと破いてやると、リザは表れた板状の固形を物珍しげに眺め、の匂いを嗅いだ。
「甘い匂いするね。食べ物?」
「あぁ、そうだけど?」
本当に、知らないのか。
リザは今まで、どんな生活をしてきたのだろうか。衣服だって風変わりなものだし、何より、自然が好きとかそういう程度では済まない大量の植物をオレの家に持ち込むあたり、都会の人物ではない気がする。
一体、彼女は何者なのか。
チョコレートをかじって目を輝かせているリザに、思いきって聞いてみようと思った。
「リザ、お前さ……」
オレは呼び掛けたが、リザはチョコレートを口の端に付けながらオレに話を振る。
「ダイゴ!これおいしいね!良いものもらった、ありがとう!」
「……そうか。気に入ってもらえた?」
「うん!だから今日は出ていくね、お邪魔しました!」
玄関に向かっていくリザを見送るために後に続き、リビングを出た。
「またね!」
外に出て、リザはこちらを振り返り手を振る。
「おぅ、またな……じゃないっ!もう来るなよ!」
「うん、わかったー。」
つい口から溢れてしまった再会を祈る言葉。それを取り消したのはオレ自身だが、あまりにもあっさりと言われた肯定の声に、どこか寂しさを覚えた。
リビングの扉を開けると、昨夜と同じくリザが出ていった部屋には何も残されていなかった。
明日からは元通りだ。
不思議な体験をした2日間は、とても色濃いものだった。
寂しく感じたのはきっと、日常の中でちょっとした不思議を味わったからに違いない。すぐに忘れるさ。
しかし、リザのあっさりとした返事が、オレの溢した「またね」に対するものだと判明するのは、たったの一日後だった。
会社では少しずつ大きな態度が出来るようになってきた頃。
「あ、片山昭浩先輩!この資料の確認をお願いします。」
「えっと……よし、不備はないな。ご苦労様。」
「いえ、それでは。失礼しました。」
後輩にはこんな感じであるが、上司には相変わらずだ。
「片山昭浩、ちょっと昼の弁当を買ってきてもらいたいんだが?」
「いいですよ。」
「いつもの店で、日替わり弁当12個頼む。」
「……わかりました。」
日替わり弁当とか1個でどんだけ幅取ると思ってんだよ。しかも12個?持ちにくいじゃねぇか!ちくしょう、俺のことパシりにしやがって……。
なんて言葉はぐっと飲み込み、オレは笑顔で上司に「いってきます。」と言った。
オレは一日の業務を終え、寄り道せず真っ直ぐ家に向かった。
「ただいま。」
いつしかオレは、帰宅時に挨拶をするようになっていた。独り身のオレだが、その挨拶に言葉を返してくるやつがいる。
「おかえりー!」
そう、オレの家に侵入し続ける謎の女、リザだ。
初めて侵入されたあの日以来、帰ってきて姿を見せなかった日はない。
オレに追い出されてもガチムチ系女子警備員に追い出されても、帰宅すればこいつが「おかえり!」と笑顔で迎える。そして出会った翌日に苦肉の策で渡したチョコレートが大変気に入った様子で、何かとチョコレートを求めた。
それでも、満足すればジャングルごと引き上げて帰ってくれていたのだが、いつしかリザはオレの家に居着いてしまった。
お陰様でテレビの映りが悪くなり、リビングではパソコンもスマートフォンも使うことができない。わざわざリビングの外へ出て使うため、スマートフォンは充電器を廊下のコンセントに差し込み、そのまま放置だ。
「リザ、もう少し電波環境に配慮してくれたっていいんじゃないか?」
「デンパカ……?なにそれ、アルパカみたいな?」
「こんなジャングルの主が何でアルパカ知ってんだよ。」
「えへへ、それほどでもないよー。」
駄目だ。やはり会話は成立しない。
ため息をつき、オレは堅苦しいスーツから普段着に着替えるために寝室へと向かう。
ちなみに寝室には植物の一つも置いていないし、またリザの持つ何かに侵食されている訳でもないため、オレが現在そこそこな都会に住んでいるということを思い出させてくれる空間となっている。オレの住む場所は、少なくとも密林ではない。リビングに暫く居座っていると、どうも感覚が狂う。だからといって、リビングから姿を消すとリザが心配し始めるのだから、あまりリビングから離れることはしない。
着替えを済ませ、オレは再びリビングへと足を運んだ。そして、ここ最近の日常の光景となりつつあるジャングルを呆然と眺めるのだ。
果物が無料で手に入るようになったが、素直に喜べないのは何故だろうか。
何でジャングルにヒヨコがいるのだろうか。ヒヨコはジャングルの生物じゃないだろ……!!
しかしそんなツッコミも虚しく、電波女リザには通じることはないので、オレはこの目の前のジャングルをジャングルとは見なさずリザ王国と名付けることにした。ネーミングセンスというものはオレの下から旅立っている。
このリザ王国は、すっかり家の一部になっていた。
リザは頻繁にオレに話しかけてくるが、いつもにこやかに笑っている。その頻度故から当初はうざったらしかったが、今ではそうでもなくなった。
「ダイゴ!今日はね、玄関の鍵の開け方覚えたんだ!」
「オレが留守の間、何してたんだ。」
不審者が来たら危ないだろう。そう咎めようとしたが、よく考えたらリザが一番の不審者なので、警察に通報されたらどうするんだ、とリザに言って聞かせた。
もし通報されたらオレが捕まる気がする。飄々としているこいつのことだ。きっとオレなんか置いて逃げるに違いない。
「大丈夫!ダイゴには迷惑かけないから!」
「家に居座ってることを棚に上げて何を言うかお前は。」
「うん。」
見ているこちらまで嬉しくなるような笑顔で、リザは頷いた。……流されてはいけない。棚に上げているという自覚はあるのか。
「棚に上げるって、どういう意味?」
あぁ、自覚云々の前に、言葉の意味を把握していなかったか。オレはソファに置いてあった辞書を手に取り、リザに説明した。
リザは知らない言葉やものが多いため、先日、オレはとうとう近所の本屋で子供向けの辞書を購入してしまった。それをリザに与えたときの笑顔といったら。誰かに贈り物をしてこんなに喜ばれたことなんて、初めてだった。
「……なるほど。そういう意味なのかー。」
「良かったな、また一つ賢くなって。」
「それでねー!」
「切り替え早いな。」
本当にリザはマイペースだ。オレの話はぶった切るし、説教をしても反省はしないし。しかし妙なところで申し訳なさそうな態度をとるもんだから、どこか憎めない。いらいらしても、結局許してしまうのだ。鬱陶しく思っていても、リザが静かになったらなったで心配してしまうのだ。
妹がいたら、こんな感じなんだろうなぁ。オレは一人っ子だからあくまで推測だけど。
「ちょっとダイゴ、聞いてる?」
「あ、悪い。聞いてなかった。」
「聞いててよー。」
リザは頬を膨らまして拗ねた様子を見せる。今時こんな古い拗ね方をする人もいたんだ。驚きだ。
「ごめんって。」
「まぁいいよ。それで、玄関開けたらハナコちゃんと会って、お話したんだけどね?」
「待て、花子ちゃん?って誰だ。」
「え。ダイゴが何回も呼び出してたお友だち。ほら、ダイゴと会った日に来た女の子。すっごく力持ちなんだよ!」
「……。」
あのガチムチ系女子警備員かぁぁあああ!!友だちじゃねぇし。呼び出してたのはお前が何度も家宅侵入繰り返すからだろ!?諦めてもう最近じゃ呼び出さねぇけど!
リザはどうやら、女子警備員と相当親睦を深めたようで、その後小一時間、終始彼女の話をしていた。
日は変わって後日。
オレは一人分の食事をテーブルに並べて、夕飯を食べていた。リザはというと、ジャングルで育て上げた自家製(?)果物を床で動物たちと横一列に並んで食べている。ここは文化の違いだ。お互いに干渉することはない。
オレはリザに話し掛けた。
「最近、事業が上手くいってるんだ。」
「ジギョー?」
「あぁ、仕事な?順調に働けてるんだ。部下も出来たし、上司からは一目置かれて、お金も今までより貰えるようになった。」
「ブカさん……えっと、仲間だっけ?が増えたの?」
「うん。片山昭浩先輩って呼ばれるんだ!」
「よかったね、ダイゴ。」
リザは優しく微笑んでくれた。そんなリザにつられてオレも笑顔になると、リザはそれ以上に笑ってくれた。
リザが笑顔でオレの話を聞いてくれると、とても嬉しかった。また、リザが自身の話を人生最上級の出来事かのように目を輝かせて精一杯話す様子も、同様に嬉しく感じた。
「そうだ…今日、また本を買ってきたんだ。食べ終わったら読んでやるからな。」
「ほんと!?やったぁ!」
リザはオレが以前、ちょっとした本を部屋で見つけてその本の読み聞かせてやったとき、何度も何度も読み聞かせをねだった。リザはあまり字を読めなかったため、オレが平仮名を教えて、以降は自分一人のときに本を読んでいるらしい。しかし、オレがいる時はオレに読んでほしいと頼んできた。
そして、リザが繰り返し読む本の多くは動物や植物の話だった。その話を聞いて、笑顔になって、聞いているうちに眠くなって寝てしまう。本当に自由な人だと思った。
リザが笑っているのは当たり前で、リザがオレの隣にいるのは当たり前で。
会社で出世してお金が入ってくるのは当たり前となって、都会で生活しているオレが何一つ不自由のない便利な生活を送っているのは当たり前で。
だからなのか 気づけなかった。
徐々に、ジャングルの木々が減っていることに。
朝、オレが騒々しい目覚ましによって起こされると、リザは必ず起きている。
リザは早寝早起きという、大変健康的な生活をしていた。オレはというと、夜中まで趣味や仕事の残りに時間を費やし、朝はぐだぐだしながら起きる。この生活リズムは学生時代から変わらなかった。
起きてすぐに洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨く。目立つ髪型の乱れは、ちょちょっと水と手櫛で整える。
リザが動物と遊んでいる光景を横目に朝食を済ませ、寝室でスーツに袖を通して身支度は完了する。
オレは出社用の鞄を持つとリビングに顔を出し、リザに話し掛けた。
「リザ、今日は少し帰りが遅くなる。」
「そうなの?わかった。」
その日の帰宅時刻は、リザがうとうとし始めた頃合いだった。リビングにある食卓とは別の机には、リザのために買ってきた本が沢山積んであり、そこはすっかりとリザの空間となっている。その机でリザは伏せていた。
オレが帰ってきたことに気が付いたリザは夢現といった様子で、おかえりなさい、お疲れさま、と言った後、すうっと寝てしまった。
朝は起きたらリザと会話をする間もなく家を出て、帰りは定時よりも遅く帰る。そんな生活が二週間以上続いた。
リザはソファに寝転がっていたり、床で体育座りをしていたこともあったが、大体は寝てしまっていながらも、本を傍らに置いてオレの帰りを待っていた。
リザが寝ている日には、ちょっとした手紙を書いてリザの机に置いて寝た。そうすると朝、リザは嬉しそうにニコニコと笑っていて、玄関で靴を履いている時に見送ってくれる。
「ダイゴ、いってらっしゃい!今日も頑張ってね!」
「いってきます。」
オレが駅に向かって公道を歩いているときに、リザが寂しそうに玄関の扉を閉めているだなんて、思いもしなかった。
事業が大成功をおさめた。
オレと同じく会議室にいる上司たちから、拍手と花束が贈られる。
「このプロジェクトはこれで完成だな、片山昭浩くん。」
「はい、お陰さまで!」
「君は最近、生き生きとしていて意欲的だった。よく頑張っていた君の努力の賜物だ。」
「いえ……周囲のお力添えがあったからこそ、この企画の成功をおさめることができた次第です。」
……本当は、こんな社交辞令を言っている合間に、リザのことを考えていた。
リザに早く言いたくて、急いで自宅に帰り、玄関で乱雑に靴を脱ぎ捨てる。我ながら、リザを疎ましく思い、一刻も早く追い出そうとしていた頃とは正反対で、都合が良いものだと思う。それほどリザはオレの生活に根付いていた。
廊下を小走りして、そしてリビングの扉を勢いよく開ける。
言葉を紡ごうとして……やめた。
そこには、何も無かった。
あんなに青々と繁っていた木々は無い。
色鮮やかに咲き誇っていた花も無い。
生き生きと駆け回っていた動物たちもいない。
そして何より、ジャングルの主が、リザがいなかった。
突然のことに全く理解できない。いや、理解したくない。リビングは本来の姿を取り戻したというのに、やけに広くて殺風景に感じる。
そこでオレは、机の上にメモが置いてあることに気付いた。メモを手に取り、目を通す。
「おめでとう」
リザの拙い文字で、ただ一言、書かれていた。
知ってたのかよ。そろそろ終わるとは言っていたはずだが、今日だとは明確に話していないし、オレ自身も把握していなかった。
現状を受け入れたくなくて、その一言を繰り返し読んでいるうちに、気づいてしまった。
オレが、大きくなりすぎていたことに。
お金がどんどん入ってくるものだから、便利な生活はより便利に変える。以前は背伸びをして少し見栄を張るために入手していた贅沢品も、当たり前に手に入れることができた。
ありがたかったことは当然なことへと変化していった。感謝の念は、どこかへ置き去りにしてしまった。
知らず知らず、オレは尊大に構えていたのだ。
最近のリザに対しての動向を振り返ってみると、オレは自分の話ばかりをリザにしていた。話といってもメモ用紙に書き綴った一方的な文章だ。リザは文字を教えても書こうとしないものだから、必然的にそうなってしまう。
リザは以前、ぽつりと呟いたことがある。
「書き残さなくても、素晴らしいものを私たちは伝えていき、残せる。」
そう不貞腐れたように言った。
生活も、当初は干渉せずが鉄則だったというのに、オレが当たり前に使っているものを何度か押し付けた。
例えば台所の蛇口。捻ると水が出てくるから好きに使うように言ったが、リザは頑なに拒んだ。
「ジャングルの奥に湖があるから、いらない。」
甘い菓子が好きだというから、冷蔵庫に蓄えてあるのを好きに取れと言っても、リザは自分から取ろうとはしなかった。
「何でそんな箱を使うの?その日の分はその日に手に入れば充分なのに。」
そう言って、少し眉を潜めていたのを覚えている。
オレが良かれと思ってやったことは、リザには合わなかったようだった。そのせいでリザが消えてしまったのか…?
リザに寂しい思いはさせまいと思っていたが、寂しかったのはオレ自身だったのかもしれない。
安らかで賑やかだったリビングは、半日にして無音が響く孤独な空間へと成り代わった。
ふと、道端の石に生えているコケを見て思い出した。あれから数年が経っていた。
そこらに生えている植物は、ジャングルにあったものとは違うのだけれど。
大きくなりすぎたオレは、歳を経て少しずつ荒廃していった。一時期あんなに稼いでいた給料は二、三年で身の丈にあった額に変わった。事業は上手くいったが、やはりというか、若いオレでは経験不足ということで多くの人に支援を要請したためだ。今は地道に勉強中だ。生活も仕事を始めた頃のように質素なものへと退化した。
……リザもこんな気分だったのだろうか。
何とはなしにオレの始終とリザを重ねた。
最初にオレの家に来た頃は、天井や壁はまだ本来の色だったそれが、だんだんと色鮮やかな植物で染められていった。実際のリビングの広さ以上に明らかに広がっていくジャングルの様子には呆然としたものだ。リビングでオレが使っていたものといえばソファと食卓と台所くらいで、その他は全部リザや動物たちの空間だった。オレの使っていた空間からは見えなかったが、小さな湖もあったというのだから、リザが持っていたジャングルは大変不思議なものであったと、今更ながら思う。
存在自体が迷惑行為だったリザ。次第に打ち解けていったが、今思うと、消えようとしている自分を見てほしかったのかもしれない。
リザは、そう長くはここに居られないことを知っていたはずだ。だから強引にオレの元へ来て、自由気ままに僅かな日々を過ごしたのではないか。姿を消す前に、オレに多くのものを残して。
消えたくなかったのに、消えざるを得なかったのだろうか。
……もっと構ってやればよかった。姿を消す前に、せめて楽しい思い出を、もっとつくってやればよかった。リザからかけがえのない多くのものを、気付かずに無償で受け取ってオレが情けない。
後悔先に立たず、という諺が頭に浮かんで心の中で自嘲した。
俯きがちに歩いていたオレは、いつの間にか家に着いていた。相当考え込んでいたらしい。早く家に入って、美味しいものでも食べて気分転換しよう。そう思い、家の扉に手をかけて開けた。
……前言撤回っ!!!
オレの目の前にはジャングルが広がっていた。以前とは比べ物にならないくらいの。
玄関はどこだ。靴を脱ぐのはどこからだ。どこまで靴で入っていいのか。床は一面草花で溢れかえっているじゃないか。
そのまま靴で家に入り、芝生でも敷いて園芸を始めたのかと思わず疑う廊下を駆け抜け、植物の中で異様に現代的な扉を開ける。
その先にあるリビングは、リザがこの家に居た頃のようだった。ジャングルの奥というものはここからは見えず、存在すらも窺えない。
そしてソファには……以下省略。
「リザ……!」
「タイムマシン使いましたー!」
「は!?」
こいつとうとう時を越えやがった!!?!
オレの言葉を遮り、会話を続けてくれないリザは相変わらずだった。
君がオレの家にダイナミック家宅侵入した日を、今でも忘れない。
とうとう時を越えやがった!!?!




