第六話 魔族の少女
翌朝、日も上らぬうちにマグナスは周りから聞こえる騒音で起こされた。
「なんだこんな朝早くに……」
眠たい目を擦りながら窓の外をうかがい見る。
とその時に宿の少女が慌てたように中に入ってくる。
「ま、マグナスさん、た、大変です」
慌てふためいている様子は見せるものの詳細についてはわからない。
少女も慌てすぎてて話に要領を得ない。
「とりあえず深呼吸しろ。それで状況を話してくれ」
少女が大きく息を吸い込む。そしてゆっくりと吐き出すと少し気持ちが落ち着いたようで詳しく話をしてくれる。
「ま、マグナスさん、この町に魔物が……魔物が襲って……」
魔物の単語を聞いた途端にマグナスは町の中を探知していた。
昨日、ミリファリスに聞いた奴隷市場の近くに魔物の気配があるな。
ただ、それほど強そうな気配には見えない。
この程度の魔物に自分の睡眠時間を削られたと思うと怒りが沸々と湧いてくる。
「あぁ、わかった。ありがとう」
マグナスは少女の頭を撫でるとローブを羽織り、真っ直ぐに奴隷市場へと向かっていく。
◇
町の中は逃げまどう人たちで混乱状態だった。
門へと向かっていく人で溢れかえる中、マグナスは一人違う場所を目指す。
奴隷市場近くまで近づくと魔物の姿が露わになる。
オークの倍ほどの背丈があるトロールだ。
その力は驚異的だが、動きがかなり鈍い。
いくらでも攻撃が当て放題なので簡単に倒せるだろう。
トロールはマグナスに向けてその拳を振り下ろしてくる。
しかし、マグナスはその攻撃を簡単に躱す。
「こんな奴に俺の睡眠時間を……」
わなわなと震えながらその怒りをあらわにする。
マグナスは手を突き出すとそのまま火の魔法を使った。ただ、それは力加減をほとんどしていないマグナスが怒りを込めた一撃だった。
一直線にトロール目掛けて火の線が走り、トロールの体を貫いてなおそのまま進み続けた。
トロールが巨大で一直線の先が空だったために町への被害は出なかったが――。
そして、体を貫かれたトロールは白目を向いてその場で倒れた。
◇
魔族の少女は目の前で起こったことを信じられず、ただ目を大きくして眺めていた。
人族でこの魔物を倒そうとしたら上級冒険者グループ複数いると言われるトロール。
この町の冒険者ギルドのメンバー総員して立ち向かったがダメージらしいダメージを負わすことができず、町の人たちを逃がすことを優先させたほどのトロールが今一人の人間に倒されていた。
おそらくこの不可思議な光景を見たのは自分だけだろう。
夢じゃないかと今でも思ってしまう。
それほどまで信じられない光景が広がっていた。
するとその人間が少女に気づく。そこで少女は頭を隠していた布がめくれて、ツノが見えてしまっていることに気がついた。
もしかして魔族の自分もトロールみたいに殺されてしまうのだろうか?
少女は恐怖のあまり目を閉じる。
しかし、一向に痛みは来ず、ゆっくりと目を開けると目の前の人間はまずい光景を見られたと少し顔を歪めていた。
◇
まさかトロールの周りに人がいるとは。
マグナスは少し渋い顔をしていた。一応周りに人間がいないかは察知していたはずなのにどうして目の前の少女が引っかからなかったのか……。
答えはあっさりとわかる。
その少女の頭にはツノがあった。つまり魔族ということだ。
なるほど……それで人の察知に引っかからなかったわけだ。
ただ、今の戦闘を見られた以上この子をこのままにしておくわけにはいかないか……。
もしかしたらこの子の口から貴族たちに要らぬ情報が伝わるかもしれない。
よく見るとこの子は奴隷のようだった。まだ契約は結んでいない……主人なしの状態みたいだが、主人ができると逆らうことができない。
つまり自分のことを隠せと言っても話されてしまう。
やはり記憶を消してもらうのがいいか……。
脳内に軽い電撃を流し、過去を少し忘れさせる魔法……。危険なのであまり使いたくないものだが、背に腹は変えられない。
少女の頭に手をかざすとその魔法を発動させようとする。
すると少女は怯えた声をあげてくる。
「た、たすけ……」
一瞬マグナスが戸惑ってしまう。その瞬間にギルド長がやってくて、倒されたトロールを見て驚きを浮かべていた。
「ま、マグナス殿、まさかこれは貴殿が?」
この状態でごまかしは効かないだろう。
マグナスは溜息を吐きながらギルド長の前に出る
「あぁ、これは俺が……」
しかし、そんなマグナスの前に少女が立つ。
「あ、あの、これは私がやりました……。ご主人様は関係ない……です」
何をバカなことを言っているんだと思ったギルド長だが、彼女の頭にあるツノに目が行くと考えを改めた。
「なるほど……、たしかに魔族の少女ならトロールを倒せてもおかしくないか。いや、どちらにしてもマグナス殿、よくやってくれた。貴殿の奴隷がトロールを倒してくれたおかげで町の被害は最小限で済んだ。感謝してもしたりないくらいだ」
手を差し出し握手を求めてくるギルド長。
マグナスは少女に助けられたと思いながらも顔には出さずにその手を握り返す。
「あぁ、この子のおかげだ」
そして、空いた手で少女の頭をさすると彼女は嬉しそうに目を細めていた。
◇
また後ほどギルドに来て欲しい。今回のトロール討伐の報酬を渡したいと言うとギルド長は町の復興へ向かっていった。
再びこの場には少女とマグナスの二人が残される。
「どうして俺のことを言わなかったんだ?」
記憶を消すしかないと思っていたマグナスはその疑問を少女にぶつける。
すると少女は迷いない笑顔を向けてくる。
「だって、私はあなたに助けられましたから……」
あのとき、あの場でトロールが狙っていたのはこの少女でマグナスの到着が数分でも遅れていたらこの少女は殺されていただろう。
事実他の奴隷たちはすでに息絶えているか逃げ出していた。
「命の恩人なら困った時に助けるのは当然です……」
もしかすると自分にも何かされるかもしれないと怯えているのだろう。少女は肩を震わせていた。
その様子を見ていたマグナスはあることを考える。
これからも今日みたいに魔法を使うことがあるだろう。たまたま今日は使った瞬間に人がいなかったからマグナスが使ったわけじゃなく、この少女が使ったものだと思われた。
もし今後もこの少女が近くにいればマグナス自身が疑われることも少なくなり、魔法を使う時に気をつかう必要がなくなる。
それはかなりのメリットだ。
「あぁ、助かった。それでこれからお前はどうしたい?」
これが一番の質問だった。本当に一回限りでマグナスの力になってくれたのならこれ以上の不安要素はない。
「私は……生きたいです。このまま奴隷として死んで行くなんて嫌……です」
少女の目に涙がたまる。
「わかった。それなら俺と一緒に来るか?」
手を差し出すと少女は小さくうなずいていた。
それを確認するとマグナスは奴隷の証たる首輪に手をかける。
懲罰目的にのみ特化した劣化魔道具か……。これをつけていると奴隷として見なされるようだが、外すのは簡単だな。
少し魔力を込めると簡単に首輪が外れる。
それを少女が驚きの様子で見ていた。
外れた首輪を眺めた後、それがなくなった首を撫でていた。
「もう私……奴隷じゃないの?」
「あぁ、そうだな」
そこでようやく少女が満面の笑みを見せてくれた。
しばらくするとようやく奴隷市場の人たちが戻って来た。
服装が乱れており、土ぼこりが多々付いているところを見るとかなり慌てて逃げたのがわかる。
そして、魔族の少女を見てホッとした様子で言ってくる。
「無事だったか。お前は大切な商品だからな」
何事もなく少女を連れて行こうとする。
しかし、それをマグナスが間に立ち遮る。
「そこまでにしろ!」
少しだけ威圧をするマグナス。それに怯えながらも果敢に声を上げて来る。
「その奴隷は私のものだ。か、勝手に盗むのなら、へ、兵士に言うぞ」
なるほど、たしかに奴隷なら所有権は持ち主に帰属する。
「でもこの子は奴隷たる証の首輪をしていないぞ?」
「えっ……、あっ!?」
彼女の首に目が行く奴隷市場の人。口をぽっかりとあけて信じられない表情をする。
通常、奴隷の首輪は鍵がないとあけられない。
そして、一度つけるとまず外されることがない。
その首輪がない以上、この子の所有権を主張することはもうできなかった。
「行くか?」
「は、はいっ!」
そんな彼を横目にマグナスと少女は歩いて宿へと向かっていった。