第五話 VIP
マグナスが連れられて入ったのは高級そうなテーブルと椅子が置かれた……いわゆるビップルームと呼ばれる部屋だ。
普通の人なら入った途端に舞い上がってしまうのだろうけど、何度も入ったことのあるマグナスにとってはここはあまりいいイメージを持っていない。
いつもこういうところに来た時は決まって何かの依頼を頼まれる時だもんな。
顔をひそめながら椅子に座ると早速ギルド長が話に入ってくれる。
「早速だが、マグナスくん、君にお願いがある」
じっと目を見つめられる。
その表情、おそらく自分に何か頼みごとがあるのだろう。それもロクでもない他の人には頼みにくい難解なものが……。
つまり、今のマグナスの答えも決まっていた。
ギルド長が全て言い切る前に返答する。
「お断りします!」
それを告げると席を立ってこの部屋を出ようとした。しかしギルド長が慌ててマグナスを止めてくる。
「ま、待ってくれ。これは君にとってもいい話だから」
そう言われて本当にいい話だったことはない。ただ話を聞かないといつまでも帰してくれそうにないので仕方なく話だけ聞くことにする。
「それでいい話とは?」
「あぁ、君には是非ギルドへ在籍して欲しいんだ」
その話か……。めんどくさそうなので当然それを受けるつもりはない。
「お断りさせていただきます。話はそれだけですか?」
「いやいや、本当に在籍だけでいいからしてくれないか? 何もしていなくてもお金を払おう。ただ、緊急依頼の時だけ手伝って欲しい――」
何もしていない時もお金をくれる……それはかなりの高待遇であった。
過去の自分を知ってるものならともかく、今の自分はただの素性も知らない男なはずだ。そんなやつ相手にそこまでお金を払う理由がわからない。
「どうしてそこまでしてくれるんだ? 俺がしたことなんて弱い魔物を倒しただけだろ?」
もしかして、何かの情報で自分のことを知っているのではと疑いの目を向ける。しかし、ギルド長の答えは思いもよらないものであった。
「弱いって、君が倒したのは緊急依頼が出ていたオークだぞ? 一人で倒せるような魔物じゃないんだぞ?」
えっ? やっぱりさっき受付の人が言っていたことは聞き間違えじゃないのか……。
マグナスは信じられない目を向ける。
「いや、だってオークだぞ? 力は強いかもしれないが、動きは遅くあまり魔法に強くないオークだぞ?」
「あぁ、あの力強さはかなり厄介だ。君がいなかったら被害は甚大だっただろう……」
その言葉を聞いて思わずマグナスは天を仰ぎ見た。
まさか自分が転移した先がここまで力のない世界だったなんて……。
このままだと自分の力をアテにされて前以上に忙しい日々を送らないといけないかもしれない。
つまりここで自分が取る手段は――。
「いえ、たまたまオークが倒れかけていたところでとどめを刺しただけですよ。そんな俺にそこまでしてもらうのは悪いので断らせてもらいます」
自分の意見をはっきりと告げたあと、マグナスは部屋を出て行った。
◇
「どうでしたか?」
マグナスが帰って行ったあと、ミグリーが部屋に入って来てギルド長に尋ねる。
「体良く断られてしまったよ」
「やっぱりそうですか……。ギルドまで来て登録もしていかない人ですからね」
「でも、その力は本物だ。ただオークを倒しただけでなく、彼自身には傷ひとつなかった。しかも素材に関する知識も十分。そう考えると是が非でも欲しい人材だ」
ギルド長は何度も頷きながらいかにして彼を勧誘するか、どういったことが有効かを考え始めていた。
◇
うーん、このままだと以前と同じ結果になりそうだな。
マグナスは渋い顔をしながら町の中を歩いていた。
まだ何とかゆったりとした生活を送れていたが、マグナスの経験上今のままだと色々と頼まれそうな雰囲気が出ている……。
その原因はマグナス自身の行動によるものなので、なんとか自分の行動をごまかせるようにする手段がないかを考えていた。
町をゆっくりと歩きつつ考えごとをしているとちょうど買い物をしていたミリファリスに出会う。
「あっ、マグナスさんもお買い物ですか?」
「えっと、あんたはミリ……ミリフ……」
「ふふっ、ミリでいいですよ。ミリファリスだと少し長いですもんね」
細く笑みながらさりげなくマグナスの隣を歩くミリファリス。
「わかった。今日はまぁ……のんびりと町周辺を見て回ってたんだ」
出来れば邪魔が入らなかったらもっと良かったんだけどな。
「そうなのですね。まぁマグナスさんもこの町に来られたばかりですもんね。どうですかこの町は?」
「騒がしいな」
「珍しいですね。結構穏やかとかのんびりしてるって言われるのですけどね」
マグナスの場合は彼を欲する人らが騒いでるせいもあるだろう。
確かにこうやって歩いている分にはのんびりと出来ていた。
「私もちょうど買い物中だったのですけど、よかったらご案内しましょうか?」
町のことは教えてもらった方が楽だな。わざわざ自分で調べなくてもいいわけだし。
「せっかくだしよろしく頼めるか」
するとミリファリスは嬉しそうに頷いた。
◇
ミリファリスは少し前を歩きながら一ヶ所ずつ説明してくれる。
町の入り口近くにある宿屋や商店。
少し小路を入った先にある露店。
町中央に固まっているギルドや医者がいる場所。
貴族の家近くにある大きな教会。
そして、最後に自分の家でもある商会も説明してくれた。
どういうお店かは大体わかっていたのでその言葉半分にミリファリスの説明を聞いていると少し薄暗い路地の先が何やら騒がしいことに気づいた。
「この奥には何があるんだ?」
少しだけ興味を持ったマグナスはそのことを質問する。しかし、ミリファリスは少し渋い顔をした。
「この先には奴隷市場があるのですよ。この賑わいですとおそらく奴隷市が開催されてるのでしょうね」
ミリファリスはそのことをあまりよく思っていないのだろう。
奴隷市場は昔はなかったな……。治安が悪くなって食べていけなくなった人が奴隷として身を落としているのだろう。
ただ、何人も連れて歩くのは面倒だ。
少しだけ興味は惹かれたもののわざわざ出向くだけの理由にはならずにマグナスはそのままミリファリスと街中を見て回った。
◇
「さぁさぁ、今回は目玉賞品がございますよー」
奴隷市場ではオークション形式で奴隷売買が行われ、少しでもいい奴隷を買おうと観客も盛り上がっていた。
そこでさらに目玉商品があるといわれて会場は更に盛り上がっていく……。
そんな会場の裏にはたくさんの奴隷たちが怯え震えていた。
その中の一人、まだ小さい……十歳前後の少女が今回の目玉奴隷であった。
薄めの金髪を隠すようにマントを頭まで被っている少女。そのマントの下には小さな二本のツノがある。そして首には奴隷を示す首輪がつけられていた。
魔物を操っていると言われる魔族……彼女は魔族の子供だった。
魔族自体会うことがすごく希なのにその魔族の子が奴隷……となるとどんなことをされるかわからない。
その小さい体を更に縮めて震えていると彼女の脳内に声が響いてくる。
「ふん、人間族なんかに捕まるとは。この魔族の面汚しめ! せっかく我が放ったオークが倒されたからと様子を見にきてみたらお前みたいな奴がいるとはな。……まあいい。今からオーク以上の魔物をこの町に放ってやる。同族のよしみでそのことだけ伝えといてやるからせいぜい死なないようにな」
くくくっと嘲笑が聞こえたあと、何も聞こえなくなった。その喋り方からして彼女が無事でいられるなんて考えてすらいないのだろう。
そして、彼女の近くで突然爆発のような音が響く。
「な、なんだ、何があった!?」
異変に気付いた奴隷市場の人が慌ててやって来る。
しかし、その爆発を起こした原因を見て口を震わせていた。
「な、な、なんで……どうしてここにトロールが……?」
町一つすら容易に滅ぼすと言われる巨大な体格で力強い魔物のトロール。それを直接見た恐怖に思わず腰を抜かしてしまう。
ただ、この場にいては殺されると捕らえている奴隷たちを解放することなくその場から逃げ出していった。