第四話 緊急依頼
少し日も沈みかけ、晴天であった空が次第にオレンジに染まっていく。
結構魔物たちは倒せた。素材も適当に採取し、持ちきれない分は火の魔法で焼いておいた。
余計な……アンデッドみたいな魔物になられても困る。腐った素材を置いておくとそうなる可能性があるので、使わないものは焼く……それが常識であった。
その全てを行い、あとは町へ帰るだけ……の状態であったマグナス。
町の方へ向かうとしたのだが、その瞬間に魔物の気配を感じ後ろを振り向いて見る。
そこにいたのは豚面で体長三メートルはあろうかという巨大な魔物であった。
◇
「た、大変だ! 町近くにオークが出現したぞ!」
慌てて冒険者ギルドに男が入ってくる。
オークなんてこの界隈で見かけるはずのない魔物だ。
巨大な体で一度暴れ出すと手がつけられないことからギルドでは緊急依頼として出すことが最も多い魔物……。
討伐自体は冒険者が束になってかかれば少ない死傷者で倒すことができる。
ただ、数人の犠牲はどうしても出てしまう。
でも、オーク自体がほとんど人里近くまで来ることがなかったのでこれといって警戒することもなかった。
しかし、そんな魔物が出たとなっては冒険者ギルドとしては手をこまねくわけにはいかない。
「まずは状況の確認を! オークの存在が確認でき次第緊急依頼を発令します!」
受付のミグリーが大声を上げる。すると一瞬ギルド内に緊張が走り、そして大きな歓声が上がる。
緊急依頼はその難易度から報酬が普段の依頼より高額である。そして、参加者全員に配られるため冒険者からは喜ばれることが多い。
ただまずは状況を確認しないと……。
ミグリーは奥の部屋に入るとギルド長に今の状況を説明しに出かけた。
◇
ふぅ……。オークは弱いけど臭いが嫌だな……。
マグナスは目の前で息絶えているオークの素材を採取しながら顔をしかめていた。
オークからとれるものは三種類……。
手に持っている棍棒とオーク自身の肉、あとは魔物の体内で稀に生成される魔力の固まりたる魔石……この三つだ。
棍棒と肉は確実に手に入るものの魔石はあまり手に入らない。
でもこれが手に入ればかなりの額で売れるはずなのでないかなとオークの体から探していた。
その際にオークの臭いが体にこびりついた気がしてマグナスは更に顔をしかめる。
こんな時に何も言わずに自分のいうことを聞いてくれる人がいれば楽できるのに……。
そんなことを思いながら更にオークの体を探していく。するとその労力の甲斐あって小さな魔石を発見する。
よし、これで十分だろう。
魔石を取り終えたオークの体は魔法で燃やしてしまう。
そうしないとアンデットに変わる恐れがあるからな。
完全にオークが燃え尽きたのを確認するとマグナスは町の方へと向かっていった。
◇
とりあえずまずは換金だなと冒険者ギルドへまっすぐに向かう。
すると中は何やら騒がしかった。
「あっ、あなたは今朝の……もしかして気が変わって冒険者に?」
少し期待のこもった目で見てくる。しかし、マグナスは首を横に振っていた。
「いや、町の外で魔物を倒したのでその素材を売りに来ただけだ。それよりもなんかすごい騒ぎだな?」
「えぇ、やっかいな魔物が現れましたので緊急依頼が出たのですよ」
「へぇ……そうなんだな。それよりこの素材の換金を頼む」
無理やり働かされる緊急依頼にはあまり興味がなかった。これ以上聞くと話が長くなりそうなので話の途中に取ってきた素材をミグリーに渡す。
でも緊急依頼が出るほど強い魔物がいたか?
少なくとも町周辺は魔物が出るほど治安が悪化していたものの魔物自体は弱いものしか出なかった。伝説級のドラゴンや不死王などが出たなら魔法すら使わずに察知できるだろう。
それともよほど離れているところにそういった魔物が現れたのだろうか?
わざわざ遠くの場所に魔物退治に行くなんて考えたくないな。
昔していたこととはいえもうやりたいとは思えなかった。
ご愁傷様と冒険者達に心の中で哀れんでおいた。
すると近くにいた冒険者達が大声を上げ始める。気合いを入れるには必要なこととは言え、近くでするのはやめて欲しい。
マグナスは耳を塞ぎ、少し怪訝そうな顔つきをする。
するとミグリーが謝ってくる。
「ごめんなさいね。さすがにオークが現れたとなると気合いを入れない訳にはいかないから……」
えっと……、今聞き違いをしたか?
まさか弱い魔物であるオーク相手に気合いを入れる……なんてするわけないよな?
「えっと……オークってあの弱いオークじゃない……よな?」
それを聞いたミグリーがマグナスのことを冷めた目つきで見てくる。
「オークが弱いわけないじゃないですか! 数人がかりでようやく倒せる……えっ!?」
素材を調べながら言っていたミグリーだが、オークから取った魔石を見て固まる。
「これってまさか……。う、嘘ですよね?」
「普通の魔石だが?」
マグナスがそう告げた瞬間に先ほどまでざわついていたギルド内がシーンと静まり返る。
「おい、あれが魔石らしいぞ?」
「思ったより小さいものなんだな」
「初めて見た……」
「あれが失われし宝石と言われた魔石か……」
冒険者なのにまるで魔石を知らないとでも言いたげだな。
いや、ちょっと待てよ。確かに魔石はどんな魔物でも確実に取れるわけではないし、場所を知らないと採取すらできない。
それにちょっと傷つけると簡単に霧散してしまう。
ベテランクラスの冒険者なら知ってるだろうけど、駆け出しの冒険者とかが初めて見る……というのならまだ納得できる。
オークの方もそうだ。
駆け出しが相手にするには少々手強い相手だと言われていた。
マグナス自身は苦戦したことはないが……。
つまり今このギルドにはベテランが出払った状態なのだろう。
あれっ、もしかして今の自分危なくないか?
少し嫌な気配を感じたマグナスは素材のことを差し置いてギルドから出たくなる。
しかし、それは突然腕を掴まれることによって阻まれた。
「まだ査定も終わってないのにどこに行くんだ? せっかくだしゆっくりして行くといい」
腕を掴んでいたのは目元に傷のある野性味ある人物だった。髪はボサボサで髭もろくに揃えず、乱雑に生えている。また、服装も布製のボロボロな服で盗賊と言われても頷いてしまいそうだ。
「もう、ギルド長! 人前に出るときはちゃんとした服装をしてくださいよ!」
「だからちゃんとしてるじゃないか!」
ギルド長と呼ばれた男は自身の服。その上からなぜか付けているネクタイを指差していた。
そのネクタイが逆にシュールさを醸し出している。
「はぁ……もういいです……」
ミグリーが頭を抱えて大きく溜息を吐く。
「それよりお前だ。えっと、名前は?」
ギルド長から名前を聞かれる。
「俺はマグナスだ。あんたは?」
「ふははっ、よくぞ聞いてくれた。我が名は――」
腕を組み、やたら意味深に笑い出すギルド長だが、口を開こうとした途端にミグリーに頭を叩かれていた。
「いい加減にしてください。マグナスさん、こちらはギルド長のローレン・ゼンです」
「ローレンだ。まぁ嫌々ながらギルド長をしている。本当なら休みたいんだが――」
「仕事が終わったら休んでもらっていいですよ」
ギルド長ともなるといろんな雑務があるのだろう。その休みたいという気持ちがよくわかる。
「それで俺に何か用なのか?」
「おっと、そうだった。まぁここは騒がしい。奥で話をしよう」
マグナスはギルド長に奥にある部屋へと連れていかれた。