第三話 冒険者ギルド
やはりあの反応……魔道具復活にあの少年が絡んでいるのは間違いなさそうだ。
リズドガンドは館に戻ると魔道具に関する書物を広げていた。そこに書かれたさまざまな効果の道具……しかし、そのどれもがなぜか製作者の部分だけ書かれていなかった。
その理由はわからない。それにどういった構造になっているのかも今まではわからなかった。ただ、あの少年さえいれば全てを解明することも夢じゃないかもしれない。
そのためになんとしても彼が欲しい……。
ただ警戒心が強い彼に力になってもらうにはまずは親しくなるところから始めないといけないか……。
「とりあえず毎日通ってみるか……」
有効な手段が思いつかず、とりあえず顔を覚えてもらうところから始めることにした。
◇
夜中の間に起こされる……ということもなくぐっすりと寝たマグナスは日が昇るとともに目を覚ました。
ベッドで軽く伸びをすると食堂の方へ足を運ぶ。
するとそこで領主の息子であるリズドガンドが軽く手を上げてくる。
何でここにいるんだ?
そんな疑問が浮かんでくる。
しかし、近づいてもいいことがないと思うので気づかなかったふりをして、全く違う席に座り、朝食を頼む。
そして、届くのを待っているとリズドガンドの方から近づいてくる。
「つれないじゃないか。私と君の仲じゃないか」
まるで旧知の友人のように話しかけてくる。会ったのはまだ二回だけなのに……。
「それで今日は何か用でもあるのか?」
「いやいや、今日は特にないよ。ただ昨日食べた食事がなかなか美味でね。今日もこうして食べに来たんだよ」
「たしかにここの料理は値段の割にうまいもんな」
自分に用がないとわかると途端に警戒心が薄れる。
するとちょうどマグナスの料理が運ばれてくる。
そして、普通に食事を取っているとリズドガンドのほうから一方的に話しかけてくる。
「領主の息子と言っても三男だから権力とは無縁のところに追いやられてるんだよ。まぁ、思う存分魔道具の研究ができるから良い環境なんだけどね。結婚を急かされるのだけは嫌だけど……」
苦笑を浮かべながらリズドガンドの話を聞いた後にふと尋ねられる。
「それでマグナスはどんな仕事をしてるんだ?」
親しくなったことで敬称が外れる。それはいいのだが、確かにパッと仕事のことを聞かれると困るかもしれない。
少し考えた後にいい答えがあることに気づいた。
「今日ギルドに行こうと思ってたんだ」
◇
マグナスは一人で町の中央にある冒険者ギルドまでやって来た。
ここには様々な人の依頼が集められ、それを行うと依頼料としてお金がもらえる……という言わば何でも屋の集まりだった。
登録をするしないは別にしても魔物の素材も買い取ってくれるこの場所は一度顔を出しておくべきだろう。
木の扉を開けると中はむせ返るような熱気と騒がしいいびき声、あとは思わずクラっとなりそうなほどの酒の匂いに包まれていた。
床にはたくさんの酒瓶と上半身裸で寝転がっている筋骨隆々な男たちの姿がたくさん見える。
……ここは来てはいけないところだ。
マグナスは開けた扉をそのまま閉める。
すると受付のところにいた女性が慌ててマグナスのところに近づいていく。
「はぁ……はぁ……、ご新規様ですよね……。ぼ……、冒険者ギルドへ……ようこそ……」
大きく息を吐きながら挨拶してくる女性。ただ中がね……。
マグナスが苦笑していると女性が少し後ろに下がる。
「すみません、まだ営業の準備ができてなくて……。今準備しますね」
それだけいうと部屋の中に戻っていく。
そして、中から女性の怒鳴り声とドタバタと動く音が激しく聞こえてきた。
それを乾いた笑みで見ていると女性が笑顔を見せながら戻ってくる。
「どうぞ、準備ができました」
中に手招きしてくれる。ただ、さっきの光景を見たあとだとあまり入りたくない。でも女性の有無を言わさない笑みに仕方なく再び冒険者ギルドへ入る。
中は先ほどまで散らかっていた酒瓶や床で寝ていた人たちの姿はすでにない。
バタバタと奥の方で足音が聞こえる。どうやら床で寝ていた人たちがまだ奥で片付けをしているのだろう。
しかし、そんな音も聞こえないと言いたげに女性はそのままマグナスを受付へと誘導していった。
ギルド内は片付きさえすれば他所とそれほど遜色がない。
依頼書が貼られた大きな掲示板に木のカウンターが置かれた受付。あとは休憩や酒場も兼ねた四人がけのテーブルが複数置かれていた。
何か大きな依頼を達成したのかもしれないな。
まだ酒の匂いは残っている中でマグナスも受付の方へ歩いて行く。
そこで冒険者の説明を受けるが、緊急依頼というものが発動されると無理やり呼び出されるというものが面倒だなと感じた。
できたらやりたい時にやりたいだけ……。
それが希望だということを伝えると冒険者登録をしなくても魔物の素材買取は行ってくれるようだ。
まぁたくさん稼ぐ必要もないし、今の自分にぴったりかもしれない。
「わかった、素材がとれたらまた持ってくる。でも同じ魔物でも素材の値段が違うよな? それって教えてもらえるのか?」
「えぇ、それはここにきてくださればお教えしますよ」
それなら無理に登録しなくていいか……。
マグナスは受付の女性に礼を言うとギルドを出て行った。
◇
魔物を倒せば金がもらえるのか……。
おそらくいくらかはギルドが手数料として持って行くのだろうけどいいかもしれない。
問題としては魔物がどの程度生息しているか……だな。
少なくとも馬車で街道を走っていたときには見かけなかった。
魔物自体は察知でいることはわかっている。人間を前にするとあまり顔を出さないのかもしれないな。
結構自分が討伐したもんな。人をおびえていてもおかしくないか……。
あと魔物がたくさん生息していそうな場所といえば森とか山の上とかだけど……。
マルティンの町の近くにそういった場所があったかを思い返す。
この辺りは平坦な地形だった気がする。
それならと改めて周囲を気配察知してみる。
人の気配は除外して、町の外で動いている魔物の気配……意外といるな。
やはり街道から外れたところには魔物が生息しているようだった。
それだけなら良いが、結構町から近いところにも魔物が生息している。
歩いて三十分以内だろうか?
その程度の距離の位置に生息している魔物はなるべく早く倒しておかないと朝とか寝ているタイミングで襲われたらつい本気の魔法をぶち込んでしまいそうだ。
以前疲れすぎて山一つ消してしまったことを思い返して気を引き締める。
他にも一時間圏内に大量の魔物がいた。周辺を警備の兵が見回ったりとかしないのだろうか?
街道に普通に盗賊が現れたことも思い出す。
随分と治安が悪くなったんだな……。
どうせしばらくはこの町にいるのだから少し掃除をしておくか。
マグナスは町の外を目指して歩き出す。
◇
「なんだか今日は魔物に会いませんね?」
隣町の商人の護衛をしていた冒険者のマリーが周りを警戒しながら首を傾げる。
「私としては魔物は会わないほうがいいのですけどね」
商人は嬉しそうに笑い声をあげる。
たしかにマリーとしても護衛の料金は変わらないので、魔物と戦わないほうが有難い。
ただ、理想としてはそうでも実際には魔物と戦わざるを得ないのは護衛を務めているもののさがだ。
数十回と護衛を務めていたマリーも今まで一度として魔物に会わずに町間を移動できたことはない。
それが今日に限ってはまだ一度も魔物と会っていない。
そして、もうすぐマルティンの町へたどり着いてしまう。
いつもと違うということがなんだか不気味なことに感じられた。
するとすぐ近くの荒野に、空が晴れているのに何もないところから雷が落ちる。
あれは魔法? あれほどの威力、見たことがない……一体誰が使っているのだろうか?
目を凝らしてよく見るとそこに立っていたのは小さな少年であった。
その少年は手を空にあげていた。
そして、彼の前には何体かの魔物たち。
危ない!?
思わずマリーは護衛の仕事を放り投げて少年の下へ駆け出しそうになる。しかし、彼は小さな笑みを浮かべると先ほど聞こえてきた大きな雷鳴が響き、魔物たちの場所に雷が落ちた。
もちろんまともに雷を浴びて無事でいられる魔物は一体もいなく、全員が黒焦げとなり倒れていた。
あんなにすごい魔法を……もしかして貴族さまが雇ったのか……?
それとも上位ランクの冒険者がたまたま町へきたのだろうか?
とにかくあれだけ魔物を倒してくれたら、しばらくは護衛の依頼が楽できそうだ。
そんなことを思いながらマリーたちはマルティンへ入っていった。
◇
町の人たちに魔法を使っているところを見られてしまった……。
大丈夫だろうか?
少し心配になるマグナスだったが、よく考えると別に魔法を使うくらい普通のことだろうし、魔物も依頼が出るほどだから倒していてもおかしくないだろう。
自分にしか出来ないようなこと……それだけ人前で見せないようにすればいいな。
例えば門のところで魔道具を直したような……。
ただ、魔物も倒すだけでは素材採取もままならない。今日のところは適当なところで切り上げたほうがいいかもしれないな。