第三十八話 大賢者、祭りにいく
リウと一緒に過ごし始めて数日過ぎた。
特に何も事件もなく平穏な日々を過ごしていた。
だらだらと宿のベッドで寝転んでいるとリウが話しかけてくる。
「マグナスさま、なんだかお外が少し騒がしいよ?」
「んっ? あぁ、あれは祭の準備でもしているんだな……」
外を見るとそこにはたくさんの露店が出始めていた。
それはこの宿のある路地にすら立ち並ぶほどで大通りとかはすでに露店で埋め尽くされていることが容易に想像できる。
何の祭かはわからないがここまでたくさんの店が並ぶと言うことは……うっとおしいな。
マグナスは町に大量の人があふれかえることに少し難色を示した。しかし、リウの方は目を輝かせながら窓から祭の準備をする人たちを眺めていた。
「行ってみたいのか?」
「えっ、連れて行ってくれるの?」
できれば断って欲しかったなと思いつつもマグナスは重い腰を上げる。
「これから人が増えていくからな。行くなら今のうちが良いだろう」
「やったー!!」
リウが両手を挙げて喜んでいた。
それを少し苦笑いで見ていたマグナス。
まぁ、適当に見て回ればすぐに飽きてくれるだろうな。どうせ祭のものなんて限られたものしかなかったはずだ……。
◇
しかし、マグナスの目論見は外に出た瞬間に外れることとなる。
「うわぁ……、あっちに飴のお店があるよ。そっちにはアイスを売ってるところも……」
目を輝かせるリウ。店の前に出た瞬間に彼女の好きそうな甘いものが置かれた露店が広がっていた。
そんなリウの様子にマグナスは苦笑を浮かべる。ただ、まだ準備が始まったところのようで大して人は多くない。このくらいなら見て回るのにはちょうど良いかもしれないな。
「せっかくだから好きなものを食べると良いぞ」
「えっ、良いの?」
「あぁ、たまにはこういうのも良いだろう」
どうせ出てしまったのならせっかくだから町の中を見て回るのも悪くないか……。
そう考えたマグナス。一方のリウは少しお金を渡した途端にその姿は見えなくなって、気がつくとマグナスの隣で山盛りの料理を手に口を動かしていた。
「マグナスさまも……もぐもぐ……食べないの? ……もぐもぐ」
「食べるか話すかどっちかにしろ……」
「もぐもぐ……」
静かに食べ始めるリウ。まさか食べる方に集中するとは思わなかった。
ただ、恍惚の表情を浮かべ、とてもおいしそうに食べるその様子を見ているとマグナス自身も何か食べたくなってくる。
「せっかくだし俺も何か……」
周りを見て何か旨そうなものはないかと探し始めると、興味深い食べ物が並べてあった。
もの自体は普通のクッキーだ。ただ、その名前が特徴的だった。
「マグス焼き……」
どういうことかそれはマグナス自身の名前に似た食べ物であった。
「おうよ、これはその昔実在したと言われている大賢者様の名前からとった……らしいんだ。眉唾物だがな」
屋台のおじさんは大声で高笑いをしていた。
「マグナスさまと似た名前だね……」
「んっ、お前はマグナスというのか? まぁマグスがつく名前はさほど珍しいものでもないからな。この付近では聞かないが――」
おじさんはまた適当なことを言って大声で笑っていた。
「それでマグス焼きはどうだ?」
「一ついただこうか」
さすがに自分の名前を冠している食べ物に興味を抱かずにはいられなかった。
ただ、口に入れてみると意外と普通のクッキーでなんとも言えない気分になる。
「マグナスさま? どうかしたの?」
「いや、何でもない」
◇
それからしばらくはただ祭を見回っていく。
そこで肝心の何の祭かを人に聞くのを忘れていたことに気づく。
とちょうど領主邸からリズドガンドが出てくるところだった。
「おっ、マグナス殿ではないか。どうだい、今回の祭は? 結構盛大に行ってるだろう?」
「そうみたいだな。でも一体何の祭なんだ?」
「なんの祭かだって……。それはもちろん復興祭に決まってるじゃないか。ようやく町のメイン部分の修繕がほぼ終わったんだ。これを祝わずして何を祝うんだ」
そういえば自分はあまり意識しなかったが、よく見ると以前魔物に壊された町はそのほとんどが元通りにもどっていた。
なるほどな、それが今回の祭りの理由か。
「そういえばマグナス殿はこの町に家を買わないのか? もし買うつもりなら紹介してあげるが?」
「家か……。確かにあると便利なんだが、生活拠点が固定化されて身動きが取りにくくなってしまうんだよな」
「いやいや、毎日帰る必要なんてないんだぞ? せっかくだしその場所に案内してあげようか?」
見るだけならただだもんな。
少し考えた後、マグナスは小さく頷いていた。