三十四話 話し合い
「さて、話し合いをしようか」
冒険者たちを吹き飛ばした後、マグナスは何も変わらない表情で席に着く。そして、テーブルに手をつけて、低めの声で言う。
貴族の男は後ろで気絶してる冒険者たちを見て、少し足が震えていた。
その青白い顔をふせたまま席に着くとまるで魂が抜けたように呆けていた。
そして、それからはマグナスの言うことには全て頷くようになっていた。
「俺が言いたいことは三つだ。あの店を襲うな、獣人の差別をなくせ、俺たちにかまうな。これだけだ」
「は、はい、すべて言うとおりにします……」
あまりにペコペコと頭を下げてくるので不安になるほどだったがそれもリウの言葉で全てわかった。
「マグナス様、やり過ぎです――」
どうも人相手だから手を抜いたのだがそれでもこの世界の人からしたらかなりやり過ぎに見えたようだった。
リウに言われて少し落ち込むマグナス。
深々と腰を下ろすと先ほどまでの覇気がない、小さな声で言う。
「その点を守ってくれれば俺たちも手出しはしない。これでどうだ?」
すると貴族の男は何度も頷いていた。
◇
翌朝目覚めるとマグナス達はラティオとアルティを迎えに行った。
「今日は少し静かでしたね。何かあったのかな?」
獣人の女性が出迎えてくれたが、今朝は特に変わったこともなく首を傾げていた。
「それはですね……」
リウが嬉しそうに昨日の出来事を話そうとするのでマグナスはそれをそっと止める。
「いい、言わなくても……」
リウは不思議そうな顔をマグナスに見せる。
しかし、もう終わったことをわざわざ言う必要もないだろう。
そんなマグナス達を見て女性は少し首を傾げていた。
そして、しばらく待っているとまだ眠たそうな顔をしているラティオとアルティがゆっくりとした足取りで降りてくる。
「もう出発?」
眠たそうに目をこすりながら聞いてくるアルティ。
「馬車で寝てると良いぞ。だから乗るまでは我慢してくれ」
するとアルティは小さく頷いて、そのままふらふらとした足取りで外に出て行った。
それを追いかけるようにラティオが後に続いた。
それを見届けたマグナスは自身も馬車のほうへ向かおうとする。
しかし、それを獣人の女性に止められる。
「待ってください」
マグナスとリウがその場に立ち止まる。
「本当に……本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる女性。その目には一筋の涙が流れており、マグナスが何をしたのか想像できているようだった。
それを聞いたマグナスは後ろを向くと軽く背を向けて手を上げていた。
そして、リウは嬉しそうにマグナスの後を笑顔で追いかけていった。
◇
馬車へとやってくるとラティオとアルティが御者をしようと準備してくれていた。
「あっ、マグナスさまー。後ろにゆっくり座っててくださいね」
「おう、操作は俺たちに任せてくれ」
やる気に満ちている二人。
ここは任せておくべきだろうな。
そう感じたマグナスは後ろの席に座る。その隣にリウも座ってくる。
その顔は未だに笑顔だった。
「どうした? やけに機嫌がいいみたいだが」
「なんでもないですよー」
鼻歌交じりに足をバタつかせてるリウにマグナスは少しだけ首を傾げていた。
◇
マグナスは心地よい風を感じながらウトウトとしていた。
リウはマグナスの膝を枕にすでに寝ているし、アルティもすでにラティオを背に寝息を立てていた。
そのまま目を閉じて眠りたくなってきたマグナスだが、ラティオと二人きりになるのは珍しいので、せっかくだから少し彼と話してみることにする。
「もうこの生活に慣れたか?」
すると突然声をかけられたラティオは一瞬動揺したものの平心を保ちながら答える。
「あぁ、本当にこんな日がくるなんて夢みたいだ……」
未だにラティオの体には無数の傷が残されている。
マグナスにはそれを消すこともできたのだが、ラティオはそれを残しておいて欲しいと言ったので傷だけはそのまま残されていた。
なんでもラティオが言うにはあの時の思いを忘れたくないとかなんとか……。
そのうち消したくなった時に消せるように……その時にその場にマグナスがいなくても消せるように薬だけは準備しよう。
そんなことを思っていた。
ただどうにもラティオとはまだ距離があるように感じられた。
「もしかしてまだ自分が薬を撒いていたことを気にしてるのか?」
「…………」
場を沈黙が襲う。
その様子を見てマグナスはやはりと思った。
「そうか……。でも奴隷の時にしたことは気にしなくていいぞ。奴隷はモノとして扱われる分、何かしたらそれは主人がしたことになる。つまり、ラティオは何も悪くないんだ」
「でも、実際にあれは俺がやったことなんだ……。それに奴隷になったことだって、アルティの薬を買うために俺自身が決めたことだし……」
その結果危うくアルティも自身も死にそうになってしまった。
それがラティオの悩みだろう。
「過去はどうすることもできない。でもこれからは俺の目の届く範囲にいるなら安心すれば良い。なんとかしてやる……疲れない範囲でな」
ラティオと話しながらこういった点が自分の悪いところだろうと最後に言葉を付け加えた。
そのマグナスの思いがラティオにも伝わったのか、彼は少し笑い声を上げていた。
「あぁ、可能な限り自分でするが、それでもなんともならない時は力を貸してくれ」
改めてラティオの思いを聞いたマグナスは満足げに頷くと御者席の方に移動する。
「まだ先は長い。ラティオも少し休んでおくと良い」
「そ、そんなことご主人様には……」
ラティオの口から始めてご主人様という言葉が出てきた。ただ、それを全て言い切らせる前にマグナスはラティオの口に手を当てる。
「無理にご主人様と呼ばなくて良いぞ。俺は二人はマルティンの町に着いたら解放するつもりでいるからな?」
「本当にいいのか? 俺たちのために金も払ってるんだろ? 金の分くらいは全然働くぞ?」
ラティオが心配そうに聞いてくる。
ただマグナスは面倒を見る子の数が増えると自身が大変になるだけなので、逆に離れてくれた方が助かる。
まぁいきなり放り出してのたれ死なれては困るから仕事を見つけ出したりとかは手伝うつもりでいるが……。
「気にするな。お前たちを助けて欲しいといったのはリウだからな。ちょっとでも思うことがあるなら何かあった時にリウを助けてやって欲しい」
魔族であると言うだけで騒がれるリウ。これから何があるかわからないもんな。
少しでも彼女の力になってくれる人がいるとその分マグナスも楽できるので助かる。
それを聞いたラティオは一度頷くとマグナスと入れ替わるように後ろの席へ移動して、すぐに彼の寝息が聞こえてきた。
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