第二話 領主の息子と大商会
ようやく町の中へ入ることができた。
ここまで長かったなと思わずため息が出そうになっていた。
「私たちはこれから商会の方へ戻りますが、マグナスさんはどうされますか?」
「俺は少し町の様子を見て回ろうと思う」
そういう建前で本音はもうベッドに倒れ込みたかった。すると少女は少し寂しそうに「またうちの商会へ遊びに来てくださいね」と小声で言ってきた。
そして、町の適当なところで降ろしてもらうと姿が見えなくなるまで少女は手を振ってくれていた。
一人になると改めて町を見渡してみる。
昔ながらの古びた石造りの建物が通路を挟んで立ち並んでいる。
門の魔道具を整備していなかったり、建物の色が少しくすんでいたりとこの町にいる領主は整備をほとんどしなかったようだな。
まぁ、昔から自分を呼び出しては整備を依頼していたことを考えると仕方ないことかもしれない。過去を思い出すと思わず苦笑を浮かべてしまう。
とりあえず領主には目をつけられないように……まずは宿を探すか。
手元には助けた少女から無理矢理に押し付けられた幾枚の銀貨……。
どうしてもこれはもらってくれと……護衛費だと言って聞かなかったので仕方なくもらっておいた。
決して多い枚数ではないものの数日過ごすには十分すぎるほどだ。
ただ、マグナスが知っているこの町と微妙に店の位置が違うために場所がわからずに困ってしまう。
「どこに宿があるんだ?」
「宿をお探しですか? それなら是非うちに来てください」
大通りを探して歩いてるとオレンジっぽい髪色の十歳くらいの少女に突然声をかけられる。
後ろで髪を結わいて、薄茶色のエプロンを着ているその姿を見て、どこかの宿のお手伝いなのだろうとマグナスはあたりをつける。
これ以上探してもいいところが見つかるかわからないので、せっかくだから案内してもらうことにしよう。
「じゃあ案内してくれるか?」
「はい、一名様ご案内ー♪」
嬉しそうにスキップ混じりに案内してくれる。
そして、脇道に逸れて薄暗い路地に入っていく。
こんなところに宿なんてあるのだろうか?
疑問に思っていたが、しばらく歩いていくと少し大きな建物の前にたどり着いた。
ただの家に見えるが、しっかりと宿の看板が掲げられている。
「お母さーん、お客さん連れてきたよー」
少女が声を上げると奥から恰幅のよいおばさんが出てくる。
「こんなボロい宿じゃなくてもっといい宿があっただろうに……本当にいいのかい?」
「もう、お母さんったら。よくないとここまできてくれないよ」
「それもそうね」
マグナスを置いて二人だけで笑い声を上げていた。
「おっとごめんね、一泊銅貨五十枚だよ。何泊していくんだい?」
値段はかなり安い方だ。
その割に客の入りがほとんどないところを見るとやはり場所が悪いのだろうな。
持っているお金を考えると……。
「とりあえず四泊お願いします」
銀貨二枚取り出すとそれを女将さんに手渡した。
「はいよー。じゃあこっちについてきてねー」
女将さんが部屋まで案内してくれる。その途中に共同で使用する部屋のことを教えてくれる。
「まずは受付のすぐそばに食堂、ここでは朝と夜の二食出るからね。ただ注文のものによっては追加の料金をいただくから注意してね」
なるほど……。料理も出るのなら無理に外へ出る必要もないかもしれないな。
お金がなくなった時だけちょっと稼ぎに行こう。
◇
案内された部屋は小さな硬い木のベッドが一つ置かれただけの質素な場所だった。
「ではごゆっくり……」
女将さんが戻っていった後にマグナスはまずベッドへと飛び乗った。
久々にベッドの上に乗った気がする……。
思えば転移前は寝ると言っても机の上でそのまま力尽きて寝てただけだもんな。
こうやってゆっくり体を休ませるのはずいぶん久しぶりな気がする。
気がつくとあっという間に眠りについていた。
しかし、そんな心地よい睡眠もすぐに妨害されてしまう。部屋の扉を叩く鈍い音によって――。
「お兄さん、お兄さん、お兄さんにお客さんですよ?」
客? 今の自分にわざわざ会いにきてくれるような知り合いはいない。一体誰がやってきたのだろうか?
小さくあくびをかみ殺すとマグナスは部屋から出る。そして、少女に案内されて食堂にやってきた。
そこにいたのは門のところにいたあの学者風の男であった。
「会いたかったですよ。門のところではゆっくり話を聞く暇もありませんでしたので」
両手を広げて歓迎してくれる学者。それを見たマグナスは面倒な相手が来たと眉を潜ませていた。
すると宿の少女が小声で耳打ちしてくれる。
「相手が貴族様でお断りすることができなかったのですよ……」
やっぱり貴族なのか……。
そんな男がわざわざ自分に会いに来る理由……。門での一件のことか?
マグナスは学者と向き合うように椅子に座る。
ただ、相手にペースを取られないように威圧を与えつつ話をする。
「それで俺に用とは?」
「……っ!?」
言葉に詰まらせる学者。流石にいきなり威圧を与えすぎたか?
少し威圧を緩め、その代わりに顔を不機嫌そうな表情へ変える。
すると学者が冷や汗をタオルで拭った後にゆっくりと話しかけて来る。
「まずは私はリズドガンド・マルティン。ここの領主、マーティナス・マルティンの三男だ」
貴族だとは思っていたけどまさか領主の息子だとは思っていなかった。……これは嫌な相手に目をつけられたかもしれない。
「そうか……。俺はマグナスだ。それで用件は?」
いい加減この会話も終わらせたい。
ただ、リズドガンドはもったいつけてゆっくりと話してくる。
「実は門のところで見ていたのだが……、もしかすると私の気のせいかもしれないが……」
ソワソワと、まるで恋慕の相手みたいに少し恥ずかしそうにしていた。
しかし突然たちあがり、机を叩いて来る。
「マグナス殿、あなた様があの魔道具を復活させてくださったのではありませんか!?」
やっぱり気づかれていたようだ。まぁ遠隔で魔力を与えていたとはいえ、わかる人にはわかるからな。
ただ、ここで同意するのは厄介なことになりそうだ。自分から話を切るか。
「何のことだ? 俺には関係のない話だ。では、俺はこれから少々出かける用事があるので失礼する」
「あっ、まだ話は……」
余計なことを言われる前にそそくさと食堂を出て行く。そして出かけると言った手前、部屋に戻ることはできずに仕方なく町へと足を運んだ。
◇
町へ出て来たからと言ってどこか向かう場所もない。
まぁのんびり歩いて町を見て回るのもたまにいいかもしれない。
そう思い、町に出てる屋台を眺めながら一人歩いていく。
するとちょうど仕込んでいるタイミングなようでいい匂いが漂ってくる。
一つくらいなら買ってもいいよな?
そんな誘惑に駆られていると一際大きな建物を発見する。周りの建物のゆうに三倍はあるだろうか?
その建物の看板には『マドリー商会』という文字が掲げられていた。
その『商会』という言葉に引っかかりを覚える。
ただ、商会なんて町にいくつもあるよな……。
あんな街道で盗賊に襲われるような人達ならもっとこじんまりとした店だろう……。
しかし、どうしても気になったので店の中に入ってみる。
「いらっしゃいませー。あっ、マグナスさん、来てくださったのですね」
満面の笑みを見せて小走りでマグナスの側に寄って来る少女。本当にこの大きな商会の子だったみたいだ。
流石にマグナスは驚きを隠しきれなかった。
それを見た少女はくすくすと笑みをこぼしていた。
そして、奥の方から老人も出てくる。
「マグナス様、あの時は本当にお世話になりました」
なんども頭を下げられる。流石にこの状態で「ただ腹が減ってたからいい匂いにつられて助けた」なんて言えずに少し苦笑をする。
「いや、たまたま通りがかっただけだ。それにしてもこれだけ大きな店をしていたんだな……」
「えぇ、確かに街道で盗賊に襲われていた人が大商会の人物とは思いませんよね? 一応それなりに優秀な護衛は連れていたのですけどね」
老人が乾いた笑みを浮かべていた。
そういえばあの時老人たちの側に何人か倒れていたな。彼らが護衛だったのだろう。
「この町の若手で一二を争う期待の星だったのですよ……。我が商会でも専属で雇おうかと打診したタイミングであのような事が起こりましたので……」
あっ、この流れはまずそうだ。
マグナスはサッと回れ右しようとする。しかし、後ろは少女によって固められていた。
「どうでしょうか? もしマグナス様がよろしければ我が商会専属の護衛として……いえ、この私、ユーキリス・マドリー専属の護衛として働いていただけませんか?」
これは冒険者や騎士稼業をしているものにしたら魅力的な提案だろう。
大商会専属の護衛……生涯なんの不自由もなく食べていけることを約束されるようなものだ。
ただ、マグナスの食指は動かなかった。
すると後ろを陣取っていた少女がムッとした顔をする。
「おじいちゃん、私のことを忘れてるよ?」
「おっと、それもそうじゃな。マグナス様さえよろしければ我が孫娘、ミリファリスの護衛も務めて貰えると嬉しいんじゃが……」
期待のこもった眼差しをマグナスに向けてくる。
「いや、それは俺みたいな正体もわからない人物よりももっといい人がいるだろう。それに今日はただ店を眺めに来ただけだ……」
「そうですか……。また気が変わったら店に来てください。私どもはマグナス様が来てくださると信じていますので」
ユーキリスとミリファリスが二人揃って深々と頭を下げてくる。
それを見た周りの人から注目を集めてしまい、マグナスは慌てて逃げるように店を飛び出していった。
ろくに商品を見れなかったなと少しだけがっかりとしながら近くの屋台で串に刺さった肉を買い食いして宿へと戻っていった。