二十七話 犬の獣人
奴隷商に案内されて連れてこられたのは沢山の鉄檻がある場所だった。
その鉄檻には首輪のつけられた奴隷が入れられている。
その誰もがボロボロの服を着て、顔には生気がなかった。
それもそのはずでこの場所はろくに掃除もされておらず、臭気に満ちていた。
そんな不衛生な場所にいるのだから奴隷たちもお世辞にも良い状態とは言えなかった。
「どうですか、ここの奴隷たちは。様々な年代層、男女問わず、また種族も人間族の他に獣人族なども揃えています」
たしかに表にはなるべく見目麗しい女性奴隷や筋骨隆々な男性奴隷が置かれて、奥に行くほどにあまり売れないと思われる奴隷たちになっていった。
その値段は……表にいるような人気のある奴隷だと金貨十数枚かかるが、奥の奴隷だと金貨一枚ほどで買えるようなものもいる。
ただ、そんな奥にいるようなものだとあまりご飯ももらえないのか、やせ細り、何かの病気になっていてもおかしくない。
そして、そんな奥のところに体のいたるところに鞭で打たれたような跡のある犬の獣人がいた。
「……なんだよ」
マグナスが近づいていくと不機嫌そうに悪態をついてくる。
他の奴隷は買ってもらえるように精一杯のアピールをしてくるのにこの奴隷だけそんな様子はなかった。
ただ、それでいて全てを諦めた……目の光が失せているわけではなかった。
きっと何か希望があるのかもしれない。
「そうだ……、誰か買おうとしているのならアルティにしたらどうだ?」
そう言って少年が指さしてくるのは隣にいた獣人の少女だった。
明らかに具合が悪そうにしている。とてもおすすめできるような子じゃないのは目に見えて明らかなのに少年の目は真剣そのものだった。
小さな犬族の獣人……。
「んっ、犬?」
この少年も犬、隣の具合が悪そうな少女も犬……。
「おや、そちらの犬族の兄弟に興味がおありですか? ただ、そちらは兄は反抗的で妹のほうは病気……あまりおすすめはしませんが?」
奴隷商が横やりを入れてくる。
それを聞いて少年は小さく舌打ちをしていた。邪魔をされたと思ったのだろうか?
確かに病気と聞いてわざわざ買うような人はいないだろう。
しかも獣人とは言えまだ少女……戦ったり等もできなければ病気で余計な費用もかかる。まず買うような人はいないだろう。
もしかして、この少年は悪態をついて自分よりこの子を買わそうとしているのだろうか?
まぁ今日は買うつもりで来たわけじゃないが――。
「マグナス様……どうにかできませんか?」
リウが心配そうに聞いてくる。
ただ、買ったら買ったで面倒そうだ。しかし、そのままおいておくのも夢見が悪いか……。
マグナスはアルティと言われた少女のほうを見る。
うーん、少し魔力の流れがおかしいな。体に異常があると言うよりは魔法を使う魔力のほうに異常があるのかもしれない。
それならマグナスは専門だと思い、どの部分が悪いのかを調べる。
するとどうやら体内から体をおかしくする物が流されているように思えた。
まるで食べ物や飲み物に毒のような物が込められているみたいに……。
いや、考えすぎか。この子は奴隷商にとっては商品だ。
それを壊すようなことはするはずが――。
そこで再び考えを改める。
確かに商品を壊すわけがない。ただ、もう一人の犬の獣人である少年のほうを従順に従わせるためにアルティを弱らせる……。
それなら考えられるかもしれない。
ただ、今のマグナスにできること……それはアルティの体内にある不調の原因を取り除くことだけだった。
でも、余計なことをされていると思われると困る。
マグナスは気づかれないように軽く指をアルティに突きつける。
その瞬間にアルティの体の不調が取り除かれる。
ただ、体だけが治ってもすぐに元通り動けるわけではないのであまり見た目からはわからないだろう。
とりあえずここまですれば十分だろうと思い、マグナスは次に少年のほうを見る。
奴隷商がわざわざ無理やり従わせてでもさせたいこと……あれしかないよな?
つまり実行犯はこの少年なのだろう。
そして、この奴隷商は黒だな。
それなら時間をかけるのも面倒だ。
マグナスはさっと奴隷商の後ろに立つ。そして、手を突きつける。
「お客様? どうかされましたか?」
この期に及んで白々しく言ってくる。なのでマグナスは少し声色を落として言う。
「お前が素材を取れにくくしていたのか?」
「素材? 何のことでしょうか?」
「お前がこの少年を使ってばらまかせていた物だ」
「そんなことをして私に何の得があるのでしょうか?」
確かにこの人自身には得がないかもしれない。しかし、先ほどリウを見た反応を考えれば……。
「この地下にいる魔族……が関係してるんだろう?」
「なぜっ!?」
そこまで知られていると思わなかったのか、奴隷商は少し驚きの声をあげる。
しかし、まずいことを言ったとすぐに口を閉ざす。
「とりあえずそいつの場所まで案内してもらおうか」
マグナスが言うが奴隷商は動こうとはしない。
というより突然首元を押さえ、苦しみ出す。
そこでマグナスは慌てて奴隷商の首元を見るとそこには他の奴隷と同じように奴隷の首輪がつけられていた。
「えっ、このおじさん死んじゃったの?」
リウが心配する。ただ、奴隷商も死んだわけではなく、気を失っているだけのようだ。
「いや、大丈夫だ。それよりもこの先はリウにとっては辛い相手かもしれないけどいいのか?」
前の時は魔族がリウのことを目の敵にしていたようだが、今回は違う。
その上で一緒に来るかを聞いてみるがリウはすぐに頷く。
「うん、マグナス様がいるなら一緒に行くの」
次回は8日更新予定となります