二十五話 謎の獣人
「…………らっしゃい」
中に入ると厨房奥から不機嫌そうな男の声が聞こえてくる。
店内は……客は誰もいなくボロボロの木の机や椅子が寂しげに置かれていた。
空いている席に座ると表で客引きをしていた獣人の女性が水とメニューを持ってきてくれる。
「どうぞ……、こちらがメニューになります……」
早速メニューを眺める。
やはり港町というだけあって魚料理が豊富に書かれている。
それを楽しげに悩んでいるリウを横目にマグナスは獣人の女性に尋ねてみる。
「先程表で言われてたことだが?」
「やっぱり気になりますよね……」
女性が顔を伏せる。すると厨房から舌打ちのようなものが聞こえてくる。
「ふん、言いたい奴には言わせておけばいいんだ。俺たち獣人がこの辺りの素材を取れなくしてるなんて」
なるほどな。
つまり実際に素材を取れにくくしてるのは人族ではなさそうなんだな。
ここまで話が広がっているということはそれを見た人物がいる……もしくは誰かが嘘を言ったかのどちらかだろうな。
「その話、詳しく聞いてもいいですか?」
リウが料理を決めたので、マグナスも同じものを頼むと女性に今の話を聞いてみる。
「それが私たちもよくわからないんです。素材の採取地を荒らしているという獣人族を見た人がいるらしいのですけど、私たちが見たわけではありませんし、当然私がしたわけでもないですからね」
マグナスの想像が大体当たっていた。
そして、獣人族は獣人族の街を作っていることが多く、こう人間族の町にいることは珍しい。
つまり普通にシュガー草を採れるようにするにはこの獣人族をなんとかしないといけないのか……。
少し面倒そうに思えてマグナスはため息を吐く。
「あぁ、助かった。ありがとう」
女性にそう告げるとマグナスは出された食事をゆっくりと食べる。
◇
食事の後、マグナスたちは宿に戻ると長旅で疲れたのだろう、リウはベッドに倒れこむように寝てしまった。
それを確認した後にマグナスはシュガー草の生息地を調べに行く。
魔法で身体能力を強化し、かなり高速に動く。
馬車で一時間ほどかかるその場所もこの方法を使えば十分とかからない。
そして、現地にたどり着くと何か痕跡のようなものがないかを調べ始める。
ただ、荒らされただけでは説明できないような違和感を感じる。
「これは……魔力?」
地面に手を当てて詳細に調べる。
やはり、この土自体に魔力の痕跡がある……。
おそらくこれで素材が生えにくくなったりしていたのだろう。
故意に……誰かが……。
わざわざそれで手を煩わされたと思うと腹立たしく思えてしまう。
ただ、こうやって痕跡を残してくれているだけありがたい。あとはこれと同じ魔力を探るだけだ……。
一応シュガー草周りの魔力の痕跡は消しておく。
その上で同じ痕跡を探るとこの近くの町に同じ魔力の持ち主を発見する。
どういう理由でかはわからないが、この人物をどうにかしないことにはいたちごっこになるだろう。
そうなるとまたリウが悲しそうな顔を見せる。そう考えると……面倒だな。
マグナスは頭をかくと少し乾いた笑みを浮かべながら町の方へと戻っていった。
◇
「おい、ちゃんと素材を採取できないようにしてきたんだろうな!」
シーベルグの町にあるとある家の一室で首輪に繋がれた犬の獣人である少年を鞭で叩きながら怒声をあげる男がいた。
叩かれた少年は鋭い視線を男へと向ける。
「なんだ、歯向かってくるのか? 奴隷のくせに」
その言葉に少年は小さく項垂れる。
そして、自身の首についたそれを手で軽く撫でる。
奴隷の首輪は命令を無理やり聞かせるために主人が魔力を込めると痛みが走るようになっていた。
それも一度発動させると主人が止まるまで永遠に痛みを与え続ける。
もちろんそれは痛みによって気絶した後も永遠に……。
少年にその恐怖が蘇ってくる。
すると男はニヤリと笑みを浮かべる。
「またあの痛みを受けたくないだろう? なら早く報告しろ!」
「は、はいっ、ええっと……言われた通りに素材採取地には薬を撒いてきました。そして、人にわざと見られた後、捕まらないように逃げました」
少年からの報告を男は満足そうに頷いて聞く。
「あぁそれがわかったら良いんだ。あの薬さえ撒けば……それで……」
まるで何かに魅入られるように目を輝かせ、明日の方角を眺める男に少年は恐怖すら浮かぶ。
しかし、自分はこれのせいで逃げられない……。
一体この男は自分に何を撒かせたのだろう?
自分は何に加担してしまったのだろうか?
◇
宿に戻ってきたマグナスを待っていたのはギュッと枕を抱きしめながら頬を膨らませて彼のことを睨んでいたリウだった。
「……どこいっていたの?」
さすがにこの状態で嘘はつけないだろう。
マグナスはため息を吐きながら「少しだけ様子を見てきたんだ」と伝えた。
「次はリウも連れて行って……一人は嫌なの」
それだけ言ってくるとリウは再びベッドに戻り寝息を立てていた。
よく見ると彼女の目には涙が流れたような跡がある。日がある程度たったが、いまだに一人になると奴隷だったことを思い出すのかもしれないな。
彼女が完全に眠りにつくまでマグナスはそっと彼女の頭をなで続けていた。
次回5月2日更新予定です