十九話 VS魔族の男
どうやら魔族の男はマグナスたちのいる町へ向かってきてるようだった。
もういってる間にたどり着きそうなほどその距離は近い。
マグナスはジュースを飲みながら渋い顔を見せる。するとそのジュースを手渡したリウが心配そうにマグナスの顔を覗き込んでくる。
「あの……もしかしてジュースの中に何か入ってましたか?」
ジュースを持ったまま固まっていたので何か入っていたかもと思われたようだ。
「いや、大丈夫だ」
「それなら味が……?」
「そっちも大丈夫。うまいよ」
ただ、今のこの状態だとまた町襲われるよな?
ギルド長とかの依頼とかになって面倒なことになるのも困るか……。
「リウ、少し夜風に当たって来るからここで休んでいてくれ」
「それなら私も同行……」
リウがパッと椅子から立ち上がり、ついて来ようとする。ただ今回の件はリウがいない方が素早く動けるよな?
「いや、少し一人で風に当たりたいんだ。リウはここで待っていてくれ」
「わかりました?」
リウの同行を断ったのはこれが初めてだったため彼女は少し首を傾げていた。
「おや、そういうことなら私がいいお店を……」
ギルド長が何か言おうとした瞬間にミグリーに頭を叩かれていた。
「マグナスさんはそんなところにはいきません! ですよね?」
有無を言わさない彼女の表情にマグナスは訳もわからずにただ頷いていた。
◇
マグナスは一人街はずれまでやってきた。
大きな魔力が向かって来るのはドラゴンが近づいてきていた東門。
今日はドラゴン退治で門番の数も最低限はいるものの手薄だった。おそらくギルドみたいにパーティでもしているのだろう。
逆にそれがマグナスにとっても好都合であった。
門の護衛についているものも心ここにあらずといった感じで門を通る人間以外はほとんど見ていない様子だった。
門から少しだけ離れた、ちょうど姿が隠れる場所でマグナスはその魔力の持ち主が来るのを待つ。
するとやはりマグナスが思っていた人物がやってくる。
「やっぱりお前だったか」
マグナスの前に姿を現したのは魔族の男であった。
そして、今回は察知した結果分裂体でもなんでもなく、本体が来ているようだった。
いや、周りに隠れるように分裂体を配置しているのも感じる。
微妙に本体より魔力が小さくなっている。
その反応は目の前に分裂の魔法が使える魔族がいなかったら気にすらしていなかっただろう。
「それはこちらのセリフだ。私の気配に気付くだろう相手はお前だけだったからな」
それは単に気づいていても逃げられたりするからじゃないのか?
マグナスは少し首をかしげると魔族の男が憤慨する。
しかし、すぐに冷静になっていた。
「そうか……、すでにドラゴン相手に力を使ったから空元気を出してるんだな……」
不敵な笑みを浮かべてくる魔族。
ただ、ドラゴンは話し合いでことは済んだし、この魔族が言っているのは黒龍王の方のドラゴンではなく、おそらくあのトカゲの方だろう。
あの程度の相手ならほとんど力を使うことなく倒せてしまう。
いや、もしかするとトカゲで挑発させた上で黒龍王と戦わせようとしていたのかも。
それなら話のつじつまも合うわけだし、どちらもいなくなっている以上、自分と黒龍王が戦ったとみてもおかしくない。
そうだな、あれほどの力の持ち主と戦ったならまず力を消費するか……。
マグナスは納得して頷く。
「あぁ、あれは面倒な相手だった……」
戦うことにならなくて本当に良かった。
そうなるとかなり力を使うことになっていたからな。しかし、魔族はその言葉を聞き、嬉しそうに微笑んでいた。
「そうかそうか、それなら大人しく死んどけ!」
突然襲いかかってくる魔族。
周りに隠れていた分裂体もそれと同時に襲いかかってくる。
おそらく、ドラゴンと戦ったことが確認できたから襲いかかってきたのだろうが、あまりにその動きが単調過ぎた。
以前分裂体と戦った時みたいに鋭い爪を使って引っ掻いてくるだけ……。
数は増えているが、その行動は変わらない。
対処の仕方としては……全員飛ばせばいいか。
そう考えると近づいてくる魔族たちへ向けて魔法を放つ。
それなりの範囲を攻撃できる風の……竜巻の魔法。
それを受けた魔族たちは空中へ放り投げられた。
ただそれは一瞬のことで魔族は何があったか理解できなかった。
「へっ?」
呆けた声を上げるとそのまま空中から落ちてきて地面に叩きつけられる。
分裂体はそれで力尽きて、姿を消していったが魔族本人はまだ息があるようだった。
「おのれ……、一体何を……?」
息も絶え絶えになりながらなんとか顔を上げてマグナスを睨んでくる。
「何をって風の初級魔法だぞ?」
マグナスはもう興味なさげに魔族に背を向けて町の方へと帰っていく。
「ま、待て……。俺はまだ……」
マグナスを睨みつけていた魔族の男だが、結局そのまま力つき、倒れてしまった。
そんな彼をマグナスは確認することなく、小さなあくびをしながら町の方へと歩いていった。
「はぁ……、誰も気づかなかっただろうな……」
頭を小さく掻きながらマグナスはまた面倒ごとに巻き込まれたと苦虫を噛み潰していた。