第一話 町へ
次にマグナスが目を覚ますと空高くまでそびえ立つ城壁が目に留まった。
少し古い石造りの壁……それはマグナスが転移する前から変わらずにあるものだ。
記憶にあるものと比べると少し古びているのはやはり年数が経過したのが原因だろうな。
そして、以前はこの町には中央の城のような建物に領主が住んでいた。
領主がいる町……と考えるとマグナスは少し渋い顔をする。
「あっ、お目覚めになられましたか? もうすぐマルティンの町へ着きますよ」
少女が嬉しそうな笑みを見せる。
盗賊から助けて以来、なぜかマグナスのそばを離れようとしなかった彼女。
マグナスの顔を見ては少し照れたように頬を染めていた。
しかし、先ほどまで高いびきで眠りについていた当のマグナスはそれに気づくことはなかった。
「マルティンか……」
以前と変わらないその名前にマグナスは少し苦笑を浮かべる。
自分に大量の依頼を押し付けてくるとしたらまず貴族や領主といった人物なので、そういった人物は警戒してもしすぎではないだろうな。
「まぁ、気にしすぎて意識を張り詰めるのも疲れるよな? 適当に過ごして、飽きたら町を出るか……」
この町での動きを考えると眠気覚ましにそばに転がっていた果物を食べ始める。
◇
門の前までくるとそこには長い列が出来ていた。
どうやら犯罪者がいないかを調べているようだったが、その調べ方が随分と原始的なものだった。
身分を証明するものを見せて、そこから犯罪履歴がないかを調べていく……。
何もそんなことしなくても門の魔道具を使えばその人が犯罪者かなんて簡単に調べられるのに……。
もしかすると魔道具の調子が悪いのだろうか?
手をかざし、魔道具が正常に動いているかを調べる。しかし壊れてはいなかった。
どうやら魔道具の故障ではないようだ。まぁもし壊れていても元はマグナスが作ったものなので直すこともできる。
そして、動いていない原因だが、どうも魔力切れを起こしている様子だった。魔道具は魔法で動いているものなので定期的に魔力を注がなければいけない。それを怠ったのだろう。
ちゃんと整備していればそんなことは起こるはずがないのに、ここの貴族たちは整備をサボっていたようだ。原因だけ調べ終えるとマグナスは再び馬車に戻り、町へ入る順番が来るのを待ち始める。
◇
しかし、一人一人調べているせいでなかなか前へ進まない。
目の前に町があるのにここで待っているだけ……。
のんびりするのはいいのだけれど、こうやってたくさんの人の中を並んで待っているのは落ち着かないのであまりいい気がしない。
これは元々マグナスが人と会うときは依頼を受ける時か実際に依頼を行うときのどちらかだったから……というのも原因だろう。
流石にこの状態が続くのは辛い。これならさっさと町に入ってしまう方がマシかもしれない。
そのためには魔道具に魔力を込めれば……。流石にあれの使い方はわかるよな?
使い方を知らないならどうすることもできないが、とりあえず試しに誰にも気づかれないように馬車の中から魔道具に魔力を注いでみる。
完全に枯渇していたからか、勢いよく魔力を吸収していく。
まぁ自分が問題なく通れるくらいで良いよな?
完全に魔力を込めずに魔道具に込められる一割ほどの魔力で押さえておく。そして、起動まで行っておく。
すると門の中央についた宝石が光り輝き出す。
それを見た門番たちが慌てふためく。二人の門番がいたが、一人は町へと駆け出していった。
そしてもう一人は一旦門の警備に戻っていた。
しかし、警備に戻ったはいいものの少し挙動が不自然だった。まるで高価な宝石でも守っているようにも見える。完全に扉に埋め込まれ、盗めるような代物ではないんだけどな。
しばらくすると町の中央から門番の一人とモノクルをかけた学者風の男が慌てて走って来た。
そして、じっくり門を調べて一言告げる。
「これはたしかに魔道具が蘇っていますね」
それを聞いた俺以外の人たちから歓声が上がる。
「すげー! 魔道具ってあれだろ? 伝説級のアーティファクトで次第に使えなくなっていったってやつだろ?」
「今の技術じゃどうやっても解析できない……大昔の天才が作り出したと言われてるな。ただ、アーティファクトも永遠に動くわけじゃないらしく、今の使えるものは数少ないらしい」
「つまりこれがその少ないうちの一つなのか?」
周囲からざわつきが収まらない。それほどの大事だったのだろうか?
こんな簡単に作れるもの……どこの町にも置いてるのに……。
ここで自分が起動させたとか言ったら余計な騒動になりそうだ。
……よし、何もしなかったことにしよう。
マグナスは目を閉じて眠っているふりをする。
すると助けた少女がマグナスのことを揺すってくる。
「マグナスさん、マグナスさん、起きてください! なんかすごいことが起きてますよ!」
そこで初めて起こされた風に装う。大きく伸びをし、あくびを軽く一回すると少女に尋ねる。
「一体何が起きたんだ?」
「私もよくわからないんですけど、なんかすごいことです!」
どうやら少女は周囲に影響を受けてはしゃいでいるだけのようだった。
しかし、そのタイミングで学者の男が大声を上げてきた。
「この魔道具の効果が判明した! これは一瞬で犯罪者を判明する道具のようだ。この門をくぐると犯罪者の場合は色が赤くなるという代物だ!」
その学者の声を聞き、さらに周囲から歓声が上がる。
「すげー! それを使えばわざわざ犯罪者を調べなくていいんじゃないのか?」
その声を聞き、マグナスは心の中で少しにやけていた。
いいぞ、もっと言ってやれ。これで待たずに町の中に入ることができる。
しかし、学者の言葉はマグナスの意に反するものであった。
「少しこの魔道具を調べる。流石に本当に犯罪者が通ると赤く光るのか……それを見てみないことにはわからないからな。調べている間は普通に身分確認をしておいてくれ」
それを聞いた門番たちは学者に敬礼をして、仕事に戻っていった。
どうやらあの学者は身分の高い人物なのだろう。
ただ、これで町に入るのが遅くなったと思うと少しため息が出た。
◇
ゆっくりと並んで、行列が進むのを待つ。
せっかく犯罪を調べられる魔道具があるのにそれを横目に帳簿から犯罪歴を調べる門番たち。
何をしているんだろうと呆れ顔にもなる。
ただ、それでもゆっくりと、ゆっくりと列は前に進んでいき、ようやくあと三組でマグナスたちの番になる……というその時、門番の人が通した二人組の男たちが門を潜ろうとすると魔道具が赤く光る。
「えっ!?」
それに驚く学者や門番たち……。
ただ、門番は自分がしっかり調べたことを主張し、それに男たちも同調する。
でも、あの魔道具を誤魔化すことはできないはず。
マグナスは目を凝らして、男組二人を調べてみる。
といっても普通に見るだけではなく、魔力を使い魔道具が調べ出した犯罪歴を事細かに覗くことにした。
これもあの魔道具の力の一つで、赤く輝いている時に魔力を流すとそのものが犯した犯罪を調べることができるというものだ。
この魔道具のこともわざわざ調べないとわからない人には使い方もわからないだろうけど……。
苦笑をしつつ、魔力を更に流していく。
本来なら魔道具に手を当てて流した方が損失なく流せるのだが、そんなことをしては自分が魔道具のことを知っているとバレてしまい、またあの忙殺の日々に逆戻りするだろう。
自分がすることは遠巻きに目立たない程度のフォローをするだけだ。
犯罪を犯した人が町の中を歩き回っているとのんびりなんてできないし、是が非でも捕まえてもらわないとね。
マグナスは遠隔で魔力を流すと、男たち二人の犯罪が脳裏に浮かんでくる。
どうやらあの二人はバダスという盗賊の仲間で盗みなどを行なっているようだ。
バダス……どこかで聞いたような聞いてないような……。
少し首をかしげるが思い出せないところを見ると大した相手ではないのだろう。
ただ犯罪がわかったので、門番に近づいてそっと呟く。
「スリとかの犯罪歴は調べましたか?」
突然声がして驚いたのか、門番の人は腰の剣に手をかけながらマグナスの方に振り向いてくる。
ただ、見た先にいたのが少年だとわかるとその手を離していた。
「なんだ、子供か……。ほらっ、あっちいって順番並んでな!」
手を振って元いた場所に戻されそうになる。しかし、学者の人が顎に手を当てて言ってくる。
「いや、その子の言うとおりかもしれん。もしこの魔道具が帳簿では調べられないような細かな犯罪履歴も調べられるのなら……。よし、物は試しだ。軽犯罪が書かれた帳簿ももってこい!」
学者がそう告げると男たちは少し青ざめた顔をしていた。これで決まりだろうな。
そして、魔道具の信ぴょう性が得られたことで門の出入りも楽になるだろうし待った甲斐があったな。
マグナスは安心して小さく笑みを浮かべると馬車へ戻ろうとする。
門番の一人は軽犯罪の帳簿を取りに門の脇にある小部屋へと入っていった。
この場にいるのは学者と男たち、あとは門番が一人……。
すると突然男たちは門番を押し倒し、学者に短剣を突きつける。
「黙って通しやがれ! 俺たちはこの町に買い出しに来ただけだ! 何も言わずに通せば俺たちも何もしない!」
短剣を突きつけながら何言ってるんだろうとマグナスは呆れにも似た溜息を吐いた。そんなことをせずに町の中へと逃げていけばわからなくなるのに……。
学者は顔を青ざめてわなわなと震えている。
その首元にはあまり鋭そうには見えない鈍い色をした鉄の短剣が突きつけられ、ほんの少しだが血が流れているのも見える。おそらく押し付けた時に傷ついたのだろう。
ただ、ここに陣取られたら町に入るのが更に遅くなる……。
この場を最小限の力で……なるべく目立たないように抜けるには……。
やはりこういった時に使い勝手のいいのは目に見えない風の魔法だ。
マグナスは短剣を突きつけてる男に向かって、突風の魔法を使う。
ただし、その対象は男だけ……。一点に集中された風はまるで爆発のような威力を発揮し、男は訳もわからずに突然突風によって飛ばされる。
そして、そのまま門壁へとぶつかり気を失っていた。
あまりに突然の出来事でもう一人の男はただ困惑をしていた。
すると、一瞬の隙を突かれ、倒されていた門番が起き上がり、男を捕まえて事態は収束した。
◇
これで魔道具の力も判明して、男達も捕まえることができた。ようやく町には入れる。
マグナスは少し安堵の息を吐いていた。
しかし、そんな彼を学者の男が興味深げに眺めていた。
そして、誰にも聞こえないように呟く。
「今の魔法……どう考えても威力がおかしい……。それを使ったのは……やっぱりさっきの少年だろうか? となるとこの魔道具を起動させたのもさっきの少年か? もしそうなら彼には褒賞を与えてなんとかこの町のお抱え魔法使いになってもらえないかの交渉をしないといけないな。彼さえいればこの町はさらに発展するだろうし……」
一体今の少年は何で雇われてくれるのか……それを真剣に考え始める学者。
当の本人がただの休暇を求めているなんてつゆ知らず、今出せる金の金額や与えられる位はあるのか……とかを考えていた。
そして、そんな彼の思惑も知らずにマグナスはようやく町の中へ入ることができた。