十七話 帰還
ドラゴンの牙を一本もらい、もう少し人里離れた山に行ってもらうことを条件にドラゴンは見逃した。
結構無理を言ったつもりだったのだが、牙はすぐに生えてくる。それより握手をしてくれと爪を差しだしてきたのでマグナスはその大きな爪を軽く触ってあげた。
それだけで感嘆の笑みを浮かべ、喜んで飛び去っていった。
流石に黒龍王が相手となると面倒だったし、簡単に去ってくれてよかった。
マグナスはホッとしながらリアの横顔を見る。
彼女はいまだに信じられない様子で飛び去ったドラゴンを眺めていた。
「マグナスさん……、あのドラゴンさんとお知り合いなのですか?」
「直接の面識はないな……」
別のドラゴンなら実際に戦ったこともあるが、あのドラゴンは見たことがない。
言っていることは間違いではないだろう。
しかし、リウは信じられない顔を見せていた。
「知らないドラゴンさんから握手を求められたんですね。すごいです……」
リウは目を輝かせてマグナスを見てくる。
◇
「それにしてもこんな大きな牙、どうやって運ぶのですか?」
自分の体ほどある牙を叩きながらリウが不思議そうに聞いてくる。
たしかにこのまま持って帰るのも面倒だ。マグナスは何かいい方法はないかと考えてある方法を思いつく。
マグナスは以前遺跡で契約した子猫をこの場に呼び出す。
「にゃにゃっ!?」
突然呼び出された大きな子猫は驚き、周囲を見渡していた。
そして、マグナスの顔を見て全てを理解する。
「えっ、この魔物は?」
子猫を呼び出すと困惑したようにリウが一歩下がる。
もう、説明が面倒なのでマグナスは怯える彼女を横目に子猫に牙を運ぶように指示しておいた。
◇
町の近くまで運んでもらった後に子猫を帰還させ、マグナスたちは町へと戻っていく。
流石にこの牙を普通に運ぶことはできないので風の魔法を使い、浮かせながら運ぶ。
するとどういうわけか町の人が奇怪な目で見てくる。
ただ、この魔法は難しいものではなく、たまに使っている人も見かけたので問題はないはずだ。
首を傾げながらまずはこの邪魔な牙を冒険者ギルドへと運ぶ。
そして、ギルドの扉を開けるともうドラゴンが去って行ったことを知ったのか、パーティの準備が行われていた。
「あっ、マグナスさん! ちょうどよか……」
ミグリーがマグナスに声をかけようとしたそのときに、彼のそばに浮かんでいる大きな牙を見て口をぽっかりと開ける。
「えっと……その……、マグナスさん、それは?」
「あっ、これか? ドラゴンの牙だが?」
まぁ初めて見るのなら仕方ないことかもしれないなとマグナスは少し苦笑を浮かべる。
しかし、ミグリーが言いたいことはそういうことではなかった。
「でも、ドラゴンって真っ黒に焦げていてろくに使える部位なんてなかったって……えっ?」
あれっ?
ここでようやくマグナスは自分がしたミスに気がついた。
どうやら自分が倒さないといけないと思ったドラゴンと町を危機にしたドラゴンは別のものだったようだ。
たしかに黒龍王は襲ってくる気配がなかった。
ということは別のドラゴンが襲ってきていた……ということになるが、ドラゴンらしい魔力の気配は感じなかったがあまり強くなかったドラゴンなのだろうか?
不思議そうな顔を浮かべているマグナス。
すると奥からギルド長が出てくる。
「マグナス殿、今回は本当に助かったよ……ってそれは!?」
ギルド長もマグナスが持つ牙を見て口を開けて驚いていた。
しまったな……これは面倒ごとになるしかくしておいた方が良いかも……。
マグナスは少し口を歪ませる。
しかし、その様子に気づくことなくギルド長はマグナスに何度も頭を下げていた。
「今回は本当に命がないと思ったよ……。君のおかげで本当に助かった。ありがとう」
ここまでお礼を言われるとさすがに照れてくるが、それより自分がドラゴンを倒したことになっているのが気になる。
確かに黒龍王はあの山脈から追い払った。
でも倒したわけではない。んっ? 黒焦げ……?
マグナスは何か思い出しそうな気がした。
自分が倒した相手で黒焦げ……。
「あっ……」
ドラゴンが現れてから自分が黒焦げにした相手……一体だけいたことを思い出した。
でもあれはドラゴンじゃない……はず。それにそこまで強い相手でも……。
困惑するマグナス。
とりあえず考えているだけじゃ埒があかないので実際に見せてもらうことにした。
「そのドラゴンって見せてもらえないか?」
するとギルド長が嬉しそうに頷く。
「あぁ、そういうと思ってね。この奥の部屋に運ばせているんだ」
ギルド長がゆっくりと扉を開く。
するとその奥にまるで飾られるように置かれていたトカゲの姿が目に入る。
これをドラゴンと呼んでいるのか……。
マグナスは思わず額に手を当てたくなる。
「いや、ちょっと待て! でも今回のドラゴンはSランク相当の魔物だったと聞いたぞ?」
「あぁ、こんなドラゴンを相手にするんだ。Sランク以外につけられるはずないだろう?」
何をおかしなこと言っているんだと言いたげなギルド長。
そうか、そんなに人の力が落ちたんだな……。
魔物の能力はほとんど変わらないことから弱くなっているのが人間の方だと理解する。
それと同時に自分が運んできた牙がとんでもないものじゃないのかと一抹の不安を隠しきれなかった。
次回『十八話 黒龍王の牙』は4月11日か12日のどちらかで更新します。時間は18時です。




