十四話 領主邸
子猫と契約をし終えたマグナスたちは遺跡から脱出した。
遺跡内を捜索していたわけだからその体はホコリと砂でまみれてた。
「すっかり汚れてしまったな。そうだ、このまま返してしまうのは気が引ける。せっかくだ、うちの風呂に入っていくといい」
リズドガンドが提案してくれる。
ただ、彼の家と言うことは領主の家……ということになるので少しためらってしまう。
しかし、今の自分の格好を見たら最低でも水浴びはしたいと思えてしまう。
まぁ風呂に入るくらいなら問題ないか……。
「あぁ、せっかくだから入らせてもらおうかな」
◇
領主の家に入るのは二度目であった。
ただ、以前自分が入ったのはまだこの家が出来たばかりの頃、別貴族に誘われてこの家にやって来たのが初めてであった。
その頃はまだ自分も周りより少し強いくらいの魔法使いだった。
あの頃は特に依頼と聞くとなんでも引き受けてたなぁ……。
領主の家に入るとマグナスは感慨深く苦笑いをしてしまう。
とりあえず今は風呂を借りるだけだからと自分に言い聞かせて、リズドガンドの後に続いて歩いていく。
「ここがそうだよ」
リズドガンドが案内してくれた先にはしっかりと男湯と女湯に分かれていた脱衣室があった。
「これはわざわざご先祖が分けて作ったと言われてるけど、わざわざ分ける理由なんて考えつかないよな」
リズドガンドが不満を告げる。
確か当時の領主は――。
「例えば、側室とかをたくさん侍らせてたとか?」
見た目に反してかなりの女性好きだったはず。
それでたくさんの女性がともに過ごすからわざわざ作らせたんだと自慢げに説明された気がする。
もちろん、そんなに女性を侍らせてるところなんて見たことないが。
当人が言っていたことをそのまま話したのだが、リズドガンドは笑い声をあげる。
「はははっ、まさか君の方から冗談を聞くとは思わなかったよ。そんなに女性を侍らせてるほどの器量がうちの家系にあるわけないだろう」
それは笑っていいことなのだろうか?
少し疑問に思うが、そこは気にせずに男湯へ入っていく。
リウも含めた三人が……。
「リウはあっちだ!」
マグナスは女湯の方を指差す。
しかし、リウは首を横に振る。
「私はマグナス様と一緒がいい……」
「ダメだ!」
ここははっきりという場面だろうとマグナスは強めに言う。
するとリズドガンドが煽ってくる。
「いいじゃないか……、あっ、私が邪魔者になるね。少し席を外そうか?」
マグナスをからかえるのなんて何回あるかわからないとリズドガンドは背を向けるそぶりを見せる。
しかし、マグナスは何も聞かなかった風を装ってリウを女湯の方へと押し込んでいく。
◇
渋々リウが女湯へといってくれた後、マグナスは男湯へ入っていった。
服を脱ぎ、タオルを持つと浴室へ入る。
その扉を開けた途端に開いた口が塞がらなかった。
さすがにこう来るとはマグナスも想像をしていなかった。
目の前にはかなり大きな浴槽……二十人入ってもまだ余裕があるのではないかというサイズのものがあった。
しかもそれ一つではなく、それが複数……。
そして、マグナスの目の前にはタオルで大事な部分だけは隠したリウの姿があった。
「マグナス様! まさかリウのお願いを聞き入れて――」
リウが何か言っているが、それはマグナスの耳には入らず、今の状況を整理することに意識を向けていた。
まずここはかなり広い浴室。おかしなものはないかと周りを見渡す。まず自分らが入って来た扉。換気用の窓。そして、なぜかもう一つ扉があった。
それが全ての原因か!
マグナスは急いでその謎の扉を開けに向かう。
するとそこには先程マグナスたちが通って来たところと似通った脱衣室があった。
「ねっ、不思議でしょ? せめて浴室も分けるなら私も理解できるんだが、脱衣室だけ分ける理由がわからない」
リズドガンドの呟きに思わずマグナスも同意してしまう。
まぁもう浴室に入っている以上、出て行けとも言えないのでマグナスは極力リウの方を見ないようにしながら浴槽へ入る。
程よい暖かさの湯が疲れた体を癒すとともに全てを忘れさせてくれるような心地よい気持ちに襲われる。
なるほど……これは誘いに乗ってよかったと思わされるな。この後少し嫌なことがあるかもしれないけど――。
とりあえず未来のことなんて考えないようにしながらマグナスは肩まで湯につけて気持ちを落ち着かせていた。
◇
どうして幸せな時間はすぐに終わってしまうのだろう……。
風呂から上がったマグナスは思わず溜息を吐く。
その理由はリズドガンドが唐突に告げた一言であった。
「せっかくだから夕飯も食べていかないか?」
面倒だと思いつつも好意から言ってくれてることはどうにも断りにくい。
仕方なく食べたらすぐに帰るということだけ伝えて夕食をもらうことにした。
しかし、ここは領主の家なわけだから当然のことながら領主が同じテーブルを囲むことは何も不思議なことではない。
その結果、マグナスの向かいにはにっこり微笑んだ領主が座っていた。
それを見て気持ちがすっかり落ち込むマグナス。
「よくきてくれた、マグナス殿。まぁ何もないところだけどゆっくりしてくれたまえ」
満足そうに微笑みながら告げてくる。それをみてマグナスは目に見えるほど大きくため息をつく。
「食事だけいただいたらすぐに帰らせてもらいますから」
「えぇ、えぇ、もちろんでございます」
明らかにごますりしてくる。
これは逆に先に話を聞く方が楽か?
いや、余計なことはせずに食べるもの食べたらさっさと帰ろう。
そう決め込むとマグナスは食事が出てくるまで一人で喋る領主に適当に相槌を打っていた。
◇
話を聞くのもうんざりとしてきたタイミングでようやく食事が運ばれてくる。
「すごく綺麗……」
思わずリウが呟いてしまうほど見た目にも気を使ってある料理……。
鮮やかな色のそれは普段の食事ではまず見ることのない高級な料理であった。
こういったものが出てくるということは当然のことながら何かの依頼があるのだろう。
「どうぞ、ごゆっくり召し上がってください」
目の前の領主はにっこりと微笑んでいる。
それが不気味で仕方なかった。
そちらに気を取られながら食べる料理はほとんど味がせず、これなら宿でいつもの食事を取る方がマシではないかと思わされる。
ただ、初めての経験であったリウはとても美味しそうに食べていたのでそこだけは良かったかなと思えた。
そして、二人とも食べ終わり、領主に何か言わせる前に席を立とうとしたそのタイミングで慌てた様子の兵士が部屋へと入ってきた。
「何事だ!? 今日は大事な客をもてなすゆえ入ってくるなとあれほど……」
領主は入ってきた兵士に向けて怒声を浴びせる。しかし、兵士はそれどころじゃなく、息を荒げながら声を発した。
「申し訳ありません、ですが一大事です!」
「……何があった?」
「はっ、この町にドラゴンが……ドラゴンが向かっております!」
その言葉を聞き、領主は一瞬思考が止まる。
ただ、マグナスは自分に関係のない話だと部屋を出ようとする。
「では俺たちは帰らせて……」
「ま、ま、待ってくれマグナス殿。き、貴殿の力をお借りしたい……」
マグナスの帰りを妨げながら我に返った領主であった。
次話『十五話 ドラゴン(前編)』は明日4月8日の18時更新予定となります。