十一話 領主
夕方になり、マグナスとリウはギルドへと向かう。
ただ、普段通り面倒臭そうなマグナスとは裏腹にリウはガチガチに緊張して両手足が同時に出ていた。
「ま、マグナス様ぁ……」
「大丈夫だ、普段通りでいい」
泣きそうになっているリウにマグナスはやれやれと頭を掻きながら声をかける。
パーティと聞いて行きたがったのはリウなのにな。
まぁ行きたいというのも好奇心から来ていたもので、実際に行くとなったら怖くなってきた……ということなのだろう。
どうせ冒険者のパーティだ。酒と料理が大量に出てそれを食いながら勝手に騒いでいるようなものだ。
これが王宮のパーティとかだと服装の指定もある上に、堅苦しいろくに料理の味もわからないものだから緊張するのもわかるんだけどな。
ただ、マグナスのその考えが甘かったことは冒険者ギルドにたどり着いて思い知らされた。
「マグナス殿、よく来てくださった。どうぞこちらへ」
冒険者ギルドに入った途端に正装したギルド長に出迎えられる。
正装といってもボロボロの服から小綺麗な服に変わっただけでつけられていたネクタイは以前のものと変わらないが。
「あ、あぁ、ただ俺が想像していたものと何だか違うのだが……」
「まぁ君は特別だよ。こっちに席を用意してるから来てくれ」
マグナスたちはギルド長に連れられて、奥に特別用意されたテーブルへ案内される。
それは周りに置かれたテーブルとは明らかにモノが違う……高級そうなテーブルがそこに置かれていた。
ただ、そこに向かう途中に見えた他の冒険者たちの様子はマグナスが見たことのある宴会そのものなので少しだけ安心していた。
大きなコップに酒が注がれ、テーブルに置かれた安く大きな肉をむさぼりながら、酒で喉を潤す。
そして、大きな笑い声をあげる。
とても楽しそうな雰囲気で見ていてマグナスも楽しくなってくる。と同時に自分はそこに加わらないのかと少しだけ苦笑もしていた。
「さぁ、ここでゆっくりくつろいでくれたまえ。少し騒がしくて申し訳ないがね」
マグナスたちが席に着くとギルド長がその向かいに座る。
テーブルの上には冒険者たちが食べていたものとは明らかに違う高級そうな料理……。
それを見てマグナスは少し嫌な気がした。
「まさか俺に何かさせようとしてるのか?」
こういう食事を出された時もいつも無理難題を押し付けられる時だったからだ。
しかし、ギルド長はすぐに首を横に振った。
「いやいや、違うぞ。これは緊急依頼をこなしてくれた君たちへの私からの感謝の気持ちだよ。こういう形でしか君は受け取ってくれないかと思ってね」
この言葉も何度か聞いたことがある。
大抵は次の仕事へと繋げようと媚びへつらっているのだろう。しかし、この場で何か頼まれるということもないのでひとまず安心する。
目の前の料理をみて固まっているリウ。
あまりに豪華な料理、本当に自分が食べていいのか迷っているのだろう。
マグナスは仕方なくリウに言葉をかけてあげる。
「これは好きなだけ食べていいからな。遠慮なんてするなよ?」
「は、はいっ!」
満面の笑みで頷くと早速近くに置かれていた料理から手にかけ始めた。
そんなリウを横目にマグナスは周囲の冒険者に聞き耳をたてる。
「がっはっはっ、今日はランクEのウルフを倒してやったぜ!」
「ウルフだと!? それはすごいな」
弱い魔物を倒したくらいで驚き過ぎな気もする……。
そんなことを思いながらマグナスも料理に手をつけ始めた。
◇
ちょうど料理を食べ終わった後に少し小太りでどこか見覚えのある男がマグナスに近づいてくる。
「隣、いいかな?」
「あぁ、遠慮なく座ってくれ」
何気なく答えた、その回答。
ただ、男が座った途端にマグナスは後悔した。
こいつは……領主か。
あまりに見覚えのあるその姿、昔見た姿と全く変わらない。
子孫のはずなのにここまで似るとはな。
思わず苦笑を浮かべていた。
「それで何か用か?」
「あぁ、君にはお礼を言っておこうと思ってね。この町を救ってもらってありがとう」
「いや、大したことはしてない。お礼を言われるようなこともな」
素直に言葉を受け取ると後に続く言葉は決まっている。そうなる前にマグナスは自分から話を切ろうとしていた。
しかし、領主はそんなマグナスの行為に気づくことなく話を続けてきた。
「いやいや、ご謙遜を。私どもも兵を派遣しようと編成していたタイミングだったのですけど、その素早い動きに感服いたしました」
この空気を読まない感じが昔の領主を思い出す。となるとこの後に続く言葉は……。
「是非とも私どもの護衛――」
「リウ、もう十分食べたな?そろそろ帰るか」
リウに確認を取るとマグナスは席を立ち、慌てて宿へ戻っていった。
◇
「逃げられてしまったか」
領主は帰っていくマグナスを見ながら小さく呟く。
それを見ていたギルド長は呆れ顔になりながら言う。
「彼はそう簡単になびいてくれませんよ」
「そうみたいだな。ただ、それなりのものを準備しておけばいくら彼と言えど……」
不敵な笑みを浮かべる領主にギルド長はやれやれと首を横に振る。
金なんかで彼が振り向いてくれるならとっくに冒険者ギルドに入ってくれるはずだ。
そうじゃないということはものとかでつれる人じゃないというわけだ。
しかし、ギルド長自身もマグナスにギルドへ所属してもらいたいわけだから、そのことを領主に教えようとしなかった。
◇
まだみんなが騒いでいた中、マグナスがすぐにギルドから出てきたのが不思議でリウは帰宅途中に尋ねてしまう。
「もう帰ってしまってよかったの?」
もしかして、自分の存在が邪魔で帰らざるを得なくなったのなら悪いことをしたなと思ったのだが、マグナスはリウの頭を撫でながら微笑んでくる。
「あぁ、ちょうど帰りたいと思っていたところだ」
リウを安心させるように優しい言葉で言ってくる。
ただ、すぐに難しい顔に戻ってしまう。
領主と話していたわけだから自分にはとても聞かせられない内容だと思って切り上げたのだろうか?
少し心配していたリウだが、マグナスは全く別のことを考えていた。
あんな場に領主が出てくるということは近々面倒ごとを持ってきそうだな。
もうこの町に長居すべきではないかもしれないか。
簡単な依頼を一度や二度くらいならいいが、その程度で済むわけないもんな。
となるとこの町から移動することも考えるか。
そのためには無理やり自分が呼ばれそうな出来事は前もって片付けておかないといけないな。
そう考えながらマグナスはリウのことを見る。
彼女と同じ魔族であるあの男……。分裂魔法まで使うとなれば自分が対処するしかないよな?
どう見ても人間を襲う気でいるわけだし。
リウみたいな魔族ならマグナスは手を出すことはなかった。ただ、相手が襲ってくるなら話は別だ。
一応その魔族の居場所は魔力察知で追っている。
分裂体と同じ魔力気配を出すなんてマグナスから言わせると迂闊としか言いようがないのだが、爪でしか攻撃してこなかったところを見ると分裂魔法以外能がない魔族なのだろう。
今魔族は少し離れた山の中にいるようだった。
そして、その側にはドラゴン……いや、とかげか。
ドラゴンと呼ぶにはあまりにその能力が低すぎる。だからこそ大きめのとかげが一番近いだろう。
どちらにしてもあまり脅威となる魔物ではなさそうだ。
そんなところまで行って何してるのかが気になるところだが、あまり気にしても仕方ないだろう。
何か行動を起こしてきたときに反応できるようにだけしないとな。
また面倒ごとが増えるなと溜息を吐きながらマグナスたちは宿へと戻って行った。