プロローグ
世界最強の大賢者であるマグナスは既存のどんな魔法でも使え、様々な魔道具を作れると言われていた。
そんな彼にしかできないという仕事も多々あり、常にたくさんの依頼が舞い込んでくる。
それを昼夜問わずに十年間続けていたマグナスだが、その心身は疲れ果てていた。
「もう嫌だ! こんな忙しい生活続けたくない!」
初めはみんなに頼られていていい気分だったのだが、そんな状態は長く続かず疲れだけが溜まっていった。
当然ながらマグナスの手元にはかなりの大金が舞い込んできている。それこそ小さな国であれば一国は買えるほどに今のマグナスは金に困っていなかった。
しかし、それを使う暇がなければ金なんてただの石だ。
それよりも休みが欲しい!!
疲れのあまりマグナスは目の前の机に突っ伏す。とその衝撃によって机に積まれていた依頼者の山が崩れ落ち、床に散らばる。
だが、それを気にする余裕は今のマグナスにはなかった。
「次の休みは……これ以上依頼が来なければ三年後か。どう考えても俺一人でできる量じゃないだろ……」
次第に重くなる瞼。
しかし、ここで寝てしまっては次の依頼に出遅れてしまう。でも休みたい……。
そんな誘惑に抗えずにそのまま机へ突っ伏して、意識が薄れていった――。
◇
次にマグナスが目にしたのは辺り一面に草花が咲いていた草原であった。一部は人や馬車がよく通るのか土が見えている部分もあるが、整備されている様子がないその地形を見て、マグナスは少し困惑する。
まるで夢のようなのどかな世界……。もしかするとここは夢の世界だろうか?
自分の頬を軽くつまむ。すると痛みが頬を襲っていた。
「どうやら夢ではない……ようだな」
賢者と呼ばれていたほどでもあり、変わった出来事は多々経験していたマグナス。一瞬動揺したもののすぐに落ち着くことができた。
冷静に考えるとある一つの可能性が思い浮かんでくる。
「違う世界へ転移したのか? いや、それにしては見覚えのある世界……のように見える」
依頼で全世界を飛び回ることが多かった彼は大抵の場所は見たことがあった。
この場所にも見覚えはあるもののどうにも違和感がある。
魔法を使い、周囲を調べてみる。
すると自分がいた世界ではありえないほどの魔物の気配を察知する。
もしかして過去にきたのだろうか?
まずその可能性を疑う。しかし、それを否定するものも見つかる。
近くの町にある魔道具……それはどう見ても――。
「これは俺が作った魔道具……。ということはここは未来なのか?」
自分の魔道具がある以上それ以外の可能性は考えられなかった。そして、自分がいた世界では考えられないほどの魔物の量……それを考えると最低百年、いやそれ以上の時間が経過してるかもしれない。
ただ、それならもう自分のことを覚えている人はいないだろう。
「よし、この世界ならゆったりと過ごせそうだ!」
あの慌ただしかった生活から解放されたかと思うと思わずガッツポーズをしてしまう。
そのときに自身の手に違和感を感じた。
なんだか以前より小さくなっている気がする……。
その違和感の正体を探るために自分の体を見る。
着ている服は転移前に自分が着ていた黒いフード付きのローブだった。
ただ、背丈が縮んでいるようで少しぶかぶかとしている。袖は手が隠れ、腰ほどまでだった裾は今は地面すれすれまである。
明らかに年が若返っていた。
このくらいの背丈となると年齢は十五くらいだろうか?
自分の昔を思い返して大体の年を割り出す。
そして次に実際に魔法を使ってみる。
手のひらを少し大きな木へと向ける。そのままの格好で魔力を手に集まる。
やはり、年が若くなっていることが原因だろうか?以前より魔力の溜まりが遅い。それでも一秒もかからずに魔法に必要な魔力が溜まったので、そのまま木へ目掛けて放つ。
使う魔法は火魔法。一番強さを測りやすい魔法だ。
それをまっすぐ、木を焼き尽くすイメージをとる。
すると、マグナスの手から目の前の大木くらい軽く飲み込みそうなほど大きな火の玉が現れ、素早い速度で大木目掛けて飛んでいった。
そして、爆発音を派手に鳴らしながら大木は倒れ、そのまま燃え尽きてしまった。
「魔法の威力はそのままか……」
一通り今の自分の状態を確認したあと、ぐるっと回りを見渡して見る。
程よく暖かく心地よい気候。たまに髪を揺らす弱めの風。寝転んだら柔らかそうな草の絨毯。
危険らしい危険も近くには見当たらない。仮に魔物が近付いてきても察知することができる。
となるとすることは一つだろう。
マグナスはそのまま草原に寝転がる。
そして、流れる雲を眺める。
ここまでゆっくり過ごしたのは何年ぶり……、いや、何十年ぶりだろう。
あまりの心地よさにマグナスの瞼は次第に重くなっていき、気がつくとすやすやと寝息を立てていた。
しかし、それはすぐに邪魔されてしまう。
マグナスの心地よいうたた寝を邪魔したのは他ならぬ自身の腹の音であった。
気持ちよく寝ていたマグナスは少し不機嫌になりながら何かないかと自身のローブを漁っていくが、持ち物一つ持っていなかった。
「腹減った……」
周囲に意識を集中させるが食べられそうな草はない。
せっかくゆっくりできると思ったのに己の腹という邪魔ものが現れるとは……。
悔しさを噛み締めて、重たい体をゆっくりと起こす。
「食べ物はどこにある?」
近くに何か食べれるものがないかを探してマグナスは周囲一キロを魔力で探知していく。
すると探知に数人の人物が引っかかる。
もしかすると何か食べ物を持ってたり、食事に向かう途中かもしれない。
そんな淡い期待を胸にマグナスは引っかかった人がいる方向へと向かっていった。
◇
マグナスから数分離れた距離にいたのは果物を運んでいた老人と少女、その場に倒れている男たち、そして、老人や少女に剣を突きつけている盗賊たちであった。
町から町へ移動するときは盗賊に襲われないようにある程度の強さを持った冒険者や護衛を雇うのが標準的で、商人である老人たちも複数人の冒険者を雇っていた。
ただ、相手が悪く商人を襲ったのは悪名高いバダス一味であった。
かつては王国騎士団の団長をしていたほどの逸材だが、その素行の悪さから国を追われることとなったバダス。ただ、その能力は折り紙つきで対処に困った王国が彼には懸賞金をかけるほどであった。
そんな彼に狙われたとあっては普通の能力しか持たない冒険者だと全く歯が立たなかった。
「ぐへへっ、さぁ有り金を全て……いや、おまえもきてもらおうか」
バダスは行商人の少女の手を取る。
「いやーー!た、たすけてーー!」
「お、お金なら払います。ど、どうか娘だけは……」
バダスに手を掴まれた少女は嫌がり、必死に抵抗をする。そして、老人は必死に懇願していたがバダスはニヤリといやらしい笑みを浮かべていた。
「いや、金はもらうが娘ももらっていく」
少女の手を力強く引っ張る。とそのタイミングでマグナスが彼らの前に姿を現わす。
「あれっ?」
目の前には嫌がる少女と老人、倒れている人たちが数人と野性味溢れる格好をした男たち。
どう見ても盗賊たちに襲われてるようだった。
王都周りだと巡回兵が盗賊を倒して回ってるはずだけど、ここは少し離れたところだったか……。面倒なことに巻き込まれそうだ。
少し眉をひそめるが、そのときとても美味しそうな匂いが俺の鼻をくすぐってきた。
「これは……果物か!?」
よく見ると老人の後ろにはたくさんの積荷が乗った馬車があった。
あれを少しでも分けてもらえるなら今の空腹感を満たすことができるか……。わざわざ探すよりその方が楽だよな。
そう思っているとタイミングよく老人が俺に話しかけてくる。
「旅の人……、助けてください。お礼ならなんでもさせていただきますので」
よし、いいことを聞いた。これで馬車に乗っている果物は食べ放題だ。
少しニヤリと微笑むとマグナスは食べ物をもらうためだけに盗賊たちと対峙することを決める。
「それじゃあ休む前の一運動でもするか」
少し腕を回しながらマグナスが盗賊の前に立つと彼らは嘲笑を浮かべていた。
「ふはははっ、まさかお前みたいなガキが俺たちと戦おうと思ってるのか? 見逃してやるからあっちに行け!」
手を出してしっしっと振ってくる。
するとそれにつられるように盗賊たちから笑い声が上がる。
なんだか話が長くなりそうだな……。
マグナスはとりあえず威嚇がてらバダスの足元を魔法で破裂させる。
「いいからかかってこい」
長引かせるのも面倒だ。
突然高威力の魔法を足元に食らった盗賊たちは一瞬固まり、何が起こったのか理解すると、まるで化け物でも見るかのようにマグナスのことを見てきた。
「ま、まぐれだ。かかれー!」
盗賊たちは先ほどの魔法に怯えながらもマグナスへと向かって剣を振りかぶってくる。
マグナスはあくび混じりに片手だけを突き出して魔法を放つ。
風が渦巻く竜巻が手から飛び出すとそのまま盗賊たちを遥か彼方まで飛ばしてしまう。
「あっ、やりすぎたか……」
手を抜いたつもりだったが、それでも威力が高すぎたその魔法に反省だけはしておく。また目立つとたくさん仕事が舞い込んできて忙殺させられてしまう。それだけは避けないと……。
飛んでいった盗賊を眺めながらマグナスが反省していると助けた少女と老人が近づいてくる。
「あ、あの……助けていただいてありがとうございます」
「本当にあなた様がいなければ娘はさらわれた上に儂も殺されていたでしょう。儂たちにできることがありましたらなんでもおっしゃってください」
ペコペコと頭を下げてくる二人にマグナスはそこまで大したことはしてないのになと頭を軽くかいていた。
「とりあえず腹が減ったので果物を分けてもらえるか? あとは近くの町まで乗せてもらえるか?」
「えっと、それだけで構わないのですか?」
少女がおどおどと聞いてくる。
まぁ、金とかをもらってもいいんだけど、それももらいすぎると貴族とかに目をつけられるかもしれない。
面倒ごとは避けたいもんな。
「あぁ、それで構わない」
すると、少女と老人はまるで英雄でも見るかのように目を輝かせる。食べ物は別として、近くの町まで乗ってくれるということは自分らを町まで守ってくれるということに他ならなかった。
もちろんマグナスはそこまで考えていたわけじゃないのだが、二人は彼の機嫌を損ねないようにと一目散に両手で抱えられるだけの果物を持ってくる。
「これで足りますか?」
「あぁ、十分だ。むしろそこまで食い切れない」
まずは一番近くに置かれた手のひらサイズで赤く丸い果物に手をかける。
それをそのままかじるとシャリっと言う心地いい音とともに口の中に仄かな甘みが漂ってくる。
「うん、うまいなこれ」
「えぇ、私たちの自慢の商品ですからね。もう少し待ってくださいね。馬車の調整が終わりましたら町まで向かいますので、ゆっくり食べておいてください」
「あぁ、ありがとな」
ここはお言葉に甘えて置かれた果物をお腹いっぱい食べさせてもらう。
そして、意外にも持ってきてもらった果物を全て食べきってしまった。
その途中で名前やら何やらを聞かれたので答えられる範囲で答えておいた。探られるのも嫌だからな。
すると馬車の方から少女が手招きをしていた。
「準備できましたよー」
「あぁ、今行く」
馬車の方へと歩き出し、そのまま乗ると背もたれにもたれかかる。
こんなにゆっくりできたのはいつぶりだろう……。
そんなことを考えながら心地よい風と軽く揺れる馬車によってマグナスは次第に眠りについていった……。
◇
眠りについたマグナスを横目に商会の少女、ミリファリスは驚きの表情を見せていた。
「マグナス様が倒した人たちって悪名高い盗賊のバダスたちでしたよね?」
「あぁ、間違いない。わしも見てあったからな。とても普通の人とは思えない」
「しかも、それだけのことをしてお礼は果物しか受け取ってくれなかったです……」
「それはわしの方で少し考えてみよう。果物だけしか受け取ってもらえないとマドリー商会としての名も落ちてしまう」
老人はマグナスの顔を見て深いため息をつく。
欲深い人間なら金を渡しておけば済む。しかし、彼の場合はその欲がない。お礼がしたくてもなかなか出来ないのは困る。
「それにしてもマグナス様って一体何者なんでしょうね?」
「わからない。ただ、とてつもない能力を持った魔法使い……ということはわかる」
バダス一味が相手ならただの冒険者ですら相手にならない。それこそ王国最強の親衛隊か最高ランクの冒険者が複数で相手にしない限り勝てないだろう。つまり彼はそれ以上の力を持っているということになる。
「彼のような人に我が商会のお抱えになってもらえるとありがたいのにな」
老人が小さく呟いたその言葉は他の誰にも聞こえていなかった――。
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