SF 左遷 サラリーマン哀歌 宇宙パトロール隊員も楽じゃない
今日辞令が下りた。
その文面を目にした途端
頭の中が真っ白になった。
左遷。
この二文字が頭の中を駆け巡る。
辞令を手渡す課長の奴。
「君は優秀だから」とか。
「期待している」とか。
それならこんな辺境へなど行かせずに、
もっとましなところへ派遣してくれ。
口元まで出かかったが言っても仕方がない。
冷笑されるだけだ。
私は宇宙パトロール隊隊員。
全宇宙のいたるところを舞台に凶悪怪獣、
宇宙人相手にその治安を守るのが使命だ。
当然、勤務地もパトロール隊中央本部のみならず
地方本部、支部。
そして中央本部を数年ごとに転々とし、
将来のパトロール隊総裁を夢みながら
栄転していくことになる。
しかし、今回のこの人事は…。
宇宙でも辺境の銀河の。
しかも。
その中でも最もへんぴな一惑星へとは。
課長のもとを後に自分の席へ腰を下ろす。
何も考えられない。
アフターファイブ。
同僚たちは私を避けるように
ひそひそと何やら話し合っている。
立ち聞きするつもりはないが
聞くとはなしに耳に入る。
なにせ隊内全て
このうわさでもちきりなのだから
どこへ行こうが嫌でも聞かされる。
「奴もあんなところへ飛ばされては
おしまいだな」
「ああ」
「しかし本当なのか。
一人で勤務だろう」
「ノンキャリじゃあるまいし」
「それどころか基地もまだないらしいぜ」
「じゃあ、身一つで」
「どうするつもりだろう」
「こんな事。
パトロール隊始まって以来のことらしいぜ」
「キャリアなのに」
等々。
なにせ、例えるなら警視庁のキャリアが
遠く離れた離島の駐在所勤務をさせられるようなもの。
いや。
その駐在所もないところらしい。
間借りでもするしかないのか。
民間に頼んで。
「俺だったら…。
あっさりやめちまうな」
「そんな。
あんまりだぜ」
「それにあいつ。
腕っぷしは強いのか。
一流大学出のボンボンが
怪獣相手に戦えるのか」
「しっ」
その中の一人が私に気付いた。
話をそらす。
私はそのまま自宅へと。
自宅と言っても官舎だ。
妻も子もいない。
ベッドの上に身体を投げ出す。
天井をジット見つめる。
「これで出世の道も断たれたか」
辞めるにしても。
今は不況。
世はリストラの嵐が吹き荒れている。
知人もいない。
引きもない。
天下りなどこのご時世…。
つまりアテがない。
仕方なく私は一人。
辺境の惑星へ。
聞くところによると。
今、その惑星では怪獣、宇宙人が跋扈し
大変な状況にあるらしい。
そのため、今まで駐在員を置かずに、
タマに巡回警備する程度だったものを
急きょ、常駐警備に切り替えたようだ。
しかし、不況の波は宇宙パトロールの財政をも
圧迫している。
民間企業ではリストラの嵐が。
官庁といえども
おいそれとは人は増やせない。
それどころか人減らしにやっきになっている。
大掛かりな基地などとんでもない。
何を言われるか。
そんな事をすれば総裁の首さえ
飛びかねないのが現状だ。
そのため派遣されたのは私一人。
ていのいいリストラといったところか。
聞いたところでは
私の所属していた課も
近々廃止されるそうだ。
課の他の連中。
知らないからいいようなものに。
他人事ではない。
行き先が決まれば順にらしいが…。
どうなるか。
後になるほど厳しいらしい。
これ以上厳しいところなどあるのかな。
左遷にしろ行くところがあるだけ
まだ幸せか。
出発直前、人事の知り合いがそっと教えてくれた。
しかし本当かな。
あとで風のウワサで聞くと
課も人もそのまま残っていた
などという事がままあるのがこの世界だ。
私に対して気を使ったのか。
だが現状を考えると。
どうだろう。
とにかく…惑星に到着。
この惑星の原住知的生命体。
手足が二本づつ。
直立歩行という点は我々と変わらないが
姿形はだいぶ異なる。
とにかく今のこの姿では
彼らとうまくなじめない。
それに私の正体がバレては。
宇宙パトロールの規則では
隊員の正体が原住生物にバレてしまえば
すぐさま、本星へ帰還となっている。
過去に正体がバレた事で
様々な不都合が生じたようだ。
なにせこの手の惑星の原住生物は。
正体がバレれば何を言い出すか、しだすか
わかったものではない。
そしてその後は。
左遷されるか…。
待てよ。
これ以上の左遷先など…
どこをどう探してもありはしない…か?!
とすると。
肩が…。
寂しい。
なににしろロクな事はない。
なんとか任期を勤めあげ、
本部へ帰らなければ。
その思いだけが脳裏をよぎる。
しかし本当に。
それで元通りに。
望みは薄い。
しかもこの惑星。
環境が劣悪なため
元の姿のままでは数十分間しか
活動できないのだ。
本部の経理に聞いたが
その分の危険手当は出ないそうだ。
そういえば、以前出ていた
超遠隔地勤務手当も歳出カットの折り、
最近廃止されたそうだ。
給与明細を見ながら、
手当に目をやるのはサラリーマンの性か。
とにかくつまり。
必要のないときには原住生物の姿で
となる。
遠い本星へ思いをはせた。
しかし。
どうする事もできない。
エリート宇宙パトロール隊員といっても
しょせんはサラリーマン。
会社の。
いや上の命令には。
私はとぼとぼと歩だした。
原住生物の姿で。
目指すはこの惑星の対怪獣専門部隊。
この惑星にも対怪獣専門部隊がある。
それならなにも宇宙パトロール隊員のこの私がと
思われるかも知れないが…。
ここは未開惑星。
彼らの持つ兵器ではとても
怪獣相手に戦えそうにない。
しかも彼らは我々と違い
手に武器を持って戦うらしい。
銀河では…どうだろう。
この星のその手のアニメでは
怪獣、宇宙人はたいてい。
この星の人々の意識の中でも
やはり彼らが特異な例なのか。
現実にはーーーどうだろう。
私はそのあたりはあまりくわしくは。
我々?
我々はもちろん。
みなさんもご存知だろうが
身体に兵器が組み込まれている。
DNAレベルで。
我々の武器を供与すれば
何も私が直接派遣されずにすむ
という考え方もあるが…。
彼らとは兵器の体系が違うのだ。
それに下手に強力な兵器を持たせると
何をしでかすかわからないのが
この手の惑星の原住生物の常だ。
自分たちの惑星さえ破壊しかねない。
怪獣より恐ろしい。
とにかく宇宙パトロール本部の用意した
履歴書を持って就職活動。
なんとかこの惑星の対怪獣専門部隊へともぐり込んだ。
入るのは意外と簡単だった。
人手不足なのだろう。
しかし…。
よくバレないものだ。
興信所は調査に来ないのかな。
聞くところによると
今までバレた事はないらしい。
そして…怪獣が。
対怪獣専門部隊がこの惑星の
飛行兵器で出撃する。
訓練もそこそこに。
彼らはこういうモノがなければ
空も飛べない。
念のため。
怪獣は。
彼らの兵器で撃っても撃っても。
全く歯がたたない。
こんな兵器で今までどうやって
怪獣を倒していたのか
不思議で仕方ない。
それならばこんな専門部隊。
あっても仕方がないのでは。
そうも思ったが
私にも都合がある。
私の活動上に限り
ないよりあった方がいい。
本当にそうかな。
まあいいか。
怪獣へと突っ込む。
もちろん彼らの飛行兵器で。
怪獣が口から火を。
それは突然だった。
私は避けようとした。
しかしこの惑星の飛行兵器。
動きがニブイ。
よけきれない。
しかもこの兵器。
対怪獣用にもかかわらず、
怪獣の炎がかすめただけで
操縦もなにもできなくなった。
こんな事、
信じられるか、君たち。
怪獣の攻撃などいくら受けようが
ビクともしないのが普通だろう。
このままでは墜落してしまう。
私は仕方なく…元の姿に。
宇宙パトロールの内部規則では…。
怪獣が出てきた場合…
その惑星の科学レベル、
所有する兵器によっても違うのだが…
この惑星の場合、
すぐさま処分せよとなっている。
つまり。
この惑星の科学レベルでは
どうあがいても怪獣を倒せないと
踏んでいるという事だ。
しかし私にも都合がある。
様々な理由でタイミングよく
元の姿に戻れない場合が多い。
そのため、怪獣が散々暴れまわったその後で
元の姿に戻り
倒すというパターンになってしまいがちだ。
後で問題にならないのかな。
とにかく巨大化し… 元へ…
元の姿に戻り
怪獣と向きあった。
私の姿を見た時の
この惑星の原住生物の顔。
君たちにも見せてあげたい。
さぞかし驚いた事だろう。
後でテレビとやらで何度も見直した。
よく他の宇宙人たち同様、
侵略者あつかいされなかったものだ。
まあいい。
私は怪獣を
投げ飛ばし、蹴り飛ばし、
最後は必殺兵器で倒した。
少し危ないところもあったが
とにかく…怪獣をやっつけた。
なぜ必殺兵器があるのに
最初から使わないのかって。
別に私は格闘技オタクではないのだが…
私にもよくわからない。
この環境劣悪な惑星でも
数十分間は活動できる。
時間があるのだから
まあいいだろう。
たまに元の姿に戻った時に
身体を動かしておかないと
なまってしまって。
そして原住生物の姿へともどった。
この惑星の原住生物の仲間が
駆けよって来た。
「今のは何だったんだ」
「あの巨人は」
口々に。
「さあ、何だったんだ」
私はとぼけておいた。
みんな、何だったんだと
不思議がっているのに
私だけとぼけているのも妙だが…。
まあ、いいか。
それに私が入隊した途端
あの巨人が現れた。
その事で
私とあの巨人を結びつける者は…。
いないことを祈ろう。
お約束らしいし。
怪獣を倒した事を本星に報告しようと…。
そう言えば、ここには電話もファックスもない。
携帯も。
もちろん私の母星に通じる…である。
駐在所はそのうち造っていただけるらしいが。
歳出カットの折り。
いつの事になるやら。
私の任期中は無理か。
とにかくそれまでは連絡もままならない。
通信機もDNAレベルで
身体に組み込めればいいのだが、
未だ予算の関係で。
議会の承認が得られないらしい。
技術的に不可能という事では
決してない。
そのため今は
この惑星の対怪獣専門部隊の基地で
やっかいになっている。
どうすればいいんだ。
相談する仲間もいない。
単身赴任。
給料はチャンと振り込まれているのかな。
宇宙パトロールの金は
ここでは使えないか。
そう言えば、この惑星の
対怪獣専門部隊からももらっている。
いわば給料の二重取りだ。
後で問題にならないかな。
聞くところによると
そのために宇宙パトロールからは
現地の金での支給はないらしい。
だから隊員は
派遣先の対怪獣専門部隊で働いて
金をかせいで自活して…となっている。
全く。
そうでもなければ。
現地の金を支給さえしてくれれば。
このような部隊に入らずに、
ワンルームでも借りて
怪獣が現れるたびに…。
その方が気楽でいい。
怪獣が現れるたびに
いなくなるとイヤミを言われなくてもいいし。
しかももし怪獣相手の戦いで
ケガでもしようものなら。
病院さえない。
別の銀河にある宇宙パトロールの病院は
遠すぎてとてもとても。
自宅療養するしかない。
母星の薬などとても持ち込めない。
宇宙パトロールの規則が…だ。
重症を負って動けなくなれぱどうなるのか。
そう言えばパトロール隊本部のレクチャーで見たこの惑星の映画。
主人公の宇宙人がケガをして
この惑星に足止めされても
仲間は捜索にも救助にも来ない。
その宇宙人の母星の人事管理はどうなっているのか。
考えられない。
隊員がいなくなったのに気がつかないのか。
しかし今回。
あながち笑ってはいられない。
他人事ではない。
その時は。
この惑星の無人島の遭難者よろしく
近くを仲間の宇宙船が通るのを待つしかないのか。
しかしこんな辺境銀河の辺境惑星。
通る宇宙船などあるのかな。
それにもし相手の。
怪獣の方が強ければどうなるか。
殉職するか。
逃げ帰ってクビになるか。
考えたくもない。
この惑星の対怪獣専門部隊の基地で
例の巨人。
つまり私の名前が話題になった。
考えてみればあの時。
巨人の姿の時に名乗っておけばよかった。
そうすれば。
不安は的中した。
私は…こういう名ではと
主張したが
妙な顔をされただけ。
相手にもされなかった。
考えてみれば私の母星での名など
この惑星の住民にわかるはずもない。
また、○○星人とすればいいのか、
母星での姓名にすればいいのか。
迷うところだ。
英語風にアレンジしたのだが
ダメだった。
それに下手に言ってはあやしまれる。
しかも私はここでは新参者。
あまり言い過ぎるのもはばかられる。
しかしそれなら。
今度、元の巨人の姿になった時に
直接本人に聞けばいいものを。
この惑星の連中。
どうしても自分たちで
勝手につけたいらしい。
どういうつもりだ。
普通、本人に聞くだろう。
こういう場合。
本人に直接聞くという
発想自体ないらしい。
本当にこれでいいのだろうか。
言葉が通じないとでも
思っているのか。
これでは犬猫と同じだ。
ペットにでも名を付けるつもりのようだ。
そう言えば怪獣も。
待てよ。
私がここの連中の言った名と
巨人の名とが一致すればどうなる。
誰でも変に思う。
うかつだった。
言わなければよかった。
これでは巨人になっても
私の本当の名を名乗れない…か。
もしバレれば。
ここの原住生物のつけてくれた
名前で我慢するしかないのか
スペースマン。
対怪獣専門部隊が付けた名前がこれだっだ。
スペースマン。
この惑星の住人たちは
知らないだろうが。
私の母星では左遷という意味だ。
名前を呼ばれるたびに
左遷の文字が脳裏をかすめる。
私は耳がいい。
私はそのせいでこの惑星に。
この惑星ではヒーローではあるが。
島流し先では
そのようなささやかな生きがいを見つけて
やっていくしかないのか。
この惑星。
ここの原住生物はこう呼んでいる。
地球と。
ー 完 ー