外道騎士の第一歩
とある国がある。その国は高い軍事力と、財力を持ち、いわゆる大国というやつであった。
その発展の理由となったのがダンジョン。モンスターが蔓延る魔の迷宮にして、生きて帰ることができれば、その者に財宝と栄光を与える神秘の宝物殿。そんなダンジョンを国益のために踏破する者たち、それが、騎士である。
「それではこれより第四一八期騎士採用試験を行う!」
腰に届くほど長い髪のつり目の女性が、手に持つ淡く輝く石に向かって叫ぶ。すると、怒鳴るような声がさらに大きな声となり、武器を携えた若い男女で埋め尽くされた広場に響き渡った。
そんな中に一際小さいため逆に目立っている少年がいた。
「よぉ坊主。お前みたいなチビが騎士になんてなれると思ってんのか?」
説明中にも関わらず少年に話しかけてきたのはヒゲの男だった。筋肉質で大柄な男から見下すようにして、言葉が投げ掛けられる。説明中と言っても特に中身のない話なので聞いていなくともいいが、試験官にばれて、心証が悪くなるのは避けたい。そう考えた少年はヒゲを無視することにした。
「今は説明中だ。黙れヒゲ」
「お前、初対面の年上にヒゲはないだろ!」
無視することにしたが、チビ呼ばわりがムカついたので一言余計なことまで言ってしまう少年。小声で怒るヒゲをめんどうに思いながらも少年はヒゲの方を向かずに、極力口を動かさないようにしてさらに言葉を発した。
「見ず知らずの人間にチビなんて言う礼儀知らずに言われたくねぇ。そもそも接点もないやつにいきなり声をかけてくるとか……まさかお前ホモか」
「ちげぇよ! 俺は普通に女が好きだから! 」
ここで少年は先ほどまで聞こえていた試験官らしき女性の声が聞こえないことに気付いた。それどころか女性が立っていたはずの高台には誰もいない。
「ほぉ、この私が直々に説明してやってると言うのに随分な態度じゃないか」
お目当ての人物は、ヒゲの後ろから現れた。ヒゲも背後から聞こえた声でようやく状況を理解したらしい。女性はそれはそれは爽やかな笑顔でヒゲの肩をつかむ。そして、間抜けな面を晒すヒゲを投げ飛ばしてみせた。
「今回だけは多目に見てやる。次に私語をした者は即刻失格だ」
少年の小細工が功を奏したのか、試験官は少年には何も言わず、高台へと戻った。少年はため息をつくと、のびているヒゲを放置し、再び始まった説明に耳を傾けるのだった。
「さて、諸君らも理解していると思うが、騎士の職務は多岐に渡る。治安維持や災害時の民の救助そして、なにより不定期に現れるダンジョンの攻略だ。そこで、試験は騎士団で訓練用に管理しているこのダンジョンに挑戦してもらい、無事生還した者を合格とする。最後に一言言っておく。貴様らは曲がりなりにも騎士を目指すのだ。せいぜい騎士らしくあることだ」
彼女が指さした先には古臭いが人が手を加えたのがよく分かる小奇麗なダンジョンへの入り口があった。
「それでは、……始めっ! 」
試験官が開始の宣言を言い切る前にすでに大半の受験者たちは駆け出していた。彼らに負けじと少年も未だに伸びているヒゲを放置し、ダンジョンへ飛び込んだのだった。
ダンジョンの中に入ってしばらくして、少年は先頭集団の中にいた。ここまで障害どころか、分かれ道すらなかったので、気が緩み始めたその時、誰かが踏んだ床が沈み、天井から落ちてきた網に何人かが捕らえられた。普通のダンジョンにないであろう明らかに人為的な罠に一同は思わず立ち止まる。
『最初の関門だ。ここから先は罠が至る所に仕掛けてある。せいぜいいい声で鳴いて逝ってくれ』
どこからともなく不穏な言葉を含めた試験官の声が聞こえた。タイミングといい、何かしらの方法で監視しているのだろう。誰もが、試験官の不穏な発言に冷や汗を流しつつ、少しずつ慎重に進んでいく。罠の存在に誰もが目に見えて足の進みが遅くなる状況の中、一人颯爽と集団を追い越した者がいた。
「はっははは! 気絶してるうちに試験が開始してた時はもうダメかと思ったが、こんなとこで追いつけるなんてなぁ。俺って幸運の女神に愛されてるぜぇ! 」
ヒゲだった。広場の中心で女体への愛を叫んだあのヒゲだった。そして彼が踏んだ床から軽い音が響いた。カチッと。
「お?」
ズドォォォォン。
爆発の煙がはれると、そこには黒焦げになったヒゲの姿があった。
『クハハハハハ! なかなか愉快な奴だ。やはり失格にしなくて正解だった。安心しろ試験で死んでも蘇生魔法は後でかけてやる。安心して逝ってこい』
このとき、この場にいる彼らの心はひとつになった。あの試験官はヤバい、と。
その後もほとんどの受験者は慎重にダンジョンを進んでいた。それでも、すべての罠を掻い潜ることは叶わず、虫が溢れた落とし穴やら、壁や床、天井から襲い掛かる大量の槍もあれば、突如として、地面が沼のように柔らかくなったり、天井が落ちてきたりなど様々な罠によって試験官の餌食となる者が続出した。一部、勇敢にも一気に走り抜けようとしたバカがいたりもしたが、そんな彼らもヒゲ同様に無事に罠の餌食となった。
そんななか少年がとった方法はいたってシンプルだった。
「あぁうっかりこけてしまったぁ」
棒読みで少年は、ついうっかり、前で罠の有無を調べてながら進んでいた受験者を押してしまった。すると前にいた受験者は見事に地面とキスすることになり、そのまま爆発が起こった。煙が晴れるとそこには、見事に焼け焦げた中年が転がっていた。
この方法なら、時間をかけず安全を確保でき、おまけに競争相手を減らすことができるのである。この少年わりと外道であった。
多くの罠を掻い潜り進んでいき、罠の頻度が落ち着いてきた時だった。
『この先には私が趣味と実益を兼ねて調教しておいたモンスターがいる。つい調子に乗ってやりすぎたからかなり殺気だっているが、まぁ死にはしないだろう』
再び試験官の悪魔のような声が響いた。しかし、今度は受験者たちがひるむことはなかった。予期していなかった人為的な悪意に満ちた罠でないのなら、腕に自信のある彼らがおびえる必要はないのだから。
各々が武器を構え戦闘準備を進める中、少年はモンスターと戦うのではなく出し抜くことにした。どれだけいるかわからないモンスターとバカ正直に戦うことは、体力を無駄に消費するからだ。これはそういう頭脳プレイであって、決して戦って勝てる自信がないわけではないのだ。
少年が誰に言うでもなく、言い訳にいそしんでいるその時だった。
「へ、モンスターごときでこの俺が止められるかよ! 」
そう言って誰よりも早くモンスターの群れに突撃した男がいた。ヒゲだった。先ほど爆死して焦げていたはずのあのヒゲだった。しかし、勇んで駆け出したヒゲだったが、彼の踏んだ床からどこかで聞いたような音が再び響いた。カチッと。
「あ?」
ズドォォォォォォォォン!
明らかに今までと比べて大きい爆発に巻き込まれるヒゲ。他の受験者が引いていると、楽しそうな声が再びどこからともなく聞こえてきた。
『クハハハ! あのヒゲは中々楽しませてくれるではないか。もうわかっていると思うがここから先にも今まで同様罠がしかけられたままだ。あぁ安心しろモンスターには反応しないよう細工してあるから、これで死ぬのは貴様らだけだ』
何一つ安心できない知らせに受験者たちは顔を青くしている。それもそうだろう、この先にも罠があるなら、慎重に進みたい。しかし、大量のモンスターがいるなかで、そんなゆっくりしていれば囲まれる危険がある。また、モンスターを倒そうにもどこに罠があるかもわからない場所で戦うのは愚の骨頂だ。こうなると取れる選択肢は2つしかない。つまり、自爆覚悟の特攻か、安全圏で立ち尽くすか、だ。
ほとんどの者が足を止めてしまう。無茶だ。無謀だ。そう思い、立ち尽くしてしまう。
「試験官は騎士らしくあれと言った。今のお前たちは騎士として恥ずかしくないと言えるのか! 」
足を止め、うつむいていた者たちは、おもむろに顔を上げ、声の主を見た。正体は少年だった。この場にいる誰よりも幼い少年が誰よりも力強く、先を見据えている。その事実は彼らに勇気を与えるには充分すぎるものだった。未来の騎士の卵たちに先ほどまでの陰鬱な表情はなく、ただ覚悟を瞳に宿していた。
「そうだ。俺たちは騎士になるんだ! 」
「こんなところで立ち止まってられるかよ! 」
「やってやろうじゃないの! 」
そう思い思いの叫びとともに彼らはモンスターへ突撃していった。ゴブリン、オークにはじまり、トロールやスライム、果ては、ワイバーンまでもが現れるなか、騎士を目指す勇者たちは、臆することなく剣を、槍を、戦斧を振るい、敵を蹴散らしていく。またある者は杖を構え、呪文を詠唱していく。少年も彼らに負けじと剣を構え、モンスターの群れへ肉薄する……こともなく仁王立ちで、満足気に頷くだけだった。
「……計画通り」
少年はニヤリと笑い、戦闘に一切関わることなく、ただ眺めていた。しかし、この場にいる誰もがモンスターに向かっているため、少年の本性に気付くことができた者は一人もいなかった。
少年に煽られ、自爆覚悟で道を切り開いていく受験者たち。一斉にかかったのが功を奏したのか、数多のモンスターの群れの中に、細く狭い道だが、確かな道を作ることに成功した。
その道を、小柄な体格を活かし誰よりも速くすり抜けていく影があった。
「はっはっは。露払いご苦労だったな!」
勿論、少年だった。
いっそ清々しいほどに高笑いしながら、他の受験者たちが死力を尽くして開いた道を駆け抜けていく。既に倒れた者たちを踏みつつ、進むことで残っているかもしれない罠にかからないようにすることも忘れない。
そして、背後から聞こえる怒号を無視し、先に残っていたモンスターを無視し、遂に、少年はダンジョンを踏破したのだった。
「中々の手腕じゃないか。マトモに戦うことなくこの試験を突破した下衆は貴様が初めてだ」
「別に、どんな手段であれ勝てばいいんですよ。勝てば官軍。いい言葉だと思いません?」
少年が、ダンジョンを潜り抜け、しばらくして、何人かの受験者が命からがらと言わんばかりに、ダンジョンから這い出てきた頃、ゴールにて待ち構えていた試験官に賞賛のような罵倒を受けた少年だったが、悪びれることなく言い放った。少年の答えに、ニヤリと口の端を吊り上げた試験官は、違いない。とだけ呟くと、口元に掌に収まる程度の鉱石を握りしめた。
「これにて、第四一八期騎士採用試験を終了とする! 」
この日、のちに外道騎士と呼ばれるようになる少年、ハリス・クラップの騎士として第一歩を踏み出したのだった。
「ただし、今回の試験で2度も無様な姿をさらし私を楽しませたヒゲは合格だ。あの爆発を1度とはいえ耐えたのだから中々頑丈なオモチャ……もとい、肉壁として活用できるだろう。拒否権もなければ、異論も認めん」
哀れなヒゲは、幸運なことにも合格を言い渡されていた。理不尽な宣言に一部の不合格者たちが、試験官に不公平だ。やら、独身だのと文句を言い始めた。ハリスとしては、ああいうバカは使いやすい、もとい煽りやすいので、良かった良かった。と頷いている。そんなこんなで試験は、不合格者たちへの試験官の制裁とともに終わったのであった。
試験が終わり、ダンジョンの中に静寂が訪れていた。
動ける者なぞ、人一人、モンスター一匹残っておらず、そこらじゅうに倒れ伏した人々とモンスターたち、そして、稼働して役割を終えたトラップが散らばっていた。
そんななか意識を取り戻した存在が一つ。
ヒゲだった。彼はポツリと一言呟いた。
「ああぁ、床冷てぇ……」
もう、騎士なんかになるのは止めよう。そう決めたヒゲだった。