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ファンタジー落語「中二病(ちゅうにやまい)」後編

 

「さあさあ、とっとと飯ぃ食って学校行ってきな」

「う~ぃ」


 さて、こうしてみるとただの豆腐屋のおとっつあんとその息子の、なにげない日常のように思われます。

 しかしそれで終わらないのが落語の世界というもので。


「なぁ、父ちゃん」

「なんだいケン坊」

「おいらぁ、前々から父ちゃんに聞いてみたい、いや聞かなきゃいけねえことがあるんだよ」

「なんでえあらたまって。あ……いやみなまで言うない、父ちゃんにゃわかってらぁ。あれだろ、うちにはどうして母ちゃんがいないかってことだろ。ケン坊ももう思春期だもんな。そういうことが気になっちまうのはしょうがねえ」

「いや、それは別に気にしちゃいねえよ」

「なんで」

「だって父ちゃん、豆腐屋としては一流だけど、それ以外はうだつの上がらねえ甲斐性なしだからな。きっと母ちゃんに逃げられたんだろう、それっくらいはおいらもわかってるよ」

「…………」

「ハゲだし」

「てめえ、世の中にゃ言っていいことと、言ってもしょうがねえ事があるんだぞ!」

「問題はそんなことじゃねえんだよ、父ちゃん。おいら……もしかして自分が他の人と少し違うんじゃねえかって気がしてきて」


 突然そんなことを言い出したケン坊、シャツの前をめくるってえと、胸の中央、心の臓あたりがぼうっと青白く光っております。


「体育の時間に着替えてたら、クラスのやつらがケンちゃん身体ヘンじゃねえかとか言い出してさ。なあ、普通の人って心臓がうっすら光ったりしねえもんなのかい?」

「む……気づいちまったか。ああ、普通の人は心の臓が光ったりはしねえな」

「ならいってえこいつぁ」

「そいつはア○ク・リアクターだ」

「アーク……なに?」

「ケン坊、おめえは生まれつき心臓に障害があってな。このままじゃ十歳までも生きらんねえってお医者に言われてたんだ。そこでな、父ちゃんの知り合いの、メリケンのえれえ社長さんに頼んで、そいつをつけてもらったんだよ」

「そいつぁ初耳だよ父ちゃん。おいらぁまるで鉄男だね。あっ、もしかして手の平から光線が出るのもこいつのせいなのかも」

「お、おう。そいつぁリパ○サー・レイってやつだな。つうかおめえいつからそんなもん出せるようになったんでえ」

「去年の誕生日くらいからだよ、父ちゃん」

「そうけえ……おめえももうすっかり大人になっちまったんだなぁ、父ちゃん嬉しいよ。で、聞きてえことはそんだけかい」


 そう父親に促されると、ケン坊またまた心配そうな顔になります。


「じつは……まだあるんだよ。その、ちょっと言うのが恥ずかしいんだけどね父ちゃん」

「なんでえ、父親と息子の仲だ。遠慮するこたぁねえ」

「その、おいらの体の一部がね、こう、ちょっと……前とちょっと違って大きく」

「待てっ! それ以上は言っちゃなんねえぞケン坊。落語にも倫理コードてぇのがあってな」

「言ってることがよくわかんねえよ、父ちゃん。だから身体の一部が剥けちまって」

「いやいやいや、実際に見せるやつがあるかい! け、ケン坊?」


 言うが早いかケン坊、シャツをすっぱり脱いだかと思うとちょうど肩甲骨の辺り。

 そこがもりもりもりって盛り上がったかと思った次の瞬間、ばさぁああああっ。まるでコウモリのような翼が二枚、飛び出します。


「うわぁあああああっ!? ケケケケン坊、おめえそりゃいってえ」

「や、やっぱり普通の人にはこんなの生えないのかい? 朝、遅刻しそうになったとき、学校まで飛んで行けるからけっこう便利なんだけどなぁ」

「悪いこと言わねえからやめときな。ヘンテコなドローンかなにかだと思われて通報されちまわぁ」


 びっくり仰天、腰を抜かしそうになるおとっつぁんの前で、ばっさばさと浮いていたケン坊、わかったよって翼をたたんでしまいこみます。


「やっぱりおいらぁ、普通の人間とちょっと違うのかなぁ。おいらぁどうしたらいいんだろう」


 成りは大きくなってもそこはまだまだ中学生。

 しょげかえるケン坊に、親父どーんと胸を叩いて息子の肩をがっちり掴みます。


「ケン坊、心配するこたぁねえ。たしかに普通の人間は羽根ぇ生やしたり、手から光線出したりは出来ねえけどな。そりゃああれだ、ちょっとした病気だ」

「えぇっ、病気なのかい」

「あぁ。そいつぁ中二病ちゅうにやまいっていう、思春期の男子がたまぁにかかる病気だ」

「そぉかぁ、病気だったのかぁ。じゃあ病院行かなきゃ」

「いやいやいや待てまてまて。病院なんか行かなくたってでえじょうぶだ。時間が過ぎりゃ勝手に収まるもんだ、そおゆうのは」

「そうなのかい、父ちゃん」

「けどな、心配ねえつっても病気は病気だ。あんまし人様に見せるんじゃねえぞ、ケン坊」

「わかったよ、父ちゃん! じゃあおいら、お得意さん周りをしてくらぁ」


 さてどうにかこうにかごまかした豆腐屋、無論のこと只の病気で心臓が光ったり手から光線が出たり、ましてや翼が生えるなんてぇことはございません。


「はぁ~、とうとうこういう日が来ちまったかい。あいつを拾ってもうすぐ十四年か……身元不明の赤子を養子にしたはいいが、やっぱりあいつぁただの人間じゃ……いやいや、なに言ってやんでえ、あいつぁ俺のたった一人のでえじな息子だ! さあケン坊のためにもうめえ豆腐を作らなきゃな」


 なにやら深い事情があるようですが、どこまでも前向きな豆腐屋の親父。

 一方、ケン坊はてえと、町内のお得意さまを回って豆腐の注文取りに奔走しております。


「へい、木綿2丁にあぶらげっすね、明朝お届けいたしますんで、毎度どうも!」

「ケンちゃん、いっつもえらいねえ。ほら、おまんじゅう持ってきな」

「ありがとうおばちゃん! さ~て、これで一通り回ったかな。そろそろ暗くなってきたなぁ、ここはさっさと飛んで帰りたいとこだけど、父ちゃんに言われたしな。路地ぃぬけて近道でもするか」


 薄暗い路地を抜けるってえと、暗くて足元がおぼつかない。

 ケン坊、シャツの前をはだけると、うん、と力を込めます。すると胸の光が強くなって、足元を照らすって寸法でございます。


「へへへ、こいつぁ便利なもんだ。真っ赤なお鼻のトナカイさんはぁ~っとくらぁ」

「待て。そこのわっぱ」

「へっ? いっけねえ、見られちまったか。な、なんだいおじさん」


 ケン坊が振り返ると、そこにはなんだか妙ちきりんな風体の男が佇んでおります。

 年の頃なら二〇過ぎ、長い髪をくくり、肩からはマントがばさぁっ。

 しかも着ているものも西洋風というかファンタジー風味と言うか、とにかくご町内じゃああまり見かける御仁じゃねえ。

 そのうえ腰にはなにやら長いものを下げておりますから、こりゃ東西南北どこから見たって不審人物にしか見えません。


「貴様、その胸の光……やはりそうか。よもや異世界に逃げのびていようとは」

「おじさん、なにいってんだい。おいらぁ何の変哲もねえ、ただの中学生だぜ」

「とぼけても無駄だ、その邪悪なるオーラの輝き。貴様こそは十四年前、我らが討ち取りし魔王の一粒種。貴様もいずれこの世界に破壊をもたらす、災厄の化身……魔王となる!」

「蔵王? あぁ去年町内会の旅行で行ったけど、蔵王温泉」

「蔵王ではない、魔王だ! その汚れし血を、いまここで断ってくれよう!」


 言うが早いかその男、腰から長いものをずんばらりんと抜き放つや、問答無用でケン坊に斬りかかってきた!

 びゅんっ、ずばぁああっ。

 しかしそこは狭い路地のこと、男の刀はたちまち軒下にがっつり食い込んで、にっちもさっちも行きやしねえ。


「おのれ、くっ、卑怯な!」

「いや、おっちゃんが勝手に暴れてるだけじゃあねえか。悪ぃけどチャンバラごっこは他所でやってくんな」


 こんな物騒なヤツを相手になんぞしてられない、ケン坊気合を込めるとシャツをびりびり引き裂いて、大きな翼がばさあっ。

 あっという間に空ぁ飛んで逃げちゃった。


「ふぅ~、びっくりした。いい大人が街中でコスプレして刀振り回すとか、どうかしてるね。レイヤー撮影会でも長ものには注意が必要なんだぜ」


 妙なことに詳しいケン坊、ホッと額の汗をぬぐおうとして目を疑った。

 あろうことかあるまいことか、さっきの男が空を飛んで迫ってくるじゃありませんか。


「待て待てまてぇ~い! 逃がしはせんぞ、魔王の息子!」

「おわっとっと、あっぶねえなおっちゃん! 羽根もねえのに空ぁとぶたぁ、ははあさてはおっちゃんも中二病ちゅうにやまいだな。しかもいい年して、すっかりこじらせてらぁ」

「問答無用、でやぁああっ」


 いかなる魔法かバテレンの秘法か、男は自在に空を飛んでケン坊に斬りかかって参ります。

 しかしケン坊ひらりひらりとそれをかわしているうちに、やがて男の方がぜいぜいと息切れし始めました。

 やはりあれですな、いかに鍛えようとも成長期の中学生の反射神経にはなかなか付いていけるものではございません。

 ましてやこれが三十路をまえにするってえと、体力の衰え著しくって……それはともかく。


「ぜえ、はあ、ぜえ……」

「おっちゃん、だいぶ息が上がってるよ。もうやめねえかい」

「む、無念……っ」


 ついに力尽きたのか、男はへろへろと空き地にゆっくりと降りてゆきます。

 そのままにしておくのも気がひけて、ケン坊も続いて男の前にすいーっ。

 さてこうなると男に勝ち目は到底ない。ケン坊、手から光線でも出してやっつけられるんですが、そこは気のいい豆腐屋の息子でございます。


「おっちゃん、立てるかい?」

「若年ながら、さすがは魔王の息子。我が剣が通じぬとは、もはやここまで」

「あのなあおっちゃん。さっきっから魔王魔王って言ってるけど、おいらぁ魔王じゃなくて豆腐屋の息子なんだぜ」

「トーフヤ、とはなんだ」

「豆腐とかあぶらげとか、そういう食いものを作って売ってんだよ。父ちゃんの豆腐は日本一うめえんだぜ」


 えへんと胸を張るケン坊の笑顔に、男、なにやら思い至ったようで。


「魔王の息子も育てが違えば邪悪には染まらぬか……お主、よい父御ててごに育てられたな」

「ああ、一度うちにきて父ちゃんの豆腐を食ってみな。そうそう、おからの炒り煮もうめえんだ」

「オカラ、がなにかはわからぬが、お主を討伐するのはやめておこう」

「へへっ、そうしてくれりゃあ助かるね」


「うむ、『きらず』にやるぞ」


 お後がよろしいようで……

 

 作者初のオリジナル落語、いかがだったでしょうか。

 もっともサゲの部分は古典落語「鹿政談」から持って参りましたが。

「切らずにやるぞ」「マメで帰れます」の後半部分は少しわかりにくいかと思い割愛しました。

 原典ではお奉行さまが洒落っけで「切らずに」と言うのですが、この場合は異世界の剣士(勇者か何かでしょうかね)が意図せずに口にするところがみそです。

 ではまたネタが浮かぶことを願って……

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