プロローグ
「くそっ。くそっ。」
自分の拳を強く握りしめる。自分の不甲斐なさに嫌気が差す。
「くそっ。くそっ。だんだん眠くなってきた。俺はもうダメなのか。」
自分の意識がはっきりしなくなるのがわかる。
「俺が...俺がアダムとイブだったら...」
「世界の共通言語を日本語にするのに...」
「おーい。安田。起きろー」
冬の日。英語の時間。5時間目。暖房のすぐ近く。食後。
これだけ寝るのに絶好な条件はあるだろうか。いや、ない。
その状況において、眠気というものに全く逆らわずに寝ている男がいた。うん。俺。名前は安田。
「おーい。背が小さくて女顔の安田くーん。むしろ安田ちゃーん。お前いつまで寝てる気だー」
どこからか俺を呼ぶ声がする。男の声だ。多分先生だろう。
ふつう先生があんな呼びかけをするだろうか。いや、あの先生ならするか。
これが可愛い女の子の声だったらどれだけ嬉しいだろう。
まぁ、とりあえず眼を覚ましといて、適当に返事はしておこう。怒られたくもないし。
その時...。少年安田は人生最大のミスを犯す。
「先生。俺、彼女欲しい」
男子高校生ならば誰もが言ったことであろう「彼女が欲しい」というフレーズを俺はこのタイミングで言ってしまったのだ。
俺の名前は安田。自分の言ったことの恥ずかしさを理解するまでに5秒かかった男。
寝ぼけもあったのだろう。ただ、彼が自分はとんでもないことを言ってしまったと気づいた時にはもう遅かった。
そりゃもう。クラス中笑いの渦。
「はっはっはっ。くぅ。はっはっはっ。」
放課後。帰り道。狭い路地。住宅街。
騒いだら近所迷惑になりそうな場所で大きな笑い声をあげているのは茶髪。高身長。ワックス。ピアスの友人、三宅。よく高校側も許しているもんだ。
「はっはっはっ。ひぃ。普通寝起きにあんなこと言う?てか、そもそも先生にあんなこと言う?」
三宅は今日の英語の授業の件について笑っている。
「うるせぇな。俺もあんなこと言うとは思ってなかったわ!夢みてたんだよ!夢!」
自分の失態をどうにか言い訳を付けてごまかそうとするが圧倒的に俺が不利な状況。
三宅は怯まずに傷をえぐる。
「だってさぁ安田。どう考えたって。くっ。ぷはっ。普通あんなこといきなり言わねえよ」
「だーかーらー夢!夢!彼女できた夢みたの!超幸せだったの!でも起きたら....」
起きてみたら、授業中の教室。夢の中の彼女はそこにいない。その時のショックは計り知れないものだった。
「起きたら授業中でぇ...。なんか寂しくなってつい...」
俺はすごく寂しく、儚げになった。
三宅はその姿を見てにやにやしながらこう言う。
「でも、彼女候補はいるだろ?」
「は。いねーよ。いたらこんなショック受けてねーよ!!」
自分のありったけの気持ちを込めて言った。
しかし三宅は、俺の言葉をなかったもののように話を進める。
「なーに言ってんだ。おまえの隣の席の野宮。最近仲良いじゃんか。俺には何かあるよーに見えるんですよねぇー。」
安田少年は思う。仲がいいから恋愛しろ。男子高校生はなぜこんな結論に至るのか。
仲が良くて恋愛できてたら誰も困らないっつーの。