1章-2
「それで、キリサキさんはいったい何者なんですか」
「ただの探偵助手だけど」
キリサキさんはあっさりと答えた。血糊で汚れた床を掃除しながら・・・・・・
まあ、探偵に助手はつきものだけど。しかし、僕は父から助手がいるだなんて聞いたことがなかったし、しかもこんな変な人だなんて。ちょっと信じられない。血糊で汚れてなければ肩にかかるふわふわのブロンドヘアーで、まるで外国人のような堀の深い顔立ちの美人さんなんだけど。助手というのが本当だとして、どういう経緯でこんな人が助手になるのだろう。
「信じられないって顔してるな。愛人かなんかにでも見えるかい?」
床に落ちていた血糊がべっとりついたナイフを、ポイっと適当に放り投げてキリサキさんはにやりと笑う。どうやら僕をおちょくって遊んでいるようだ。
「いや、そういうわけでは・・・」
「まあ、そりゃ自分の父親とこんなかわいい女の子が一つ屋根の下にいればそう考えるのも無理はない。でも安心すると良いよ。私たちはそういう関係じゃなかったからね」
否定しようとする僕の声を遮って、キリサキさんは言った。自分の事を[かわいい女の子]と。
正直女の子と言える年齢には見えないし、かわいいというのも違う気がするのだが、言った本人はいわゆるドヤ顔をしている。
どうやらおだててほしいらしい。
「た、確かにキリサキさんはかわいい女の子ですが、そうなんですか」
「ま、それはさておき」
せっかくのってあげたのにさておかれた。
「君の父親から遺言を預かっているんだ。今日渡すように言われていた」
そう言ってキリサキさんは机の引き出しから封筒を取り出し、それを僕に差し出す。
父さんからの遺言? もう一つあったのか。どうして二つに分けたんだろう。
少し考えつつも僕はそれを受け取り、封を開けた。中には原稿用紙が折りたたまれて入っている。
息子へ
どうだ、驚いたか(笑)
この手紙は助手のキリサキに渡してあったものだ。どういう経緯でこの手紙を読むことになるのかは俺に知る由はないが、キリサキには脅かしてやれと言っておいた。
息子よ、騙されても強く生きるのだ。
お前に詳しい事情を説明しなかったのは妙な先入観を持ってほしくなかったからだ。自分の意志と思考でここに来てもらいたかったからあえてキリサキの事は言わなかったし、もう一つの手紙には書かなかった。しかし、その結果として驚かせてしまったことは(少し)申し訳ないと思う。
さて、それでは今一度質問だ。この事務所はキリサキに一応任せた。したがって、俺の後を継ぐ責任はお前にはない。だからここまで来てしまってから言うのもなんだが、お前はお前の好きなように生きるがいい。
しかし、キリサキはお前も会ってみて気づいたかもしれないが、割とダメ人間だ。その能力を最大限に引き出せるのは彼女をコントロールするものがいるときだろう。
彼女にはお前の事は言ってあるし、彼女もそれを了承している。自分だけで好き放題やりたいとも言っていたがな(笑)
まあ、つまりすべては自由だ。存分に考えてくれ。
ではさらばだ。
手紙はこれだけだった。うーん父さんらしいな。父さんはいつも僕に考えて選べと言っていた。考えることに臆病になってはならないとも・・・
「それで? なんて書いてあるんだ? アタシは読むなと言われたから読んでないんだ」
興味深々という感じでキリサキさんが近づいてくる。さっきまでドタバタしていたから気が付かなかったけど、背が高いな・・・170cmはありそうだ。
「キリサキさんはダメ人間だって書いてありました」
「あー、まあそれは否定しないけどね」
しないんかい。
「まあ、いいさ。それで君はどうするんだ? この事務所を継ぐのか? その場合は勿論君が探偵で、アタシが助手ってことになるけど」
その前に聞いておきたいことがあった。
「えっと、僕がほかにやることがあるって言ったら、あなたはどうするんですか?」
「そりゃあ、まあ、しょうがないね。アタシが一人で続けるよ。ただし、たまには顔出してくれよ。ここの掃除は一人じゃ大変でね・・・」
その答えを聞いて僕は安心する。たぶんこの人はいい人だ。
「わかりました。今日からよろしくお願いします」
僕がそういって頭を下げると、キリサキさんは黙ってしまった。
不安になって顔を上げると、驚いたというような表情のキリサキさんが一言。
「・・・明日からじゃ駄目か?」
1-1が長すぎたので分割しました。その他若干の修正を行いました。