第一話:鉄仮面のルイと肉じゃが その二
鉄仮面ルイが街の料理店で難癖をつけて歩いているという噂はすぐに広がった。
「東方の宮廷料理を再現しろって言ってるらしい」
「そ、そんなの見たことも聞いたことねえよ」
「じゃがいもと肉と他の野菜を溶かすらしい」
「酸を入れるのか!?」
「まさか……だが相手は鉄仮面のルイだしな、もしかすると酸くらい飲み干す土地からやってきたのかもしれない」
「やはり人間じゃないんだな」
「だな」
街で酒場を営む二人の男はそういって笑っていたが、その表情は、がたんと開け放たれた扉の向こうに立つ女の姿を見て凍りついた。
「て、て、鉄仮面!?」
「ひ、ひぃ」
ルイはつかつかとカウンターに歩み寄ると、ドンと音を立てて袋を置いた。
「……作れ」
「はい?」
「……料理だ」
おずおずと二人は袋を手にし、中を覗きこんだ。
「ひぃぃぃ」
彼らは恐怖で悲鳴を上げた。そこに入っていたのはじゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉、塩だったのだ。間違いない、俺たちは見たことも聞いたこと無い東方の宮廷料理を作らされるのだ。
もしできなければ背中に背負ったあのでかい刀で斬り殺されるに違いない。首と胴体がお別れして美味しいデーソーも食べられなくなるのだろう。二人は震える手でじゃがいもを掴むと涙を流した。
「どうした?」
ギロリとルイが鋭い眼光で二人の男を睨みつけた。その目は口よりも雄弁に二人の余命がもう幾ばくもないことを告げている。
もうだめだ、お終いだ。
「鉄仮面さん」
その時、奥のテーブルに座っていた少年が声を上げた。
「ルイだ」
ぴくりと眉を動かし、鉄仮面のルイは少年にそう言い返した。
(やばい、あの坊主殺されるぞ!)
ざわざわと怯えて縮こまっていた他の客たちだったが、無謀な少年動きにざわめき立つのを堪えられない。
すっと、ルイが一歩踏み出した。
そこにいる人々は理解した。いつもルイの傍らにいる、恐ろしい獣人や魔神像のような部族戦士、得体のしれない砂の民の少女、それらはルイのストッパーに過ぎないのだ。彼らならやり過ぎない。集団で暮らしていく上での最低限のラインを弁えている。
だがルイは違う。この凶人は、あらゆる権力、ルールを意に介さない。なぜなら自分が最強だと自覚しているから。腐ったロープに従う獣はいない。
「ルイさん、料理食べたいんですよね?」
この恐ろしい状況の中、哀れで無知な少年は明るく言った。
「僕、実は料理人なんです」
そう言って少年は背中に担いだ、分厚い鍋を見せる。
「…………」
ルイは値踏みするような鋭い視線を少年に向ける。
「名は」
「カリストです」
ルイはカリストにゆっくりと近づいていく。誰かがごくりと唾を飲んだ。一歩踏み出すごとに感じる重圧に、店の中はまるで凍りついたかのように静止していた。
「作れ」
カリストの目の前まで来たルイはそう言ってカリストに食材の入った袋を突き出した。
「喜んで」
店の厨房を借りたカリストは、手慣れた手つきで食材をカットしていく。
「ぼ、坊主、鉄仮面が食べたがっている料理を知っているのか?」
「どんな料理を食べたがっているか話は聞いたけど、実際に見たことはないよ」
そう言ったカリストの手は止まっていた。それを見て店主は強い不安にかられる。
熟練の料理人となれば、喋りながらどころか無心で手元すら見ずに下ごしらえできるもの、この少年はある程度料理慣れはしているようだが、凡庸な料理人に過ぎない。
「い、今のうちに逃げたほうがいいんじゃないか? 裏口はあっちにあるぞ」
「大丈夫ですって、ルイさんそんなに悪い人には見えませんし」
あまりに楽観的、あまりに他人を信用しすぎている。この少年はあの凶人を、悪い人に見えないと言いやがった。鉄仮面が良い人なら、奴隷商人は聖人君子に違いない。店主は諦めたように首を振った。
「坊主、宗派はどこだ。お前さんの葬儀は俺が責任もって取り行うから安心しろよ」
カリストは苦笑した。まあきっと、この人も良い人なのだろう。
「お待たせしました」
テーブルの上には湯気を立てる汁の少ないスープが置かれていた。一口大に切った野菜や肉がゴロリと浮かんでいた。
「待っていない」
ルイはぼそりと呟いた。スプーンに手を付ける気配はない。
「……?」
固唾を呑んで見守っていた客達は、首を傾げた。
「は!? 分かった、早過ぎるんだ!」
客の一人が叫んだ。
「どういうことだ!?」
「今の待っていないって言葉は、鉄仮面の求めている料理はこんなに早くできないという意味なんだ。あの坊主、調理時間を間違えたんだ!」
「な、なるほど……それじゃああの坊主は」
「もうだめだ、自分から立候補しておいてこの体たらく、おそらく殺される」
絶望的な状況に人々は目を覆った。
「まぁまぁ、そう言わずに食べてくださいよ」
カリストはそう言い放つ。なんという不遜。いつ剣が抜かれるか、カリストの命は風前の灯火だ。
「…………」
だが意外にもルイは、素直にスプーンを手にすると、汁の少ないスープに手を付けた。
さくり。
十分程度の煮込み時間にも関わらず、じゃがいもは軽くスプーンを差し込んだだけで割れ、ほくほくとした湯気を立てる。
秘密はカリストの鍋にある。カリストの鍋は分厚い真鍮……ではない。同じ銅の合金ではあるが、真鍮ではなく砲金とよばれ材質を使った鍋だ。
砲金は大砲に使われる合金で圧力に強く、熱をよく伝導する。銅鍋の弱点である摩耗に対する弱さを克服し、鋼鉄鍋の弱点である熱伝導性の悪さも克服している。すぐれた材質の鍋だった。
そしてカリストが制作した特別製の蓋。カリストの師匠から教わった、圧力をコントロールする弁が取り付けられた蓋だ。
すなわち、カリストの鍋は圧力鍋だったのだ。高い圧力の中で煮込んだことにより、材料は高速で火が通りやわらかく、そして味の良く染みたものとなった。
「これは」
ルイの口角が微かにだが、でも確かに動いた。
「ま、まさか鉄仮面のルイが驚いた!?」
「いやありえねえ、おそらく驚きというほどのものじゃない。だがあの坊主の料理は鉄仮面のルイですら予想できないものだったことは確かだ」
じゃがいもを口に運び、ルイは無表情のまま……。
ぱくっ!
食べた。鉄仮面は口の中でゆっくりと咀嚼している。三白眼の目に変化は見られない。鋭い視線はテーブルに注がれたまま。食事とは、本来獲物を命を奪うことである。その獰猛さが、鉄仮面の食事に体現されている。そう誰もが感じていた。
「……ふむ」
一口食べ終わったルイはスプーンを置いた。
「だ、だめか?」
誰かがつい口に出していった。その男はあわてて口を押させる。
口に合わなかったのか。やはりダメなのか。
だが、ルイは懐から小さな象牙のケースを取り出した。そしてケースを開き、中から二本の短い木の棒を手に持った。
「あ、あれはまさか!」
「知っているのか!?」
「ああ聞いたことがある、東の大陸にある蛇の住む大地。そこの住人が使う食器のことを」
ルイは二本の棒を右手に持ち、信じがたい器用さで二本の棒を使って料理を食べ始めた。
「い、一体あれは……」
「あれはハシと呼ばれる食器だ」
「あ、あんな使いにくそうなものが食器?」
「東方の貴族たちは、本当に旨いものに巡りあった時、料理人に対して敬意を表すために、あえて不便な状態に自分を置くんだ。たった二本の棒で料理を食す。それこそが東の地の無口な貴族たちが料理人を認め、労う行動なんだ」
「なんだってー! それじゃああの坊主の料理は……」
「鉄仮面のルイが認めるほど美味いってことだ!」
男たちは思わず歓声を上げた。そしてこう思う。
俺も食べてみたい!
カリストはそんな男たちを見て、笑顔で頷くと、店主の元へ調理の許可と材料のことを聞きに行った。
その夜、カリストは料理の代金で膨れた財布をほくほく顔で、ポーチの上から撫でながら夜道を歩いていた。
がさりと、路地から音がした。
「……ルイさん?」
そこには鉄仮面のルイがやはり無表情で立っていた。
「どうしたんです?」
ルイは短く、だが鋭く言った。
「仲間になれ」