初陣
駐機場は様々な機体で埋まっていた。一番多いのは戦闘大隊の戦闘機P-19だ。予備機も含めると定数は40機強だが、試験も兼ねているのでもっと多いだろう。次に目につくのは爆撃大隊所属機だ。やはり、大柄な双発機B-12は目立つ。そして、その近くに停まっている戦闘機にしては太い胴体を持つのがA-14。どうやら俺たちが最後だったみたいだ。
ここは最も西にある軍の飛行場、ボング海軍基地。『フランシスコ』義勇軍 リバティア方面隊 義勇航空軍は、海峡を超えたリバティアの飛び地であるピラーニャ基地手前の、この基地に集結した。各隊、整備や訓練に忙しそうだ。俺たちも数日後には、海を渡ってピラーニャ基地にいる予定だ。
「おい、ポロ。ぼおっとしてないで行くぞ。新任のハイエクだったかに会いに、だ。」
「了解です、アイク大尉。」
「アイクは止めろ。アイケルバーガーかクールにしろ。」
「分かりました、クール大尉。」
アイケルバーガー大尉と共に駐機場を横切る。
「あれがP-19F Mod0かな。まだ試験中だと聞いてたんだがな。あいつなら新型のエンジンのおかげで、水平飛行なら俺たちは追い抜かれるぞ。まあ、十八番の降下速度ならまだまだ速いがな。おっ!あいつは見慣れないな。何だ、何であんなに機関砲が付いてるんだ?噂に聞くXAB-12かな?ちょっと聞いてくるから、ポロは行ってろ。」
アイケルバーガー大尉はとても生き生きとしながら、爆撃隊の方に走っていった。クールの看板が剥がれかけていることには目をつぶっておこう。
アイケルバーガー大尉の道草に付き合っていると目的地にたどり着けそうになかったので、大尉は放っておいて新品の機体にうちの隊のマークである黄色いハートの描かれたP-19の方へ歩く。中隊長の話し込んでいる人物がハイエク大尉だろう。
「中隊長!そちらの方が新任の?」
「こんにちは、少尉。私がシモン・ハイエク大尉だ。お名前を教えてもらって良いかな?」
「はっ!自分は第1小隊四番機のアール・エヴァンスであります。コールサインはケイローン2で、TACはポロであります。これからよろしくお願いします」
「聞いてるとは思うが、コールサインはナイト6、TACはポップだ。これからよろしく。」
「はっ!」
「ところで、11戦を演習で完膚なきまでに叩いたのは君かい?」
「一応、前回の演習には参加させていただきました。」
「ポロは凄かったよ。敵に追われてる時に、片側のエンジンが止まったのに、反転して敵二機を道連れにしたんだよ。」
「止めてください、中隊長!」
「大した度胸だよね。まあ、一応報告書は読んでるから。」
「誰がそんなもの書いたんですか!」
「ん?多分、11戦の参謀じゃないかな。基地司令のサインだったけどね。」
「恥ずかしいです!」
「まあ、これから活躍すれば嫌でもプロパガンダになって、国中の若い娘が君のスナップショットを持つようになるかも知れないんだから、大丈夫。」
「大丈夫じゃないです!」
「いや、待てよ。娘だけじゃなくて、少年たちも。その前に新聞に載るな!」
「更に悪化してます!」
「まあ、そうなれるように頑張れ。」
「はい。死なないように、目立たないように頑張ります。」
「私は君たちの戦闘の報告が仕事だから、特にポロ君には注目させてもらうよ。参謀部からもそういう注文だしね。」
「はあ。」
ハイエク大尉は想像していたよりも、優しげで、インテリの雰囲気漂う人物だった。赤毛に垂れ目という顔立ちもその良いアクセントとなっている。同じ大尉でも、どこぞのクールの皮を被った瞬間湯沸し器みたいな人とは大違いだ。
そして、ハイエク大尉が戦術研究のために派遣されたのは本当らしかった。これで俺たちが活躍できれば、上層部もP-10を見直してくれるのだろうか。
◆
その後はほぼ何事もなく、ボング基地からピラーニャ基地へ移動した。ちなみに、整備班は船で海峡を渡った。
やはり、間に海があったために大量の情報がせき止められていたらしい。ピラーニャ基地につくと、レンシアの現状がどっと流れ込んできた。伝え聞いていたより遥かに複雑な民族問題。芳しくない戦況。前線に行けば、更に細かい情報を聞くことになるだろう。レンシアの人にとっては、この基地は一番の奥地なのだから。
ピラーニャ基地からは小部隊に別れて各地に散らばることになる。俺たちは爆撃機の長距離護衛に回されることになった。本当なら攻撃大隊らしく近接航空支援任務をやりたかったところだと、中隊長やアイケルバーガー大尉と話し合った。
小回りの利かないP-10にとって、爆撃機を守るのはやりにくいのだ。爆撃隊に先行して制空することを提案したが、拒否されてしまった。仕方無いので、一個小隊四機のみを先行させることにした。残りの二個小隊八機は爆撃隊九機を囲んで守ることになる。先行する部隊はローテーションだ。危ないが、戦果の確実な任務だ。初陣では、一番慣れている俺たちの第1小隊に仕事が回ってくることになった。
部隊は第51爆撃大隊と共に、レンシア自治連邦の戦略的拠点の一つであるインディアスという街の郊外にある飛行場へ移動した。この街は北からの攻勢によって敵が60キロの集落まで接近している。その侵攻を遅らせてウェールランド義勇第3連隊の到着まで持ちこたえるために、敵の補給所を叩く必要があったのだ。付近では10キロ地点まで敵の航空攻撃が確認されている。心配で仕方無い。
◆
今日が俺たちにとっての初陣となる。まだインディアスに来て三日だが、状況は切迫しているのだ。燃料に余裕のある爆撃機B-12がまず飛び立ち、次に俺たちのP-10が離陸する。最後はハイエク大尉のP-19だ。隊形はB-12の前方一キロに第1小隊プラスハイエク大尉だ。更に、俺たちは爆撃隊より500メートル上空を飛ぶ。いかに早く敵を見つけられるかが勝負だ。
<リフター1からテセウス1。>
<こちらテセウス1。感度良好。>
<こちらリフター1。目標まで10キロ。来るとしたらそろそろだ。気をつけろ。>
<こちらアキレス2。西(260)に機影を確認。>
<テセウス1からアキレス2。当該空域に友軍なし。迎撃せよ。>
<ケイローン1からテセウス1、前方に敵機。まだ気付いてないな。奴さん、ずいぶんのんびりしてると思ったら小癪な。>
敵機は五機編隊で地上近くを飛行していた。アイケルバーガー大尉の言う通り、まだこちらには気付いてないないようだ。
<テセウス1からテセウス2、ケイローン1、2、ナイト6へ。テセウスが降下してやる。残りは上空から隙を狙え。>
<テセウス2、了解>
<ケイローン1、了解した。>
<ケイローン2、了解しました。>
<ナイト6、了解です。>
その声を合図にして、二機が地上へ向かって突っ込んでいく。敵機の編隊は二機を確認すると、蜘蛛の子を散らすようにバラバラになった。しかし、上空を抑えられている分、その動きは二次元的なものでしかない。
<テセウス1、発砲。>
<テセウス2、発砲!>
十条の曳光弾が吸い込まれていく。あっという間に二機に火がつく。
<テセウス1、一機撃墜。>
<テセウス2、一機撃墜した。>
<ナイト6がテセウス1、2の戦果を確認。>
<おい、テセウス2!>
一機が旋回を始める。敵機と巴戦をする気のようだ。恐らく、P-10の方が旋回性能に劣ると思われるこの状況で、そんなことをするのは自殺行為だ。
<ポロ、行くぞ!>
<了解。>
大尉も同じように考えたのだろう。ダイブしていく大尉の機体に続く。中隊長は既に上昇体勢に入っている。ここで最も早く助けに行けるのは俺たちしかいない。
巴戦を行うテセウス2の後ろに別の敵機が上から近づいていく。未だに有効射程ではないが、大尉が発砲する。20ミリの重たい音が聞こえる。
<ケイローン1、発砲!>
テセウス2の後ろの敵機は俺たちに気付いて、回避を選ぶ。しかし、更にもう一機がテセウス2の後ろをとって、発砲した。曳光弾がテセウス1の脇を抜けていく。俺たちもそろそろ射程内だ。
<ケイローン2発砲!>
引き金を押せば、曳光弾が飛び出す。
テセウス2を追っていた敵機が爆散した。うまく、20ミリが当たったようだ。
目の前を横切った敵機が更に炎に包まれる。ケイローン1の弾だろう。残りは一機だ。操縦悍を引くと、運動エネルギーが位置エネルギーに変換されていく。後ろに敵機はいない。
<ナイト6から先導隊各機。残存の敵機は撤退。繰り返す、敵機は撤退。これより爆撃隊の支援に向かう許可を求む。>
<テセウス1、許可する。各機、転戦だ。ところで、テセウス2、大丈夫か?>
返答がない。下を見れば、機体はない。
<ナイト6、テセウス2は?>
<さっき墜落した。炎が出ていなかった。中のテセウス2が直接やられたかもしれん。>
<テセウス1、了解。>
無言が痛い。先ほどまで聞こえていた爆撃隊の方の通信も途絶えている。
<ケイローン2からリフター1。現状は?>
<こちらリフター3。リフター1、2は墜ちた。護衛機もアキレス2以外やられた。>
<テセウス1、了解。そちらに合流する。>
俺たちは編隊を組み直す。形は逆V字形だ。
しばらくすると、爆撃隊が見えてくる。二機ほど煙をあげている。内一機はP-10だ。あれが唯一残ったアキレス2だろう。そうすると、爆撃隊は三機落とされて、一機中破していることになる。
その後、テセウス1、ケイローン1、2、アキレス2、ナイト6の五機で爆撃隊を囲む編隊を組む。そうこうすれば、目標の町が見えてきた。
町外れには、綺麗に整地された四角い土地が見える。そこが補給所だ。
爆撃隊が爆撃編隊を作ったとき、アキレス2が敵機を発見した。
<こちらアキレス2。南東(130)に敵機。>
<ケイローン1了解した。二人でやる。>
無線の後に、二機は編隊から離れていく。ケイローン1が上空へ上がり、アキレス2が正面から牽制する。
<アキレス2、発砲。>
アキレス2が7ミリの射程外から20ミリを撃つ。三秒ほどの射撃で、ケイローン1の攻撃前に敵機に火がついた。
<アキレス2、撃墜確認。>
<悔しいが、ケイローン1、アキレス2の戦果確認。>
二機は編隊の方に戻ってくる。その時、アキレス2の左エンジンが爆発した。アキレス2の機体はバランスを崩し、錐揉みを始める。
<メーデー!脱出する!>
その声からしばらくすると、キャノピーが外れて、パイロットが脱出するのが見えた。パイロットは少し降下した後、パラシュートを開いた。
<待てよ、パラシュートが開きってないぞ!>
パラシュートが開ききらないことで、速度が下がらないどころか体勢を崩している。俺は目を向けていることができなかった。
<駄目だ。テセウス1、アキレス2の戦死を確認。>
<ナイト6、了解。>
爆撃隊は目標の上空へ到達した。風切り音と共に、爆弾が投下される。戦闘機パイロット九人と爆撃機搭乗員八人の恨みを乗せた爆弾は大地をえぐり、ありとあらゆるものを焼き尽くす。
<南(180)に向かう車列だ。やる。>
ケイローン1が高度を下げていく。発砲の後、程なくして地上から黒煙が上がった。
<ケイローン1、三台はやった。>
戦果を報告する声に迫力がない。アイケルバーガー大尉も今回の作戦の大損害が堪えているのだろう。地上からの爆発音が止んだ。
<リフター3、爆撃終了。帰りを頼む。>
<テセウス1、了解。>
◆
帰りには敵襲はなかった。こちらの被害はP-10九機にB-12二機。敵は全て戦闘機で、七機撃墜、一機中破の後撤退。トラック三両破壊確実。戦術的には大敗。戦略的にも勝利とは言いがたい結果だった。
ありがとうございました