編隊
殺陣のせいでやたら延びた
対抗演習の連絡が来てから早一ヶ月。既に数日前に整備班から選抜された12人はトラックで第11戦闘大隊の基地であるマーリン海軍基地へ向かった。アール達四人は機体ごと空を飛んで移動する。
◆
<こちらテセウス1。ブリーフィングでも連絡したが、マーリン基地は無線管制がある。そろそろ良い頃合いだろう。周波数を変えておけ。>
<テセウス2、りょーかい。>
<ケイローン1、了解。>
<ケイローン2、了解しました。>
無線機の周波数のつまみを部隊内連絡用の周波数からコックピットに張り付けたメモの周波数に合わせる。無線で航空管制するなんて、うちの基地より遥かに空が混んでいる証拠なのだろう。
それにしても、と、ふと窓の外を見る。右斜め前に大尉の操るケイローン1が見える。更に少し離れて中隊長のテセウス1がいる。その左斜め後ろ、丁度逆V字型編隊の反対側に中隊長の僚機、テセウス2がいる。勿論、彼は普段からサボっている隊員の内の一人だ。日常生活でも彼らとはほとんど接点は無い。建前上、存在することになっている緊急発進の待機スケジュールだって訓練か怠惰で守られていないから、話す機会もないし、兵舎自体別だ。普段、最低限操縦だけはできるように、風の穏やかな日に訓練はしているらしいが、何回か見た着陸はお粗末極まりないものだった。去年はよくこんな練度の味方二機と共に戦ったものだ。
<こちら第70攻撃大隊 第3中隊のテセウス1だ。マーリンコントロール取れるか?>
<こちらマーリンコントロール。感度良好。>
<テセウス1からマーリンコントロール。こちらはテセウス1、2とケイローン1、2の四機だ。現在、マーリン基地へ接近中。機種方位西。着陸許可を求む>
<マーリンコントロールからテセウス1へ。了解した、滑走路東向へ着陸せよ。>
<テセウス1からマーリンコントロール。感謝する。テセウス1から順にテセウス2、ケイローン1、2の順で着陸する。>
ここまでは予定通りだ。中隊長は一機づつ降りると思っているらしいが、うちのやる気に満ちたクールな大尉は、離陸前に編隊を組んだままの着陸をご所望された。大尉にしては珍しいことだ。普通なら、着陸時はクラッシュした時の被害を小さくするために、十分な距離を保って着陸するものだ。編隊を組んでの着陸など、曲芸飛行でしかやらないだろう。
テセウス隊の着陸を待つために、滑走路の手前でケイローン1と編隊を組んだまま旋回する。
<テセウス1、アプローチ>
中隊長は隊の中で最もP-10での飛行時間が長いだけあって、綺麗に着陸した。
<テセウス2、アプローチ>
テセウス2は上手くない。前が中隊長だっただけに、余計下手に見える。
今度は俺たちの番だ。落ち着いて行こう。
<ケイローン1、2アプローチ>
<マーリンコントロールからケイローン2、近すぎる。アプローチをやり直せ。>
<ケイローン1からマーリンコントロール。問題ない。>
こんな所で大尉の肝っ玉の太さが発揮される。後で怒られても知らないと、忠告したのに計画を変えなかったところを見ると、大尉にはこだわりがあるのだろう、などと思っていたが、これはどうしたって後で怒られるだろう。
高度計は既に50メートルの表示をきっている。これ以上ケイローン1に近づかないように滑走路のラインと斜め前の機体を交互に見る。大尉はわざと、気持ち速めの速度を保っているみたいだ。
ゴスンという音と共に機体が揺れる。車輪が地面についた証拠だ。しかし、まだ気が抜けない。この速度だと、ケイローン1と接触しただけで大惨事だ。エンジンの回転数を極限まで落とす。エアブレーキを引き上げる。速度が段々と落ちていく。
<ケイローン2からケイローン1>
<どうした、ポロ?>
<やりましたね。>
<やったな。>
ケイローン1が先に誘導路へ退出する。俺もそれに続く。
駐機場に近づくと、他の部隊の隊員の目線が痛い。どうせ、いきなり腕をあげた70攻のパイロットに興味津々なのだろう。
駐機場では、誘導員の指示に従い、ケイローン1の隣に停める。誘導員なんて、レッドロックの整備班はやらなかったから久しぶりだ。
機体脇に取り付けられた梯子から降りると、大尉と中隊長、それにケイローン2を操縦していたダイス中尉が待っていた。
「お疲れ様。見ているこっちはヒヤヒヤしたよ。」
「やりやがったな、ポロ。」
「上手かったよ。やってるこっちも楽だった。」
「ありがとうございます。ところで、中隊長。今回の件は怒られませんか?」
「ここの基地司令、あそこでこっちは見てるおっさんなんだが、割とこういうユーモアのに寛容な人だから大丈夫。」
「はぁ。」
「それに、新人に対する特訓と言っておけば何とでもなる。」
「なるんですか?」
「うむ。付いてきなさい。」
そう言うと、中隊長は司令官の元へと歩いていく。俺たちもその後に続こうとしたとき、横から声がかかった。
「ポット中尉!いや、正しくはエドモンド・アイケルバーガー大尉か。」
大尉は声の主の方へ、重心を動かさずにくるりと向く。つられて見れば、相手は第11戦闘大隊の部隊章を付けた中佐だった。中佐に対して大尉は何の感情も籠らない声で返事をした。
「お久し振りです、レイモンド少佐。」
「今は中佐だ。まあ、そんなことより君は攻撃隊から曲芸団に転職したみたいだな。新米まで連れてきて面白い芸を見せてくれる。」
「わが隊はやる気のある隊員には頑張ってもらう方針です。」
「だからやる気のないその他大多数は暇を持て余していると?」
「私は貴官と違って、やる気のない奴を焚き付けている暇はありません。」
「大尉!貴様は前々から上官である私に対して失礼だぞ!」
「私は前任部隊で長機だったレイモンド・クック中佐を心から尊敬し、普段から丁寧な言葉遣いを心がけております。これでご満足でしょう。我々はこれから基地司令への報告をしなければなりませんので、失礼します。」
「貴様ァ!」
そう叫ぶなり、中佐は大尉の胸ぐらに掴みかかろうとした。しかし、大尉は身を僅かにずらし、突き出された中佐の手首を持って捻りあげる。同時に中佐の軸足を自らの足で払うと、顔から地面に倒れこんだ中佐の背中に膝をのせて体重をかけ、中佐の動きを封じた。
「体罰は服務規程違反です。私は貴方の監督下にはありませんし、現に私の上官がおりますので、貴方が私に対して修正する権利はありません。」
醒めた目で組伏せている中佐を見ながら、大尉はそう言った。
回りを見れば、憲兵が何事かと格納庫の方から走ってくる。基地司令は焦った様子はなく、悠然と歩いてくる。
「憲兵!組伏せている彼の上官は私だ!彼に非はない!」
中隊長がそう叫ぶ。逆に中佐は胸を圧迫されているせいで、自分の無罪を訴えることができないようだ。肝心の憲兵は、中隊長から声をかけられたことで混乱しているようだ。基地司令は逆にこちらに小走りで来ている。
「ポット、ロトから足をのけろ!」
基地司令は二人に声をかける。多分、中佐のTACはロトなのだろう。大尉はその声に応じて、中佐の上から降りる。中佐は咳き込みつつも立ち上がり、服の埃を払う。
「さて、お前ら今度は何をやらかした?」
「はっ、大尉が私に対して無礼な発言をしたので教育しようとした次第であります。」
「ポットは?」
「今はクールであります、司令。中佐がいきなり殴りかかってきたため、身を守るために制圧しました。」
「はあ。おい、憲兵!このアホ共を別々の営倉に一晩入れとけ。お前らは頭を冷やしとけ。良いですね、少佐。」
「構いませんよ。」
その返事を合図に、憲兵が二人を引きずっていく。よく聞けば、まだぶつくさと悪口を言い合っているみたいだ。
「ところで少佐。新米を連れて来るとは、中々面白いことをしているようですが。」
「はい、司令。こいつが部隊でましな奴でしたので。」
「少尉、名前は?」
「はっ。自分は第70攻撃大隊 第3中隊 第1小隊の四番機、アール・エヴァンスであります。階級は少尉、TACはポロ、コールサインはケイローン2であります。」
「ポロってのは、あれかい?あの馬でやる奴。」
「はい。父が陸軍騎兵だった影響であります。」
「うむ。もしかして、君の長機はポットか?」
「はい。大尉にはとてもお世話になっております。」
「あいつは腕は良いからな。ところで、今回の演習には君も参加するのか?」
「はい。」
「そうか。慌てて墜ちないように気をつけろ。じゃあな。」
それだけ言うと、司令は去っていった。演習の初っぱなから何だかとても疲れてしまった。
ありがとうございました
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