模擬戦
新米パイロットが実戦部隊に配属されて半年経つと、彼らも飛行時間が200時間を越える。そんな中、俺は250時間をとっくに越えていた。勿論非公式記録だが、私用の手帳には記録してある。何でこんなことになっているかと言うと、大尉のシゴキと他の隊員のサボりのおかげだ。つまり、俺と大尉、それに中隊長は他の隊員の飛行時間を埋めてあげている訳だ。ちなみに年間400時間が目安とされる飛行時間で大尉は着任二年で平均550時間、中隊長は平均500時間飛んでいるらしい。二人は基地の外に出るのも稀だそうだが、俺もなかなか出られない。
操縦の腕はメキメキ伸びている。一通りの動きはできるようになった。最近は急降下、急上昇、上空で旋回を繰り返す動きをずっと練習している。双発戦闘機は重火力なので、対地攻撃にも対空戦闘にも使う基本の機動は大切だ。その一方で、この機動は体への負担が大きい。さすがに大尉の生活に付いていくのは辛い。
◆
俺は中隊長室に呼び出され、中隊長と大尉の前に立たされていた。自分でも怒られる心当たりは無い。なんでこんな状況になっているのだろうか。
「中隊長、自分は何かミスをしましたか?」
「いや、違うんだ。今回の呼び出しは別に君を叱るためじゃない。」
叱るためではないのなら、特に大尉から漂うこの重苦しい空気は何なのか問い質したい。上官だけれども。
「そろそろ新人共は実際の機体に慣れてきて、傲慢になる季節だ。そこで、毎年軍では部隊対抗の演習をこの時期に行って、ベテランの腕を新人に見せることにしてるんだ。勿論、うちの隊からも一個小隊四機の召集がかかってる。そこで、君にもクールと共に参加して欲しい訳だ。」
「しかし、自分は新人ですし、まだまだ技術も未熟であります。」
「勿論分かっている。本来は新人が焦って無茶な機動をしないように参加させないんだが、君を選んだのは三つ理由がある。まずは、クールのことだ。今回の対抗部隊はクールの因縁の相手だ。そこで、クールの相棒はクールに選ばせることにした。そして、選ばれたのが君だ。そうだな、クール。」
「そうです。俺としても動きを理解してくれる相手の方が戦いやすいです。何より、俺の僚機はポロですから。」
大尉はそう言うと、軽く頷いた。
「二つ目の理由は機体の特性だ。分かってると思うが、うちの機体は格闘戦ができない。ダイブして、一発殴って、素早く逃げるんだ。この動きの中で君が気にしなければならないのは高度計、速度計、バックミラーだけだ。格闘戦をするより遥かに簡単だ。」
「しかし、新人は参加できないのではないですか?」
「三つ目の理由はそこだ。軍規の中に新人が演習に参加してはいけないなどというものはない。実戦で敵はベテランだろうと新人だろうと区別してくれないからな。
そして、演習の命令書、計画書にも制限の規定はないんだ。安心してくれたまえ。繰り返すことになるが、実戦が本当の仕事なのでな。さて、何か異議はあるかね。」
「ありません」
「自分と大尉はペアを組みますが、中隊長はいかがなされますか?」
「一応、私にも僚機はいるのでな。そいつの尻を蹴りあげてやるよ。まあ、急降下、急上昇戦法に僚機は必須ではないから、当てにはしないがな。それで、他には?」
「ありません。」
「よろしい。これからも訓練をがんばりたまえ。」
俺と大尉は敬礼して、中隊長室を出た。
「大尉、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「これからの訓練はどうなりますか?」
「今のお前はまだ回りが見えていない。まあ、経験不足はどうしょうもない。」
そう言って、大尉は左腕の二本の白帯、五年で一本増える勤続章を見せた。ちなみに、中隊長は三本である。
「それは、離脱時や索敵の時に不利になる。他にも、演習で射撃を喰らってパニックになるかもしれない。後は、指先が固まって、機関砲を打ちっぱなしになったりな。だから、今までよりもっと実践的にやるぞ。」
「具体的にはどうなりますか?」
「お前は逃げる。俺は撃ちながら追う。チャンスがあれば、反撃も可。いや、それだと余りに不利か。よし、お前が追うところからで良いぞ。但し、正面攻撃は危ないから無しだ。良いか?」「はい!」
半年飛んで、大尉の予想以上に上達しているところを見せてやろうと意気込んだ。
◆
「いや、飛行時間260時間にしては頑張ったぞ。」
クックックと笑いながら、大尉は俺の肩を叩いた。俺は模擬戦で旋回戦に持ち込もうとして、失速しかけたのだ。
「今回は演習だと分かっていたから良いが、旋回戦は絶対にやるなよ?実戦で死ぬぞ?」
「分かりました。」
「今回の相手は北方航空軍 第11戦闘大隊だ。所属機体はP-19D、新型だ。前回より更に速度の差が小さくなってるはずだが、何とかするしかない。頑張るぞ。」
「はい!」
そうして、演習は日に日に近づいてきた。
ありがとうございました
次回は2/25更新予定です