訓練
やっと空っぽいお話です
着任の翌日から訓練が始まった。使う機体はP-10Cを二人乗りにしたP-10CTという機体で、昨日エンジントラブルを起こしたのはこいつだ。大尉は初日からしっかり俺を鍛えるつもりだったらしい。本人は壊れたエンジンを毒づいていたが、俺としては七時間強も移動した後に訓練が無くて、大助かりだった。
さて、実際に飛んでみると、兎に角速い。初等飛行実習で使った複翼練習機なんて比較にもならず、高等飛行実習に使った戦闘機の複座型であるP-19BTだって遅いだろう。何せP-19で急降下するような勢いで水平飛行するのだ。飛行中はその速さに圧倒されっぱなしだった。更に着陸速度が速いわ旋回性能は著しく悪いわで果たしてこんな機体が扱えるのか不安になった。
地上に降りると、大尉が話しかけてきた。
「おい、ポロ。どうだった?P-10は癖が強いだろう。」
「はい、大尉。自分に扱えるのか不安に思うような性能でした。」
「お前にはこいつを乗りこなしてもらわないといけない。まあ、隊でも俺と中隊長しか使い物にならないがな。」
「えっ」
「ああ、いや皆操縦はできるんだか、戦闘機動ができるのが俺たちだけでな。何せ、俺たち以外は戦術研究もしてないんだ。」
「それって色々と問題がありますよね。」
「その通りだよ。この前に小隊模擬戦を第11戦闘大隊とやった時も始まって十分持ったのは俺たちだけだった。その後に標的母機だの串焼きだの言われた訳だ。他の奴らは悔しくないのか!」
大尉は忌々しげに顔をしかめ、唾を吐き捨てて、踵を返して歩き始めた。
「大尉!自分は頑張りますので、そう腐らないで下さい。」
大尉の背中にそう声を掛ければ、彼は振り返らずに言葉を返した。
「対戦相手は元の所属先だった。左遷されても俺の方が優秀だと証明してやるチャンスだったのに。クソッタレな奴らのせいで時間切れで引き分けだった。」
「四対一で逃げ切ったなら大尉の方が」
「奴を落とさなきゃ賭けは勝ちじゃなかったんだ。他の奴を落としても、意味が無かったんだよ!」
大尉はそう叫んで早足で兵舎へ戻っていった。
◆
翌日の朝はとても気まずかったが、そう思っていたのは大尉も同じだったらしく、昨日のことについて謝罪された。
今日は俺が主に操縦悍を握るので、複座の前に座る。エンジンが二つあるために単発の練習機よりメーター類が多い。いくら後席から操縦できるといっても、二日目にして初心者に操縦悍を任せる大尉の肝っ玉の大きさには恐れ入る。
自走して、滑走路という名の草原へ向かう。プロペラが目の前に無いので、視界は広い。滑走路の端でコックピットから再度の点検をして、ブレーキを解除してエンジンの回転数を上げる。エンジン音が大きくなり、機体が震えて、ゆっくりと前に滑り出す。どんどんと速度が上がり、これまで経験した滑走とは一線を画す速度で走る。速度計を見て、十分な速さと判断する。操縦悍を手前に引くと、フワッとした感覚が離陸したことを教えてくれる。
<自分でやるとやっぱり気持ちいいですね。>
前後で声が届かないので、同じ機体内でもマイク越しの会話だ。
<この機体は速い分、より気持ちいい。だが、こいつの戦術機動はもっと気持ちいいぞ。高度を5000メートルまで上げろ。そこから一気にダイブだ。>
<了解です。>
この機体は攻撃機への改造によって、構造強度が増して、エンジン出力全開で出せる速度より最大下降速度が遥かに速い。つまり、急降下による一撃離脱が向いている機体だ。但し、想像を絶する速さと迫り来る地面への恐怖感を押さえるには慣れが必要だ。
高度計が4950を示す。操縦桿を目一杯押すと機体が一気に下を向く。重力が体にのし掛かる。速度計と高度計が鏡合わせにに回る。窓に描かれた分度器と地平線は60°を示している。
<ポロ!速いぞ!対地角を15°にしろ!>
操縦悍を手前に引く。この非常識な速度はエンジンの力ではなく、重力の力なのでこの操作だけで速度はがくりと落ちる。
<おい、ポロ!返事をしろ!>
<は、はいっ!>
<こんなことで放心するな。この後に敵機を狙って撃たなきゃならんのだぞ。>
<了解であります。>
<まあいい。どうせそのうち慣れるだろうよ。>
ひとしきり飛んだ後は旋回して基地に戻る。最後には着陸が待っている。この機体の着陸は怖い。やっぱりコイツは着陸の時も速いからだ。車輪を出して空気抵抗によるブレーキをかける。それでも練習機に慣れた身にとっては恐怖感を覚える速度だ。
<クール!失速寸前の速度なのに無茶苦茶速いです!>
<慣れろ!>
そんなこんなで訓練は始まり、俺はいつしかP-10が相棒となっていた。
ありがとうございました
次回は2/20更新です。




