着任
ちょこちょこ分かる人には分かるような小ネタが入っていますが、分からなくても大丈夫です。
メンフィスベル基地から西へ汽車で五時間、モスフィールドという名のさびれた駅へ迎えを送る。そんな内容の電報をふと思い出しながら、俺は車窓を眺めていた。心の中は航空徽章を取った喜びと知らない世界へ飛び込む不安に満ちていた。
モスフィールドは本当にさびれた町だった。近くに軍隊が駐留しているのだ。もっと活気があってもいいのに、それが最初の感想だった。
駅舎を出ると、一台の小型軍用車が停まっていた。これだろう、と目星を付けて近づいていくと、車内の人物も気付いたのか、車を降りてこちらへ向かってきた。出迎えの人物は何と少佐だった。
「北方航空軍 第70攻撃大隊に新たに配属されました、アール・エヴァンス少尉であります。基地まで輸送していただけると連絡を頂きましたが、合っているでしょうか。」
「ああ、そうだ。私は第70攻撃大隊 第3中隊長のアルバート・パークだ。階級は分かると思うが少佐だよ。一応、飛行機乗りで、コールサインはテセウス1だ。これからよろしく、エヴァンス少尉。」
少佐と握手を交わした後、少佐の車に乗った。
「なんでこんな雑用を中隊長がしているのか疑問に思っているだろう、エヴァンス少尉。」
「はっ、その通りであります。それから、自分はアールで大丈夫であります。」「海兵隊みたいにそう固くならなくて良いよ、エヴァンス少尉。それから、伝統として新任隊員にはTACネームが付くまではファミリーネームで呼ぶんだよ。それで、だ。知っているかもしれないが、うちの中隊の機体はP-10C。オンボロな上に癖の強すぎる機体だ。一応君の長機には上手いパイロットを入れておいた。うちの隊は戦闘機乗りの左遷先として有名でね、とても士気が低いんだ。君にかは絶対に彼らの真似をしてほしくないんだよ。」
そう言って中隊長は寂しそうな顔をした。
「まあ、気に留めておいてくれ。ところで君の長機はエドモンド・アイケルバーガー大尉。コールサインはケイローン1だから君はケイローン2になるだろう。彼のTACはクールでね。冷静な努力家だよ。信頼して付いていけば、きっと先は開けるさ。」
基地までの二時間、中隊長の状況説明という名の世間話は続いた。何でも、左遷先に相応しく、飛行訓練も碌にしないため、事務仕事が少ないらしい。俺をこんな所でやっていけるのかと不安にさせるのには、その二時間は十分すぎる程の時間だった
俺が配属されたのはレッドロック基地という名前だった。周りは荒野。はっきり言って戦略的価値は無い、そう断言できる場所にあった。一応、非常用の滑走路がもったいないから部隊が配備されているらしい。水は近くに川があり、割と豊富に確保できると言うことだ。
基地に到着した。今はアイケルバーガー大尉は空にいるらしい。そんな説明を受けていると、腹に響くエンジン音が聞こえてきた。音のする方向を見れば、灰色に塗られた双発機が今まさに着陸しようとしていた。
「おお、丁度良くクールが帰って・・・・き・・・た?」
「どうしましたか?」
「エンジンが片方動いてないぞ!」
そう言うなり少佐は駆けだす。勿論、俺も優秀と言われた長機を失ってはいけないと後に続いた。
結論から言えば、アイケルバーガー大尉の機体は制御できていて、安全に着陸した。 大尉は既に俺が来るとの連絡を受けていたそうで、機体を駐機場に停めると、迷いなくこちらへ歩いてきた。流石にパイロットだけあって、目は良いらしい。
金髪に茶色い目をした大尉はこれまで見てきたパイロットの中でも特に細身で、すぐに折れてしまいそうな体格だった。
「貴様がエヴァンス少尉か?」
「はっ!本日付で第70攻撃大隊 第3中隊 第1小隊 四番機に配属されたアール・エヴァンス少尉であります。航空徽章を取ったばかりの若輩者ではありますが、これからよろしくお願い致します。」
「俺はエドモンド・アイケルバーガー。階級は大尉でコールサインはケイローン1だ。俺のTOCはクールだから、まあ、何だ、クールでもクール大尉でも大尉でも好きに呼べ。俺は前の部隊で指揮官と喧嘩して、ここに飛ばされて来たわけだが、貴様は何で新任でここに来たんだ?」
「はっ、自分は成績が悪かったのですが、どうしても戦闘機に乗りたいという願いを担当教官が叶えて下さった次第であります。」
「ああ、それは嘘だ。只でさえ攻撃機乗りは志望者が少ないのに、悪名高い70攻の3中隊になぞ有望なパイロットは送りたくなかっただけだ。で、貴様の趣味と家族構成を教えろ。アピールポイントがあるならそれでも良い。」
大尉の言葉に少なからぬショックを受けながら、俺は話を続けた。
「趣味はポロ、父は陸軍騎兵中佐で、母と姉、妹に弟が二人おります。アピールポイントは・・・乗馬ができることであります。」
「ポロができるなら、乗馬もできるだろうな。」
大尉はクックックッと笑いながらそう返した。冷徹そうな顔に似合わず、陽気な人なのかもしれないと思わせる言葉だった。
「よし!貴様のTOCはポロだ。気が乗らんが、隊の全員に知らせねばらなん。」
「そう言うな、クール。」
その後は中隊長と大尉の後に続いて、基地内を歩き回った。
聞いていた通り、隊の士気はとても低いものだった。パイロット達は緊急発進の準備もせずに、トランプをしているか、寝ているかの二種類しかいなかった。何でも、真面目にやっているのは中隊長と大尉のみらしい。
対照的だったのは整備班だ。第3中隊は余剰のP-10を全て引き受けて、予備機やパーツの予備としているらしく、やたら元気のいい大尉の元で忙しそうに働いていた。
専門用語が多くて、申し訳ありません。なるべく分かりやすく書いていますので、何か疑問がありましたら、感想からお知らせ下さい。
ありがとうございました