2話
「いい加減、呆けるのは止めろ。」
そう言って青年が私の肩を掴もうとした。
身をかわし、二歩ほど後ずさる。
「生意気な! 餌の分際で!」
人間扱いされていないとは思っていたが、餌とは。
ハッピーでラッキーなファンタジーが羨ましいけど、こういう最低最悪のファンタジーも嫌いじゃない。
少なくても良心の呵責を感じなくて済むのがありがたい。
「餌とはどういう意味かしら。」
私が初めて発した言葉に青年は面白そうに笑った。
「ほう。餌が気になるか。」
顔立ちの整った青年の性根が透けて見える卑しい笑顔だ。
「おまえは我が国の守護龍に与える餌だ。二十年に一度、我が国は異世界の女を守護龍に与えている。守護龍が異世界の女を望む故、召喚して与えているが、それでは我が王家の益とならぬ。国民にも諸外国にも、我が王家の王女を供物の姫として守護龍に捧げていることになっている。」
「二十年に一度の供物の姫ねぇ。」
「おまえの名前はアマーリエだ。二十年前に生まれた我が王家の供物の姫としてな。」
私で六度目。
この王家だか王国だかの為に、過去に五度も異世界の女性が生贄になった。
彼女達には何の関係も無いのに、このダークファンタジーの世界に拉致されて龍に食われた。
彼等の召喚条件は「魔法が無い世界の住人」「付属物の無い身体のみ」だった。
つまり、召喚対象から魔法で反撃されないため、道具や技術が発達した世界の付属物で反撃されないためだろう。
「龍に食わせるのは三日後だ。それまでは、私とそこの護衛騎士達で遊んでやる。おまえのような下賤な女が王子である私や貴族である近衛に奉仕できて嬉しかろう。」
世界は変わっても拉致被害者はこういう思いをするんだろうか。
あまりにも下種すぎて、言葉もない。
三日後に死ぬと分かっている異世界の女なら後腐れなく好き勝手できる玩具になるわけだ。
周りの護衛騎士と思われる武装した男達も、魔術師と思われる杖を持った男達も、誰もが王子の言葉を当然と受け止めていた。
嫌悪感を少しでも表すような・・・まともな人間はいなかった。
「ありがとう、王子。この世界に召喚してくれて。その下種な本性を赤裸々に聞かせてくれて。踏ん切りがついたわ。良心の呵責は無しで、私も好き勝手させてもらうわ。」
私はにっこりと笑った。
「おまえ、なにを。」
王子が何かを言いかけた時、魔術師の一団が床に転がった。
達磨のように転がっている。
両手と両足が付け根から切れているのだから当然そうなる。
口からも血を吐いて床を真っ赤に染めている。
息苦しいのか豚のように呻く。
「魔法の種類がよく分からなかったから、舌を切ったのよ。」
魔術師の口もとの血だまりにはピンク色の平べったい肉が落ちている。
「喉に詰まらせて窒息死するかと思ったら、案外しぶといのね。あ、でも二人ほどチアノーゼ反応。この状況だと、窒息死二人、残りは失血死か、ショック死というところね。」
「な。な。な。」
状況が分からないのだろう。
王子が茫然と言葉にならない音を呟く。
「魔法が無い世界の住人だから反撃されないと思ってたんでしょう?」
床の魔法陣を床ごとバラバラに切り裂いていく。
手を使う必要はない、詠唱も必要ない、ただ念じるだけ。
私は王子と護衛騎士達の周りに切り裂いた床石を積み上げる。
床から天井までみっちりと隙間なく、何重にも。
どうやらようやっと再起動したらしく、自分達の周りを覆った床石に対して切りつけたり、体当たりし始めたが、床石だけではなく周りの壁石も剥がして周りを固めているのだから、トンネルの落石事故と同じで人力でどうこうは無理というもの。
どんどんと煩いので、床に転がっている魔術師達を王子達の隙間に転送してやった。
真っ暗の中で血まみれの肉塊が降ってきたせいか、音階がずれた悲鳴が聞こえてきて、その後少し静かになった。
隙間だらけになった地下室で、裸のままの自分を思い出し風邪を引きそうだから一度戻ろうと思った。




