第三話 トラクの森にて
俺は今報告のあったトラクの森にいる。
ディルに俺自身が行くことに反対されたが、こういうことは自分で見ることが大事だ。
というより、体が勝手に動いていた。のほうが正しい。
部下の報告を聞いた瞬間、ディルの言葉を最後まで聞かないまま、転移の魔法を使っていた。
月明かりだけを頼りに、トラクの暗い森を進む。
部下の報告によると、地図のトラクの森の中心にピタリと魔法針が反応したそうだ。
魔法針は、とくに巨大な魔力に反応し、そこを指差す。
(……湖、か。)
トラクの森の中心には湖がある。
そこに巨大な魔力の正体がいるようだ。
一体だれがこんな巨大な魔力を生み出せるのだろうか。
…いったい何のためにこんな魔力を使って一体どんな魔法を行使したのか…。
……もしやこのリーフ国を脅かすものではないだろうか……。
嫌な考えが頭から離れない。
真っ暗な闇の森をゆっくりと、確かに進んでいく。
このトラクの森には魔獣の一族、白銀の狼ミラ族が住んでいる。
あんな巨大な魔力を間近で触れると、人間は狂って死に絶えるだろう。それほどの魔力だ。
いくら魔獣といえども、この巨大な魔力の瘴気を近くであてられて、狂っているだろう…。
それが魔法を使ってあたりを明るくしない理由だ。
とにかく、ミラ族を刺激しないように、慎重に進むしかない。
とにかく、周りに気を配りながら歩いていると、風に乗せられてかすかに音が聞こえた。
『…………………――え――――――――――――い…――――――――』
(……?)
女の声だ。耳を澄ませる。だが、歩みは自然と速くなっていくのを感じた
『――――わ――――――――…あ―――――………』
まるでその声に導いてもらっているかの様に、足が勝手に動く。
進むべき道を最初から知っていたかのように。
声は徐々に大きくなる。その声の主に近づいてきたのだろう。
―――そして、見えた。青白い月明かりに照らされて、黒髪の少女が湖のほとりに立っていた。
少女はゆっくりと息を吸い、凛とした姿勢で月を見上げながら歌っていた。
聞いたこともない、神秘に包まれた言葉で。
『おいで おいで
私はあなたを誘うもの
あなたは私を導くもの
おいで おいで
私は魂を誘うもの
あなたは魂を導くもの
あなたしか知らない場所
天の果てへ
連れて行ってほしい』
肌寒い空気の中、少女の声だけが空気を震わせ、自分の心でさえも震えていた。
思わず息をのむ。思考が完全に止まった。
青白い月明かりに照らされた少女は、今にも崩れ落ちそうなほど、か弱く繊細なガラス製品を思わせた。
(……きれいだ。)