はじまり
飾り気のない携帯を開く。新規メールで、唯一登録されているアドレスを呼び出し、一文字も打ち込まずそのまま送信した。完了の報告を認めてから、お決まりのボタンを押し、携帯を閉じる。この一連の動作を、どれだけスムーズに終えられるかが、その日一日の調子や気分を左右するといっても過言ではなく、また自らに残された猶予の程を知る重要なサインだった。
癖のついた手を見る。操作する動作が慎重になった。とはいえ、震えがこないだけマシなのだろう。
他人事のように思い、かれこれ一月以上鍵をかけたままの窓から外を見る。流れる雲の形と配置が、これまでになく美しい。
利き手が疼いた。己の創作意欲が、切り取るに相応しいと見込んだようだ。キャンパスと椅子、それに画材がぶちまけられたキャスター付きの小さなテーブルを、ひとつずつ順に窓際へ寄せた。
ピリリリ、と静謐な空間を裂く電子音。食卓机の上に置いた携帯が瞬いている。
『朝食をとること。』
無題の返信メールには、お馴染みの文章。毎度のことではあるが、句点まできっちり欠かすことなく打ち込んでいる。我が弟ながら、マメな男だ。
空を仰いだ。雲は絶えず流れている。
「……」
このメールは見なかったことにしよう。一人納得し、携帯を同じ場所に置いた。
人の体は繊細のようで融通が利く。不足分のエネルギーは、言葉通り身を削って補われるだろう。一食抜いても死にはしない。寿命は縮まるかもしれないが、今更である。
――昼は、ちゃんと食べるから。
心の中で、そっと弟に対する言い訳を済ませ、椅子に座った。頭の中はすでに切り替わり、ありふれた両目が空を追う。自然と瞬く数が減り、逃すまいと必死になる。整理がつくと、意識するまでもなく手が動き始めるのだ。
彼は画家。鬼才の画家。これから死に逝く、儚い者。
なにを間違ったか死ネタ。いかん胸がキリキリする。
書き終えてないけど頭の中ではだいぶ形になっている、つもり、なので上げてみた。