巨石
それから30分ほど上流に進むと、前方に大きな岩があるのがわかった。
私たちは川から出て、大きな岩の方角に進む。
そこには、大きな湖ができていた。
「ねぇ。こんな湖があったって知っている?」
と姫様は尋ねた。
「いやぁ。初めて見ました。こんなところまで来るのも初めてですから」
とドンは目を丸くして湖を見ている。
姫様は辺りを見渡している。
周りには切り立った崖があった。
「たぶん、
あの崖からこの岩が落ちて、
川を塞いだのね」
と姫様は指さした。
「姫様、どうするつもりですか?」
と私は尋ねた。
「この岩をどけましょう」
とドンは腕まくりをする。
「むやみに動かすと、洪水で一気に下流は壊滅よ」
と姫様は肩を落とした。
「しかし、このまま放置することもできませんし」
と私は呟いた。
「ねぇ、
ジュナ……。
ここ水の精霊の気配がしない?」
と姫様は言った。
私は目を閉じ、意識を集中させる。
微かに水の精霊の気配がする。
「します。ただ非常に薄い」
と私は答えた。
「私……、見てくる」
と姫様はそう言い、服を脱ぎだした。
あわてて、私はドンの目を塞ぐ。
(どぷん)
姫様は、湖の中に裸で飛び込んでいった。
数分後
(はぁ、はぁ、はぁ、はぁ)
姫様は、湖の中から出てきた。
私はドンに目隠しをし、
清潔な布で姫様の身体を拭く。
姫様は服を着て、
髪の毛を布で拭く。
ドンは薪を集め、火を起こした。
火で体を温めながら、姫様は言った。
「精霊に似た存在はいた」
「精霊に似た存在?」
と私は聞き返した。
「少し難しい表現になるのだけど、私たちの知っている精霊は、多少なりとも意思があるでしょ。でもこの精霊に似た存在には意思は感じない。ただエネルギーとしてそこに流れ続けているだけなの」
と姫様は困惑した表情で答えた。
私は意思を感じないことについて考えた。
そして、すぐに御しがたいことを理解した。
「意思がないのなら、制御しにくいということではないのですか?」
と私は尋ねた。
「さすがね。そう、交換条件。対価が存在しないという事なのよ」
と姫様は腕を組んでいる。
私は、恐ろしい結論に達した。
「……この辺りでは、精霊術が使えない」
と私は呟いた。
「あぁ、それ私が言いたかった奴なのに」
と姫様はむくれた。
「あぁ、姫様、ごめんなさい」
と私は手を合わせる。
「まぁいいわ。
そう、可能性の一つとしてだけど、精霊術が使えないかもしれない。
でも……、
野良の精霊の話って習わなかったっけ」
と姫様は考え込んでいる。
「ありました。
野良の精霊……、
たしか、旧聖耳長物語じゃなかったですか」
と私は答えた。
「そうそう。それ。あれどんな話だっけ?」
と姫様は言った。
「たしか、精霊を褒め倒して接待漬けにして、たらしこむみたいな話だった気がします」
と私は答えた。
「言い方は微妙だけど、そんな感じよね」
と姫様は笑った。
「……しかし、どうします?
教科書通りにはいかないケースですよ」
と私は姫様を見た。
「まず一つずつ詰めていきましょ。最終的には、岩を取り除くか別ルートを回遊させて、川に水を流すっていう事が重要よね」
と姫様は確認をした。
「そうです。しかし、姫様が言われる通り、洪水の可能性があります」
と私は答えた。
「そうよね。それで洪水の可能性を減らすには、精霊を制御するか、もしくは別のルートを模索するしかない」
と姫様は言った。
「洪水を減らすには、湖に溜まった水を吸い出せばいいんですよね」
と私は尋ねた。
「そうね。なにかの筒のようなもので吸い出すことができれば、いいのよ。でもそんな事、巨人でもいないとムリよね」
と姫様は苦笑いをした。
「エルフガルド王国に、高いところに水を上げている用水路がありましたけど、あれはどうやってるのですか?あれは精霊術」
と私は尋ねた。
「アレは風車を使って、バケツを回転させてあげてるのよ」
と姫様は答えた。
「水を上げるのは大変だけど、下げるのは簡単なんですよね」
と私は呟いた。
「あのさ……。
筒の中に水を入れて、それを下に降ろせば、自然に流れるんじゃないの?」
と姫様は言った。
筒の中に水を入れて、下に降ろす。
たしかにありえそうだ。
「ありえるかもしれないですね」
と私は半信半疑ながらも言った。
「ただ問題はその筒よね。
そんな筒が都合よくあるかしら」
と姫様はドンの顔を見た。
「あそこにある植物みたいなのは、どうですか?」
とドンは指を差した。
「あぁ……、
あれは、たしか竹という中が空洞になっている植物です」
と私は姫様を見た。
「見てみましょ」
と姫様は言った。
私たちは竹に近づく。
たしかにまん丸で筒のような形状をしている。
ドンに一つ切ってもらう。
ただ、中は空洞だが、仕切りのようなものがついていた。
「これじゃあ。水は通りませんよね」
と私は言った。
「この蓋みたいな、仕切りみたいなのは取れないの?」
と姫様はドンを見た。
ドンは、棒でつついたり色々やるが、上手くいかない。
「ここで水が止まってる事はわかった。あとは村に帰って考えないか?
村には元職人の爺さんが何人かいるから、この植物を持っていけば、上手くやってくれるかもしれない」
とドンは答えた。
姫様が同意すると、ドンは竹をいくつかに切って、紐でくくり背負った。
私たちは、湖をあとにした。
行きは不安だったが、帰りは気楽だった。
「姫様良かったですね。これで村はなんとかなりそうです」
と私は姫様を見た。
姫様は少し考え込んでいる。
浮かない表情だ。
「姫様どうされたのですか?」
と私は尋ねた。
「……つまらないことだからいいわ」
と姫様は言った。
「姫様はよくおっしゃってました。会話からつまらないものを取り除いたら、なにも残らないと」
と私は笑った。
「そうね。
いや……ね。
結界を張りに行く前にね。
隠れてケーキを食べようと思ってたの。
それで急に部屋にあなたが来て、
思わず、引き出しにケーキを隠したの。
あれどうなってるのか不安になって」
と姫様は真顔で答えた。
「それは、不安ですね」
とドンは笑った。
「そうよ。きっとおぞましい事になってるわ」
と姫様は眉をひそめた。




