ジュナ……、起きなさいよ。起きなさいってば……
ジュナ……、起きなさいよ。起きなさいってば……
(ジュナ……、ジュナ……、起きなさいよ。起きなさいってば……起きないなら……ふー)
「ひゃー」
私は耳がくすぐったくなって、飛び起きた。
姫様が私を見て、笑っている。
「ジュナって本当に面白いわね」
と姫様は笑った。
私は辺りを見渡す。
ここはどこだろう。
たしか森の中を歩いていたはずだったが、ここは荒地だ。
「姫様、ここはどこですか?」
と私は尋ねた。
「こっちが聞きたいわよ」
と姫様はため息をついた。
「最後の結界を張り直しに行ったところまでは覚えています。
たしか空間がぐにゃりと歪んで……」
と私は状況を思い出す。
「私もそこまでは同じ。でも、あそこは森だった。今は荒地……」
と姫様は周りをきょろきょろしている。
乾いた風が、ふーっと吹き抜けるのみで、空気の湿り気を感じない。
「護衛のものは?」
と私は尋ねた。
姫様は首を横にふる。
「これを見てみて」
と姫様は、私に一枚の金属製の板を手渡した。
「姫様……、これは?」
と私は尋ねた。
「これは盾なの。でもね。ほらここでキレイに切れている」
と姫様は盾の切断面を見せた。
それは割れたでもなく、
なにかで切ったでもなく、
もとから存在しなかったように、
鋭利に、切れていた。
私は一つの可能性に至った。
「強制転移」
と私は呟いた。
姫様は私の目を見て、
そして視線を落とした。
「そうね。
その考えが妥当ね。
そして、この断面が意味することは……」
と姫様は問題を投げかけた。
「全体ではなく、部分的に転移した可能性ですか?」
と私は尋ねた。
「そうね。怖いことだけど……、
護衛達が無事だといいけど」
と姫様はうつむいた。
私は姫様が唇を噛みしめる姿を初めて見た。
……
私たちは、30分ほど辺りを散策したが、これと言って成果がなかった。
幸い数日分の食料と水はあったので、しばらくの間はなんとかしのげそうだ。
「姫様……、
ここら辺は精霊の気配がありませんね」
と私は言った。
「ジュナもそう言うなら、そうなんでしょう。
私も話しかけてるが、返答はないの」
と姫様は疲れた表情をしていた。
なんとか、姫様を支えなければ……、
しかし、どうやって。
「姫様……、
エルフガルド王国では、どこでも精霊と話ができました。
それが出来ないという事は……」
と私は問いかける。
「ジュナ……、
それは教科書的には正しいけど、一部違うの。
あまり知られていないのだけど、精霊と話ができないところがある。
邪気が多いところ。
そして、精霊が認知されていない所よ」
と姫様は答えた。
精霊が認知されていない所、
聞きなれない言葉だ。
「邪気はなんとなく、わかりますが、
精霊が認知されていない所というのは?」
と私は尋ねた。
「これは、王族と一部の者のみしか知らないことだから、他言は無用ね。いい?」
と姫様は厳しい顔で私を見た。
「もちろん。神に誓って」
と私は言った。
「スイーツにも誓いなさい」
と姫様は笑った。
「わかりました。スイーツに誓います」
と私は姿勢を正した。
「精霊というのは、ある種の信仰体系なの。
信仰があるから、精霊が形になる。
信仰がなければ、それはただの現象になる。
つまり、信仰というのは、現象を精霊に縛る呪いなのよ」
と姫様は言った。
言っている意味がわからなかった。
私は、姫様の話を何度も頭の中で、反芻した。
「わかるような……、わからないような」
と私は苦笑いをした。
姫様は疲れた表情に笑みを浮かべた。
「私だって、完全に理解してないから、すぐに理解してたら蹴とばしてたわよ。
要はね。
たぶん答えはあるってこと」
と姫様は、私の背中を叩いた。
……
しかし、早めにどこかに移動しないと、荒野にずっと佇むわけにはいかない。
そう思っていると、
姫様が急に荷物をまとめはじめた。
「姫様、どうされたのですか?」
と私は尋ねた。
「食べ物の匂いがするわ。こっちよ」
と姫様は言った。
まったく匂いがしない。
でも姫様は一人どんどん進んでいく。
姫様が美しき野獣と言われるのには、
いくつか理由がある。
その一つが鼻の良さだ。
気が付くと、もう10mほど先に行っている。
私も荷物をまとめてついていく。
30分ほど歩いただろうか。
遠くに人里のようなものが見えてきた。
私たちはそちらに向かう。
50軒ほどの民家が、
立ち並ぶ見たことのない村だった。
村は閑散としており、活気がなかった。
村をうろうろしていると、一人の老婆に出会った。
外観はエルフ族のようであるが、耳はあまり長くはない。
ハーフエルフなのだろうか……。
「私はエルフガルド王国の巫女ティナ、こちらは側仕えのジュナです。ここはなんという地名ですか?」
と姫様は尋ねた。
「エルフガルド王国?聞いたことがないですね。異国の方ですか。この地は特に名前がありません。ただ荒地と呼ばれております」
と老婆は答えた。
「私たちのような、身なりの見知らぬ者をみかけませんでしたか?」
と私は尋ねた。
「知りませんねぇ。あなた方は、迷子になられたのか?」
と老婆は言った。
「お恥ずかしいですが、迷子なのです。連れとはぐれました」
と姫様は頭をかいた。
「そうか。そうか。
お困りなら、しばらくうちに泊まるといいじゃろう。
私は独り身で暇なのですよ」
と老婆は笑った。
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
と姫様は頭を下げた。
私も深く頭を下げた。
私たちは老婆の家にしばらく世話になることにした。
石でできた質素な小屋のような家だった。
家にはベッドがひとつしかなく、
私と姫様は藁の上で寝ることとなった。
私は老婆に交渉をしようとしたが、姫様に止められた。
私たちは、老婆にこの辺りの地図はないかと聞くと、村長が持っているというので、村長のところまで案内してもらった。
村長すらも、エルフガルド王国の名は知らなかった。
相当遠くに飛ばされてしまったようだ。




