ティナという美しき野獣
桜、陽炎、線香花火、シャボン玉。
これらの言葉が、なぜ心を打つのか……、
考えたことがあるだろうか?
私は彼女に出会った日、
その理由に気がついた。
一瞬で散る。
その儚さに、憧れるのだと。
私達、エルフは長命の種である。
それは神からの恵みなのか、
それとも神からの罰なのかは、
わからない。
しかし……、
その当時の私は、
神からの罰だと解釈していた。
そして、
その罰は彼女の出現で、
赦された。
彼女は言った。
「あんたねぇ。この子のこと、
くだらない理由でバカにしてるけど、本当のバカはどちらかしら?
あんたの成績知ってるわよ。
ここで大声で叫んでみましょうか?」
教室の中から、くすくすと笑い声が聞こえた。
凍りついた教室は、彼女の言葉で、強い日差しに晒された雪のように、スーッと溶けた。
私をバカにしていた男子達は、
彼女の一言で去っていった。
彼女はティナ。
美しき野獣……。
とも呼ばれる、
この国の第二公女殿下である。
……
はじめての出会いから、
二週間後……。
私は彼女の侍女になった。
そうして、
私の第二の人生が始まった。
……
姫様の侍女になった日。
私はこう言われた。
「ジュナ。
あなたは頭が良いから、私をきっちりサポートしなさい」
「私は、頭など良くありません。
姫様のほうがよっぽど頭が良い方です」
と私は答えた。
「褒め言葉は素直に受け取りなさい」
と姫様は私に顔を近づけ言った。
「でもお世辞かもしれないし……」
と私は言った。
そう、お世辞なんか、まともに受け止めたら、ダメだ。
社交辞令なんだから……。
「お世辞こそ素直に受け取りなさい。
いい、お世辞を言う方もバカじゃない。
あなたには見えてないかもしれないけど、相手にはあなたの美点が見えている。
私のように美少女だと言われ続けている人にとって、美少女だと言う褒め言葉は、お世辞に聞こえないわ。
お世辞に聞こえるのは、あなたが見えていない、あなたの別の側面なの。
だから、新しい側面を見せてくれた……その事実に感謝し受け取りなさい」
と姫様は言った。
その表情は怒っているようだったが、嫌な感じがしなかった。
本当に私の為を思って言ってくださるのが、
よくわかった。
「私には、素直さが足りてなかったですね。
これからは素直に受け取るようにします」
と私は答えた。
「あなたは、頭がいいけど、人に対して無関心な所がある。
だから、今はわからないかもしれないけど、
覚えておいて。
貶されたり、悪口を言われた場合は、素直に受け取ってはダメ。
悪口の八割は悪口を言う側の嫉妬によるものよ。
だから、あぁ嫉妬されているのかも……。そう自覚しなさい。
そして、その嫉妬の原因……、
例えば、私なら美少女って事だけど、
どういうお手入れをしているだとか、そういうのを教えてあげるの。
すると、大抵の場合、手のひらを返したように、悪口は止まるわ。
目の上のたんこぶから、協力者に変わるのだから、当然よね」
と姫様は言った。
「なるほど……、素直に受け取っていい部分と、そうでない部分があるのですね」
と私は答えた。
「そうよ。私は立場上、人の裏表を知っているわ。だから渡世という面では、優秀よ。
でもね。
学問的な事は苦手。
あなたは得意じゃない。
だからあなたは私を支えなさい。
可能な限り私にわかりやすく説明して、この学校で、私がトップで君臨し続けるのをサポートするのよ」
と姫様は笑った。
最後のほうは、冗談かなと思ったが、姫様は本気だった。
……
姫様は二番目の皇女であり、この国の巫女でもあった。
もちろん巫女といっても、彼女一人ではない。
何人かいるうちの一人である。
姫様は巫女のお勤めで、
王国の最南端にあるハテルマに向かうことになった。
もちろん私も共にだ。
どうも、
ハテルマにあるウタギという聖地の結界が、
機能不全に陥っているらしい。
本来なら、
他の巫女が行くはずなのだが……。
急な病におかされ、
姫様が行くことになった。
私を含め、同伴者は50名。
危険に陥ることなど、ありえない布陣であった。
結界の張り直しは、姫様の得意分野。
30ある結界のうち29までが順調に張り終えた。
「姫様……、あと一つでお仕事完了ですね」
と私は笑った。
「案外楽勝だったわね。
でもかれこれ、1か月もスイーツ食べてないのよ。
本当に……、
何の罰ゲーム」
と姫様はむくれた。
「元はと言えば、姫様が”私が張り直しに行くわ”とおっしゃったのではないですか」
と私は言った。
そう……、姫様の外面の良さは尋常ではない。
「仕方ないじゃない。
あの場合、私が行くのがもっともカッコいい選択だったわ」
と姫様はむくれた。
「前から気になっていたのですが、
姫様はなぜ、カッコいい選択にこだわられるのですか?」
と私は尋ねた。
「そうか……。
ジュナには意味不明の行動だわね」
と姫様はため息をついた。
「私は嫌がっているわけではないですよ。ただお考えを理解したいだけです」
と私は姫様をじっと見つめた。
「基本的にね。私達王族っていうのは、人気商売なのよ。
もちろん力で抑えつけることもできるけど、
長くは続かない。
人気がなくなれば、お終い。
だからね。
無理をしても、人気取りの行動を取るの」
と姫様は肩を落とした。
……
私たちは、最後の結界を張り直しに向かう。
そこはうっそうと木々が生い茂る、
森だった。
明らかに葉の色がどす黒かった。
護衛たちも、剣に手をかけて警戒している。
「この辺は、様子がおかしいと現地の者が申しておりましたので、お気を付けください」
と私は言った。
「スイーツ、スイーツ、らんらんらん」
と姫様は浮かれている。
まるでこの異常を認識していない。
「この辺は、様子がおかしいと現地の者が申しておりましたので、お気を付けください」
と私はもう一度言った。
「スイーツ、スイーツ、らんらんらん」
と姫様は浮かれている。
姫様のことだ。
このままでは、やらかしてしまう。
「この辺は、様子がおかしいと現地の者が申しておりましたので、お気を付けください」
と私は少し大きな声で言った。
「もう、わかってるわよ。
スイーツ、ズイーツ、ばんばんばん……」
突如、鳥たちが一斉に羽ばたく音が聞こえた。
急に霧が立ちこめる。
突然空間がぐにゃりと曲がった。
なに……、
これ。
「姫様……」
私は叫ぶ。
「ズイーツ、ズイーツ……」
姫様の声が遠くなってく。




