28話 最後の審判3
「どうしてサッカースタジアムに……?」
辺りを見渡すと私と獅童以外誰も観客はいなかった。
静寂がこの空間を支配していた。
「君が思い浮かべたのは二階堂君だろ? なら決まっているじゃないか、サッカースタジアムが出てくるのは」
この人はサッカー選手なら誰でもサッカースタジアムが出てくるのが当たり前だと思っているのかな。
いや何はともあれ相手の空気に飲まれていたら駄目だ。
皆を救うためにも私は自分の心の扉を開けなきゃいけない。
「君の最後の答えを聞こうじゃないか。櫻葉」
……私はどこかで彼を見た瞬間、拒否反応を示していたのかもしれない。
だって私と彼は過程は違えど辿りついた答えはいっしょだったからだ。
赤の他人に理想像を突き付けられ、もがき苦しんだ。
私は正義の味方だと持て囃されたのと同じように先輩もまた理想のキャプテンを周りから押し付けられた。
初めて会ったときから私は彼を見た瞬間、逃げを選んだ。
自分が抱えるものを最初に突き付けられたくなかったから。
私は好きになった彼と瓜二つの天王寺隼人くんを最初の攻略対象に選んだ。
「何で二階堂先輩がピッチ上にいるの?」
思考の海から意識を取り戻すと、ピッチには二階堂先輩が立っていた。
「君が彼を思い浮かべたから顕現しただけだ、本物じゃない。いいから続けなよ、考えるのを辞めたら人間は駄目になる」
獅童は私の顔に触れた途端、意識が落ちていくのがわかった。
二階堂先輩は私から選ばれなかったことで虚像の王に付け込まれ、もう一人の自分を作り出した。
正直、私はほっとした。
自分でも最低だとは自覚している。
でも先輩が厄災の王に囚われたせいで私に大義名分が出来たのは紛れもない事実だった。
彼を救ったら、私の心は軽くなると思っていた。
だけど先輩と関わっていくうちに私は大きな思い違いをしていた。
二階堂先輩は自分がしてきたことの罪の重さを理解しながらも、自分の理想を叶えるために努力をしていた。
私は作られた理想に沈められ、這い上がるために精一杯だったのに彼は最後まで耐えた。
ここで初めて私は自分が罪から逃げていたことに気付いた。
恋に生きる女の子になるという仮初の理想を作って逃げているだけじゃ駄目なんだと。
私は今までの審判を思い出していく。
天王寺隼人くん、彼の強さの裏に隠れた孤独や破壊衝動が今でも胸に響く。
あの時、私はただ眩しい存在として憧れていただけだったけれど、彼は自分の弱さと向き合っていた。
彼はその弱さと向き合いながらも仲間を守ろうとした。
「強さとは殴り倒すだけではなく、弱さを認めること」
そして蘇芳翔太朗。
虚構の王に取り込まれた彼は罪の意識に押し潰れそうになっても決して諦めなかった。
仲間のため、信じてくれる私のために最後まで抗った。
あの時の彼の目は今でも覚えている。
例えどん底に落ちたとしても光は決して失われない。
「周りが敵だらけでも最後まで挫けずに戦うこと」
そして最後に二階堂先輩。
私と同じ境遇でありながら、最後まで理想を叶えるために努力をしていた人。
部員や周りの大人に理想像を押し付けられても逃げずに自分の気持ちを私に教えてくれた。
全国大会で優勝する実力がありながらも、自分の弱さを認めてゼロから始める道を決めた勇気がある人だ。
自分の弱さを他人に曝け出すことは勇気がいる。
「先輩は私に逃げない強さを教えてくれた」
本当は先輩に説教するレベルじゃないのに私は説教してしまったけど。
「だから私はもう逃げない。最後まで自分が犯した罪と向き合い、受け入れる。これが私の答えだよ」
ピッチ上には二階堂先輩、隼人くん、翔太朗の三人が私に笑い掛けている姿があった。
「こんな私でも誰かを救えるんだ……」
「それが君の答えか」
気が付くと、私たちは学校へ戻っていた。
「そうだよ。もう迷わないって決めたんだ」
この先、どんな困難が待ち構えていても私は最後まで諦めない。
大事なことをこのゲームから教えてもらった。
「次は貴方の番だよ、獅童。私にばっかり語らせるのはずるいから」
獅童は少し寂しそうに笑った。
「……審判は下されたよ、もう君はこのゲームの世界にいなくても良くなったんだ」
突然のゲームクリア宣言に私は耳を疑う。
「どういうことか説明してよ。アンタのルートはないの」
私は動揺してあろうことか、ゲームのキャラクターである獅童にお前のルートはないのかと聞いた。
そして自分の発言がおかしいことに気付く。
初めから獅童は攻略対象としてスタートをしていなかった。
どこの乙女ゲームに主人公に審判を下すキャラがいるんだ。
「そう、僕のルートは初めから存在していない。作られるまえに作者が死んだからね。僕は彼女の意思を尊重して君が今までの攻略対象と出会って成長していたかを試していたんだ」
ゲームをクリアした発言がきっかけに私たちの世界は崩壊を始めていた。
見慣れた校舎、先輩と対決したグラウンド、隼人くんと勉強をした図書室、翔太朗に待ち伏せされた校門。
皆、音を立てて壊れていく。
「ようやく彼女に会えるんだから胸を張りなよ。きっと彼女も首を長くして待っているからさ。……そんな顔するなよ、櫻葉。僕は役目がないのに勝手に頑張ったんだぜ。君が大人になっていく姿を僕は見れて良かった」
「そんな良いこと言って消えるなんてずるいよ」
私の声は空しく虚空へと消えた。
目を覚ますと、私は真っ白な空間に立ち尽くしていた。
周りには何もない、あるのは孤独だけ。
彼らの笑い声はもう聞こえない。
「どうでしたか、今までのゲームは」
聞きなられた声に私は振り向く。
そこに立っていたのはいつか夢の世界で見た彼女だった。
「あ、れ……」
気が付くと私の頬に涙が伝っていた。
どうしてだろう、私は彼女のことをそんなに知らない筈なのに心が苦しい。
「貴方は……久遠さん?」
頭から消えていたパズルのピースが埋まっていく。




