21話 二階堂ルート2
空は段々とオレンジ色から黒色へ塗り替わっていく中、私はグランドへ降り立った。
私の姿が目に入ったのか、百人近い部員たちが一斉にこちらに視線を向けてくる。
それに気づいたのか、二階堂先輩は徐々にこちらに歩み寄ってくる。
「誰かとお前か、櫻葉。……部外者が何のようだ」
先輩が私を見下ろす目は失望そのものだった。
当然だ、私は彼を選ばずに違う人のルートを優先した。
私にとっては元の世界に帰るための攻略が彼にとってはこれが現実だ。
私が取った行動はまさしく裏切りそのものだ。
……私が引き金を引いた可能性は大いにあるかもしれない。
私が返答を返そうとした瞬間、一人の生徒が割って入ってきた。
「先輩、これ以上は無理です! みんな疲れ切ってる! 寮の門限ももう破れないです」
「……だからなんだ?」
鋭く、低い言葉が彼の喉笛を掻き切った。
グランド全体が静まっていく。
その中心にいるのはまさしく王その者だった。
「お前らは所詮、俺を輝かせるための道具でしかない。寮の門限がなんだ? そんなもの気にするぐらいなら上手くなれ。俺に口答えできる奴は神しかいないんだよ」
確かに彼に口答えできるのは世界中のサッカーファンに愛された選手しかいないだろう。
実力がある以上、誰も先輩に逆らうことは出来ない。
じゃあ誰が彼を止めるのか?
彼を選ばなかった私しかいない。
「じゃあ逆に聞きますね、先輩。そんな神にもし、今の貴方の姿を見たらどう思うんでしょうかね」
私の予想外の答えに二階堂先輩は身構える。
「……何が言いたい」
「以前までの先輩は皆が帰った後、影でこっそり寮の門限ギリギリまで練習をしていたのを私は見ています。どんなに汚れようが諦めずに練習する姿は誰も馬鹿にできません。でも、今の貴方はただの……井の中の蛙にしか見えない」
短い期間だったかもしれないけど、二階堂先輩は誰よりも練習熱心の選手だった。
他のマネージャーがサポートしきれないぐらい、徹底的に自分を追い込む人だった。
でも今の彼にはその熱意が見えなかった。
「よく喋る口だな、黙らせてやろうか?」
先輩は無理やり私の肩を引っ張ったかと思うと、顎を持ち上げて私の唇をゆっくりと撫でた。
本当は今すぐにでも殴ってやりたい。
でもそんなことをすれば私に協力してくれた二人に失礼だ。
そんなことわかっているのに、わかっているのに今の状況にドキドキしている自分がいることに嫌気が差した。
「そんな女、相手にするな、明。そろそろ練習を終わらないと顧問がうるさい」
今まで黙っていた藤堂先輩は急に二階堂先輩に声をかけ、練習を終わらせるように伝えた。
「ちっ、わかったよ。今日の練習は終いだ。各自、帰ったらサッカーノートを書いとけ」
藤堂先輩の言うことは聞くのか、二階堂先輩は私から離れた。
二階堂先輩が帰っていく姿を見届けた後、他の部員たちは帰り支度を始めた。
「……櫻葉、さっきはすまなかった。助けてやれなくて」
他の部員たちが帰ったのを見計らって、藤堂先輩は申し訳なそうな顔して謝罪をしてきた。
「私は別に大丈夫です。それより二階堂先輩の様子が変どころの騒ぎじゃないですよ」
「やっぱりお前もそう思うよな。実はな……」
藤堂先輩が言うにはおかしくなったのはここ最近の出来事だった。
県大会で圧倒的なプレイを出した二階堂先輩はプロサッカーチームのスカウトから声をかけられるようになった。
それこそ有名な選手がいるチームからもオファーが来たらしい。
そのチームは常にリーグ上位におり、スカウトされたらその後のキャリアも保証されると言われるほど、バックアップ体制も整っている。
二階堂先輩はそのチームのスカウトマンに会ってから人が変わったようになった。
「俺は明と比べると上手くはない。それは他の奴らも同じだ、だからアイツが俺に従えと言えば全員従う。明にはカリスマがある」
藤堂先輩は二階堂先輩がおかしくなったことを理解した上で従っているのか。
「でもそれじゃみんなの体力が」
「わかってるんだよ、そんなこと。でも明がいるから俺らは自分たちの将来のことも考えなくて済むんだよ。強豪校にいたってだけで拍がつく。……だからもう邪魔しないでくれ、今の明は俺らが求めたんだ」
藤堂先輩の目は本気だった。
二階堂先輩を止められるのは彼しかいないと思っていたが、かなり二階堂先輩に心酔しきっているようだった。
「私は正直サッカーには興味ない。でも一人の人間にすべてを背負わせるのは違う」
二階堂先輩の瞳には迷いがあったように見えた。
まだ王の力に染まり切っていないのならまだ救えるチャンスがある。
ここで私がする選択肢はただ一つ。
「私が先輩を正気に戻したらそんなバカげた発言撤回してもらいますから」
二階堂先輩と過ごした時間は短いかもしれない。
でも私にはこれまでの経験がある、彼を必ず止める力が私にはある。




