16話 蘇芳ルート4
目を覚ますと、目の前には異常な光景が広がっていた。
地面には粉々に壊されたテレビカメラや照明器具が倒され、空中には無数の小型テレビが浮いていた。
「……なにあれ?」
テレビ画面には恐らくベンナッシュ時代の蘇芳の姿が延々と映されており、ファンに笑顔を振りまく姿は正しくアイドルそのものだった。
壁にかけてあったモニターにはニュース番組が流れており、蘇芳が成し遂げた過去の栄光が流れていた。
この不可思議な光景、現実世界で起きた黒い瘴気、自分の都合のいい世界を見せる幻。
三点の要素から私は厄災の王がどんな力を持っているのかを理解した。
蘇芳が取り憑かれた厄災の王の力は虚構。
自分の望む理想の世界を作り上げ、眠気を引き起こす瘴気を発生させて現実世界から隔離する能力。
この力が現実世界に漏れ出したら乙女ゲームどころではなくなる。
隼人くんの時と同じだ、この世界にもきっと蘇芳はやってくる。
閉じ込めた張本人を説得しなければずっとこのままだ。
「それだけは阻止しないと……!?」
さっきまで映し出されていたニュース番組が終わり、次に映っていたのは蘇芳と元メンバーの姿だった。
映像に映し出されていたのは蘇芳と元メンバーが揉めている姿だった。
「……何でこんな大事な時にスクープなんか撮られているんだよ、お前!」
普段の姿からは想像出来ないぐらい、蘇芳は怒りに満ちていた。
「頼むよ、翔太朗。お前からあの記者に話つけてくれないか」
彼に怒鳴られたばかりだというのに元メンバーの一人は反省した素振りを見せずにスマートフォンを掲げて来た。
画面にはとある雑誌記者が撮影したとされる元メンバーの不祥事の数々。
そこに加えて未成年の彼らに事実を世に出さない代わりの金銭の要求。
誰がどう見ても明らかに向こう側の方がおかしいと感じる筈なのに蘇芳たちにはそれを考える判断力が無かった。
「……俺が話をつける。リーダーとしてメンバーのやったことは責任を取らなきゃいけないからな」
蘇芳の表情は暗闇に満ちていた。
本来なら蘇芳たちは今すぐにでも事務所の大人に頼るべきだったんだと思う。
でも彼らは恐れてしまったんだ、自分たちが得た地位を自分たちで壊すことに。
蘇芳はそれがわかっていたからこそ、自分が……全ての責任を取ればいいと思ってしまった。
「もう充分だよ、蘇芳。これ以上自分を責めるのは……」。
蘇芳は自分のキャリアを捨ててまでメンバーを守ったのにまだ苦しまなきゃいけないのか。
だが現実は非常だ。
場面は変わり、人通りが少ない路地裏に蘇芳はいた。
「……金ならある。だからもう俺たちに構うのは辞めてくれ」
事務所の人に黙って来たのか、蘇芳は封筒に入れた札束を一人の小太りの男に渡していた。
「馬鹿だね、君は。そんなバカ正直に金を持ってくる奴、初めて見たよ」
男は薄汚れた歯を見せながら大笑いした。
「大人気アイドルが不祥事を隠すために記者に賄賂を……こんな美味しいネタくれてありがとう、リーダーくん」
蘇芳は嵌められた、それも信頼していたメンバーに。
ずっと苦楽を共にしてきたからこそ、メンバーは理解していた。
彼は仲間意識が強く、誰よりも真面目な青年ということに。
ここから先は私でも知っていることだった。
蘇芳は業界ではいわくつきのアイドルになり、誰も彼を信用する人間はいなくなってしまった。
「どうしてそんなことを誰にも言わなかったの……」
問いかけは届かない。
既に映像は終わっていたが代わりに響いていたのは蘇芳が他のファンに責められている声だった。
「アンタのせいでみんなの夢が壊れた」
「お前なんか生まれてこなければいい」
「誰もアンタなんかを信用しない」
まさかこの空間は……この力は……
私は信じがたい事実に気づく。
蘇芳が自分の心で作り上げた罰の檻だ。
彼は自分を赦していなかった。
メンバーが虚構に堕ちることに気付けなかった最低な人間として自分を閉じ込めていたんだ。
蘇芳は隼人くんの時と同じように暗闇の中に一人で座り込んでいた。
「もう、いいよ」
気付くと私は彼に手を伸ばしていた。
「蘇芳、確かにアンタはやり方を大いに間違えた。誰かに大人に頼るべきだった。でも、間違ったことに気付けている人にこれ以上罰はいらないよ」
その瞬間、止まっていた針が動き出したような気がした。
虚構はまだ完全には解けていない、むしろこのままだと私もやられる。
でもそれ以上に私にはやることがある。
「俺はリーダーとしてメンバーを導くことが出来なかった! だから誰に何を言われても不祥事を起こした自分を……演じなきゃいけなかった! お前にその気持ちがわかるのかよ!!」
彼をここから連れ出すにはあと一歩踏み出さなきゃいけない。
過去を知ったからこそ、言わなきゃいけない言葉がある。
「蘇芳。アンタは最低な人間なんかじゃないよ」
ずっとマネージャーをしてきたからこそ分かることがある。
蘇芳は確かにいい加減でヘラヘラしている時もあった、でもアイドルに対する気持ちだけは本物だった。
「私が保証する、だから戻ってきなよ」
黒い瘴気が少しずつ晴れていく。
さあ、ここからが本番だ




