13話 蘇芳ルート1
紙に書かれていたIDに連絡すると、まるでこちらをあざ笑うような声で茶化してきたけど、こっちが態度を変えてきたら人が変わったように事務所がある場所を教えて来た。
最初から普通に教えてくれれば……強い言葉は出さなかったのに。
事務所は首を後ろに下げるのが一苦労するような高層ビルに入っているようだった。
「……やっぱり本当に売れてるアイドルだったんだ」
今更ながら驚く。
だからといってこっちも態度は変えるわけにはいかない。
ビルの受付の人に事情を話すと事務所の人が来てくれるらしく、私はエントランスで一人突っ立てることになった。
「すいません、もしかして貴方が櫻葉さんですか?」
待っていた時間は五分ぐらいか、私よりも小柄なスーツ姿の女性が小走りでやって来た。
「はい、そうですけど」
「私、こういう者です……」
小さな手から渡されたのは蘇芳翔太朗のマネージャーという名刺だった。
私の頭には一つの怒りの炎が燃やされていた。
アイツ、一回シバかないとダメかもしれない。
そう考えていたのがわかってしまったのか、女性は少し困った顔をしながらも私を事務所まで案内すると言ってくれた。
彼女に免じて大事な顔を殴るのは辞めておこう。
事務所に着くと、大きなソファに寝そべっていた蘇芳が私を待ち構えていた。
制服は既に脱いでおり、黒いジャケットに白い無地のTシャツといったラフな格好でくつろいでいた。
少し様になっているのが余計にむかつく。
「へぇー、あんなにマジキレしてたのに来るんだ」
怒りが最大になりかけたがあと寸前のとこで押しとめた。
「一言文句言ってやらないと気が済まない性格なんだ、私」
マネージャーの方は彼に注意しないのか、黙って私とのやり取りを見ていたのに少し違和感を覚える。
「俺、別にマネージャーなんか沢山いるから正直いらないのが本音。どうせ守ってくれねーし」
「私は頼まれた以上は最低限の仕事はやるつもりだよ、残念だったね」
私の言葉が意外だったのか、目を丸くした後、そのまま言葉を続けた。
「例えマネージャーやるにしても俺、やる気ないから。そこは目の前にいる旧マネージャーさんのがわかっているだろうけどさ」
マネージャーさんはその言葉を聞いた瞬間、デスクに置いてあったポスターを彼の顔に押し付けた。
「貴方がやる気なくても私たちはこのオーディションに力をかけてる。貴方が……昔みたいに輝ける力をまだ持っているのはわかっているの、だから」
「どうせ俺が何したって無駄だよ、無駄。めんどくさいんだよ」
私は彼がおちゃらけた奴だと思っていたけど、マネージャーの人はそう思っていないみたいだった。
彼になにがあったのだろう……
「櫻葉ちゃん、別にマネージャーになってもいいけど、俺に勝手に絶望しないでね」
そう言い残し、蘇芳は事務所を出て行った。
……私は正式にアルバイトとして彼のマネージャー見習いになることが決まった。
事務所からの帰り道、マップに異変が起きていることに気付く。
「ベンナッシュの練習スタジオ……?」
マップ上は謎の霧に包まれており、ベンナッシュの練習スタジオという場所には霧がかかっていなかった。
マップに霧が現れたということは今、見ている世界にも影響はしているということ。
何がきっかけでゲームオーバーになるのかが分からない以上、私は怪しさ満点のスポットに飛んだ。
目を覚ますと、視界に現われたのは大きな空間だった。
前には自分の姿を見られる大きな鏡があり、そこには見慣れた男性の姿があった。
背丈は今と同じに見えるのにどうしてすぐに分からなかったのか。
原因はすぐにわかった。
今の彼にない情熱さが目の前にいる彼にはあった。
周りにいた他の男性三人といっしょにダンスを踊り、一回一回振付を確認していた。
もしかしてベンナッシュだったころの映像を私は見ているのかな。
マネージャーさんが言うにはとても人気だったアイドルらしいけど、なんで解散なんかしたのか不思議でならない。
「ほんと楽しそうに踊っているなぁ」
つい関心してしまったのがいけなかったのか、踊っていたはずの蘇芳翔太朗がいつのまにか私の目の前にいた。
「のぞき趣味? 俺の黒歴史、面白かった?」
私を覗く彼の目は彼の心の傷が大きいのかを証明してくれた。
気が付くと元の世界に戻っており、私は現場から離れようとしている蘇芳を呼び止めようとしたが私の声は届かなかった。
あんな悲しみを背負った目を見せられたら放っておけないよ。
それに最後に言った言葉も私は聞き逃さなかった。
またあいつ等とやり直したい、それは何もかも諦めている奴の言葉じゃない。
あいつが嫌な素振りを見せようと私は絶対に諦めるわけにはいかない。
こうして蘇芳翔太朗ルートは始まりを告げた。
この時の私は考えてもいなかった、彼が抱える闇の大きさに。




