11話
前回の事件から数日後、私は普段通りにかしこさのパラメーター上げに励んでいた。
私以外に図書室には誰もおらず、静寂に包まれていた。
それを象徴するように空は黒く淀み切っていた。
「……あれから隼人くんの姿は見ない。もう違うルートに変更した訳じゃあないよね」
隣で姿を消していたリーネは少し考えた素振りを見せた後、にこりと私に笑いかけた。
「大丈夫、まだ天王寺くんルートは終わっていませんよ」
彼女が見つめるその先に一つの影が急いだ様子で扉の窓に浮かび上がった。
「良かった、帰ってなくて」
扉を開けて来たのは私が探し求めていた相手だった。
「隼人くん! 心配したんだよ」
「ごめん、連絡しなくて。……少し時間大丈夫か?」
神妙な顔つきで彼は自分が今まで何をしてきたのかをゆっくり語ってきた。
「病院に入院している母さんと話をしてきた」
「……お母さんはなんて?」
「泣いて俺に謝ってきたよ、私が悪かったってさ。正直、どういう顔をしていいか分かんない」
以前、リーネが言っていた言葉を思い出す。
厄災の王の瘴気が抜けたとしても本人の心の傷はそう簡単には治らない。
最後まで寄り添った相手にしか傷は癒せないということを。
「いっぱい、いっぱい笑えばいいと思うよ。傷ついてきた分、自分はこんなにも成長したんだってさ、胸を張って言おうよ。お母さんに」
「そっか……それもいい考えだな」
気が付くと空はいつの間にか晴れており、隼人くんの顔をより一層輝かせていた。
隼人くんの提案で私たちは学校のすぐ近くにある喫茶店へ移動した。
これはデートと言ってよろしいの……か?
店内へ入ると軽快なジャズの音が耳に入ってくる。
周りは私と違って落ち着いた大人が多く、浮かれているのは私だけだった。
私自身、現実世界では喧嘩ばっかりやってきたせいで生まれてこの方、デートというものをやったことが無い。
その初めての相手が……隼人くんというのは気のせいだろうか。
私は浮ついた気持ちを隠すように話題を変えた。
「ここはよく来る店なの?」
「うん、落ち着いて話をしたいときに来るかな。……連れてくるのは琴音が初めてだよ」
「ひゃい??」
突然の名前呼びに思わず、声が裏返った。
「ダメ、だったかな」
「いやいや何回でも呼んでいいよ」
心臓の高鳴りが中々収まらないせいで顔中が発火しているのが分かる。
すごく……恥ずかしい。
厄災の王の力が抜けたことで本来の彼の性格が戻ってきたのは嬉しい。
だが心の準備というものがある。
「お前のおかげで今の俺がいるんだ、本当にありがとう」
「私で良ければ全然相談に乗るからね、遠慮しないで言ってよ」
隼人くんと暫く談笑したあと、寮の門限が迫っていたことに気付く。
「じゃあまたね、隼人くん」
「じゃあ……また」
少し照れくさそうに笑う隼人くんと別れ、寮へ戻った。
「寮の門限までまだ時間あるな……」
そういえばリーネが言っていたな、今月号のおしゃれウィークに美味しいケーキ屋さんが紹介されていたって。
本当は食べたいけど……この時間で食べたら絶対に太るのが目に見えている。
しょうがないから明日食べる用で買っていこう。
急ぎ足でケーキ屋に行くと既に行列が出来ていた。
「くっ、遅かったか」
半ば諦めかけたが、店員さんから追加販売があるとアナウンスがされたことを聞き、列へ並んだ。
どんどん列が動いていく度にケーキの個数は減っていく。
ようやく店内へ入ろうとすると、扉の前に見慣れないポスターが貼ってあった。
あの元ベンナッシュのリーダー、蘇芳翔太朗が来月の有名なアイドルオーディションに参加?
誰だろうと思ったが私は気にせず、店内へ入った。
「そのポスターに写っているの俺なんだけど」
突然、声をかけられて後ろを振り返ると、絹のように細い金髪を靡かせた背の高い男性が私を見下ろしていた。
もう自分を知っていて当然という素振りでサングラスをわざとらしく動かしていた。
サングラスから見える目は綺麗だが、無視することにした。
こういう人材は関わると碌なことがない。
「へぇー、俺のこと知らないんだ君」
「いや、誰?」
あまりのナルシストじみた態度に少し馬鹿にした態度を取ったのに彼は見向きもせずにべらべらとしゃべり始めた。
「まあ、これも運命かもね。君みたいな俺にまるっきり興味のない女の子を探してたんだ」
謎めいた一言を残し、謎の痛い人物は闇へと消えていった。
「よし、気を取り直して……あれ」
ケーキがあったショーケースは既にもぬけの殻だった。
当然だ、だって私は無意識に彼と話すために列を出ていたのだから。
「あのナルシスト!!!!!!」
怒りの炎に包まれている私に更に衝撃な事実が下りてくる。
「残念なことにさっき来た彼が次の攻略対象です……」
リーネが少し笑いを堪えながら言ってきたせいで私の怒りが静まることは無かった。




