第6話:謎の組織の正体とリーベンベルク家の因縁
【シーン1:明かされた因縁】
「お嬢様、この捕らえた男の供述によれば、彼らはやはり『孤高の守り手』の一員で間違いありません」
リリアが真剣な顔で報告します。事務所のテーブルには、捕らえた男が持っていた組織の紋章が描かれた紙が置かれています。
「そして、彼らの目的は、ロゼッタ様の共感覚と同じ、特殊な能力を持つ者を『保護』し、自分たちの理想郷へ迎え入れること…」
オスカーが眼鏡を上げ、供述内容を整理します。彼の指が、古文書のページをなぞっていました。
「『保護』…それが、あんなに『貪欲』で、怯えさせるようなやり方なのですか…? わたくしには、どうしても理解できませんわ」
ロゼッタは不安そうに呟きます。
「ふん、自分たちの都合のいいように解釈してるだけだろ。人間ってのは、そういう生き物だ。言葉の裏に隠された本音ってやつさ」
ティムがロゼッタの肩で、ぶっきらぼうに言います。
「ティム殿、その『貪欲』という感情が、彼らの真の意図を示唆していると私も考えます。そこで、リーベンベルク家に伝わる古文書を改めて調べてみました」
オスカーが言いました。彼の声には、確かな発見の興奮が混じっています。
「古文書でございますか? 何か、手がかりが? まさか、あの組織が、わたくしの家と関係が…?」
ロゼッタは身を乗り出します。
「ええ。驚くべきことに、リーベンベルク家はかつて、特殊な能力を悪用しようとする、別の『組織』と戦っていた記録が残されています。その組織は、能力者を『管理』し、世界を『支配』しようと目論んでいました」
オスカーが報告します。
「別の組織…? それが、今の『孤高の守り手』と関係があるのでしょうか? まさか、同じ…?」
リリアが問いかけます。
「可能性は極めて高いです。紋章や、能力者の『保護』という思想に、共通点が見られます。まるで、過去の因縁が、今に蘇ったかのように…歴史は繰り返される、という言葉が現実味を帯びてきました」
オスカーは古文書のページをめくります。その表情は、真剣そのものです。
「まさか…わたくしの家が、そんな過去を持っていたなんて…一体、リーベンベルク家は、どのような家系だったのですか? わたくし、ほとんど存じ上げません…両親も、何も教えてくださいませんでしたもの…」
ロゼッタは驚きを隠せません。自身の出自に、こんなにも重い秘密があったとは。
「ロゼッタ様…リーベンベルク家は、単なる名家ではございません。代々、共感覚の能力者を輩出し、その力を守り、悪用されないよう秘匿する使命を負っていました。その使命は、古くから受け継がれてきたものです」
リリアが静かに言います。
「秘匿…? そのために、わたくしの家は…没落したのですか? 莫大な財産が失われたのも…」
ロゼッタは、点と点が線で繋がるような感覚を覚えました。
「ええ。莫大な財産は、能力者を守るための研究や、秘密を隠すための活動に費やされていました。事業の失敗も、その活動の一環で、無理な投資を行った結果だと推測されます。表向きは事業失敗ですが、その裏には、能力者の情報を狙う組織の暗躍があった可能性も否定できません」
オスカーが古文書の記述を指し示しながら説明します。
「つまり、お嬢様のご両親は、その使命のために、全てを…」
リリアの瞳に、悲しみがよぎります。
「ええ、お嬢様。わたくしの家系も、代々リーベンベルク家にお仕えし、その秘密と能力者を護ってまいりました。それが、わたくしの両親の使命でもございました。彼らは、お嬢様を守るために、命を…」
リリアは言葉を詰まらせました。ロゼッタの心に、両親の最後の選択の重みが、ずしりと響きました。
「そうだったのですね…わたくし、何も知らずに…」
ロゼッタは静かに俯きました。
【シーン2:共感覚のルーツ】
事務所の奥で、ロゼッタはティムに、自身の共感覚とリーベンベルク家の因縁について尋ねました。
「ティム、わたくしのこの力は…本当に、リーベンベルク家の血に代々受け継がれているものなのですか? あなたは、どうしてそんなに詳しいのです? まるで、ずっと見てきたかのように…」
ロゼッタは不安そうに問いかけます。その声は、震えていました。
「ああ、そうだぜ。俺は、お前の家系の共感覚の能力者たちと、ずっと共にいたからな。お前のひいひいじいさんの頃から、ずっと見てきたんだ。お前が生まれる前から、このリーベンベルク家の能力者たちを見守ってきたんだよ。俺は、お前たちの能力の証人だからな」
ティムはぶっきらぼうに答えますが、その声には、確かな歴史の重みが感じられました。小さな体が、どこか遠い目をしていました。
「ひいひいじいさん…? そんなに昔から…? ティムは、一体どれほどの時を…生きてきたのですか?」
ロゼッタは驚きに目を見開きます。ティムの存在が、想像以上に古く、深いものだと知りました。
「そうだ。俺は共感覚の能力が発現する度に、その能力者の傍に現れる。お前たちの能力を活性化させるのが俺の役目だからな。だから、リーベンベルク家の歴史も、能力の秘密も、全部知ってる。お前たちの喜びも悲しみも、孤独も…全部な。お前たちの心の中も、俺にはわかるんだ」
ティムはそう言うと、ロゼッタの瞳をじっと見つめました。その視線は、ロゼッタの心の奥底まで見透かしているようでした。
「わたくしの力が…家族の証…そして、ティムは、その歴史の証人なのですね…わたくし、この力を、大切にしなければ…」
ロゼッタは静かに頷きました。ティムの言葉は、ロゼッタの心に、自身の能力が持つ重みと、家族との繋がりを深く刻み込みました。
「奴らは、お前の力を利用して、自分たちの歪んだ理想を叶えようとしてる。共感覚を増幅させて、世界を支配しようってな。そんなこと、俺が許すわけねーだろ。お前の両親も、それを阻止するために、命を懸けたんだ。お前は、奴らから守られた、希望なんだからな」
ティムが怒りに震えるように言います。その小さな体から、強い決意が伝わってきます。
「特別な存在…だから、両親も…わたくしを守るために、その能力の秘密を守り抜いたのですね…わたくし、両親の想いを無駄にはしません…」
ロゼッタの瞳に、悲しみがよぎりますが、すぐに決意の光が宿りました。
「その通りだ、ロゼッタ。お前の力は、温かい力だ。それを汚すような真似は、絶対にさせねー。お前は、お前の信じる道を進めばいい。お前の両親も、それを望んでいるはずだ。だから、胸を張れ」
ティムはロゼッタの頬に、そっと触れるように寄り添いました。その温かさに、ロゼッタの心は安らぎを感じました。
【シーン3:決意を固めるロゼッタ】
ロゼッタは街の広場へと向かいました。そこでは、先日救出された大商人の娘が、両親と笑顔で再会し、楽しそうに遊んでいます。広場には、子供たちの笑い声が響き渡っていました。
「娘さん、本当に元気になられましたわね…あの時の怯えが嘘のようですわ。あんなに小さな子が、あんなに怯えていたなんて…」
ロゼッタは微笑みながら、その光景を見つめます。
「ええ、お嬢様のお力があればこそでございます。あの子の笑顔は、お嬢様が取り戻してくださったものです。わたくしも、あの子の笑顔を見て、心が洗われるようです。お嬢様は、本当に素晴らしいお力をお持ちです」
リリアがロゼッタの隣で、優しく言います。
「わたくしのこの力は…誰かを傷つけるためではなく、人々の笑顔のために使うべきなのですね。ティムの言葉が、わたくしの心に響きます。両親の願いも、きっとそうだったのでしょう」
ロゼッタは、娘の笑顔を見て、改めて決意を固めました。その瞳には、確かな光が宿っています。
「ロゼッタ様、その通りでございます。能力は、使う者の心によって、善にも悪にもなり得ます。ロゼッタ様ならば、きっと正しい道を選ばれるでしょう。私には、それが分かります。ロゼッタ様の心は、誰よりも清らかですから」
オスカーが静かに言いました。
「ふん、当たり前だろ。ロゼッタは、そんな弱い奴らとは違うんだからな。ロゼッタは、誰よりも優しいんだ。だから、俺もそばにいるんだ」
ティムがぶっきらぼうに言いますが、その声には、ロゼッタへの深い信頼と愛情が込められていました。
「わたくし、決意いたしました。この共感覚を、人々の笑顔のために、そして、あの組織の誤った理想を正すために使います。もう、誰も悲しませたくありませんもの。両親が守ろうとした世界を、わたくしが守りますわ!」
ロゼッタは、まっすぐに前を見据えました。その声には、確かな覚悟が宿っていました。
【シーン4:リリアとオスカーの決意】
アパートの夜。ロゼッタが眠りについた後、リリアとオスカーは静かに話し合っていました。リビングのランプの光が、二人の顔を優しく照らしています。
「お嬢様が、あんなにも強くなられて…わたくし、本当に嬉しいですわ。ご両親も、きっと喜んでいらっしゃるでしょう。お嬢様は、ご両親の誇りでございます」
リリアが温かい紅茶を淹れながら言います。カップから立ち上る湯気が、二人の間に温かい空気を作り出しています。
「ええ、ロゼッタ様は、その悲劇的な境遇にもかかわらず、常に前向きでいらっしゃる。その強さに、私も日々感銘を受けています。彼女の存在は、まさに希望そのものですね。私も、彼女を見習わなければなりません」
オスカーが紅茶を受け取り、静かに頷きます。
「わたくし、お嬢様のご両親から、お嬢様をお守りするよう、直接お言葉をいただきました。命に代えても、お嬢様をお守りすると…それが、わたくしの使命でございます。わたくしの全てをかけて、お嬢様をお守りいたします」
リリアの瞳に、強い決意が宿ります。その手は、固く握られていました。
「私も、リーベンベルク家に仕える者として、ロゼッタ様の才能と、その命を守る使命があります。古文書に記された、能力者の悲劇を繰り返してはなりません。リーベンベルク家の歴史は、ロゼッタ様が正しく継承すべきものです。私の知識は、全てロゼッタ様のためにあります」
オスカーが眼鏡をクイッと上げ、言いました。彼の声には、揺るぎない覚悟が込められています。
「オスカーも、お嬢様への愛は、わたくしに負けておりませんわね。本当に、あなた様も、お嬢様のこととなると、熱くなりますわ。隠しても無駄ですわよ」
リリアがふと、オスカーを見つめます。その瞳には、からかいの色が浮かんでいました。
「な、何を仰るのですか、リリアさん! 私はあくまで、ロゼッタ様への忠誠を誓っているに過ぎません。それに、リリアさんのような感情的な愛とは、根本的に異なります! 私の愛は、より論理的で、普遍的な…データに基づいた…!」
オスカーは顔を赤らめ、慌てて反論します。その声は、いつもより少し上ずっていました。
「あら、感情的ですって? お嬢様への愛に、理屈など必要ございませんわ! あなた様は、お嬢様が風邪を引かれた時、わたくしよりも心配なさっていたではありませんか! 夜通し、書物を読み漁って、最適な薬草を探していましたわね! それが、感情的でなくて何なのですか?」
リリアがプンプンと頬を膨らませます。
「それは…羅列された症状から、最も効率的な治療法を導き出すためで…決して、感情的な動機では…」
「言い訳は聞きませんわ! あなた様も、わたくしと同じくらい、お嬢様を大切に思っていらっしゃるのですから! 素直にお認めなさい!」
「ふふ、リリアもオスカーさんも、本当にそっくりですわね。まるで、夫婦喧嘩のようですわ」
ロゼッタの声が、静かな夜の部屋に響き渡りました。その言葉に、リリアとオスカーはぴたりと動きを止め、互いに顔を見合わせました。二人の頬は、林檎のように真っ赤に染まります。
「お、お嬢様!?」
「ロゼッタ様!?」
二人は同時に叫び、慌てて目を逸らしました。そのコミカルな反応は、ロゼッタへの深い愛情と、彼女を守り抜くという揺るぎない決意が秘められているからこそ、生まれるものでした。
【シーン5:新たな目標】
翌朝、探偵事務所にロゼッタ、リリア、オスカー、そしてジンが集まりました。窓から差し込む朝の光が、彼らの顔を明るく照らしています。
「ジン殿、組織の動きについて、何か新たな情報は?」
オスカーが尋ねます。彼の表情は、昨夜のコミカルなやり取りとは打って変わって真剣です。
「ああ。奴らは、能力者を集めて、どこかへ連れて行こうとしてるらしい。最終的な目的地は不明だが、何か大きな計画を企んでるって噂だ。街のあちこちで、能力を持つ者が狙われている。特に、最近能力が発現したばかりの者が狙われているようだ」
ジンがぶっきらぼうに報告します。
「大きな計画…それが、世界を危険に晒すものなのですね…もう、これ以上、悲しい思いをする人を出したくありません。両親の悲劇を、繰り返したくありませんわ」
ロゼッタは真剣な顔で言います。その瞳には、強い決意が宿っていました。
「お嬢様、わたくしたちは、この組織の『誤った理想』を正さなければなりません。これ以上、悲しい出来事を起こさせてはなりません。お嬢様のお力を、正しい方向へ導くのが、わたくしたちの使命です。ご両親の願いを、わたくしたちが引き継ぎます」
リリアが力強く言いました。
「私の分析によれば、彼らの思想は、最終的に破滅へと向かうでしょう。それを阻止するのが、我々の使命です。能力者が、能力を持たぬ者と共存できる世界を築くために。私の知識は、そのためにあります」
オスカーが眼鏡を上げ、断言します。
「ふん、やっと本気になったか、お前ら。俺も協力してやるぜ。俺の精霊魔法で、奴らの計画をぶち壊してやる。ロゼッタを守るためなら、俺はどんなことだってしてやる。俺は、お前たちの味方だからな」
ティムがロゼッタの肩で、得意げに言いました。その小さな体から、確かな頼もしさが感じられます。
「ジン殿、あなたのお力も、お貸しいただけますか? あなたの力は、私たちにはない、とても大切なものです。街の裏のことは、あなたにしか分かりませんもの」
ロゼッタがジンに問いかけます。
「ああ、いいぜ。俺も、あんな胡散臭い奴らがのさばるのは気に食わねぇ。裏社会の情報は、俺に任せとけ。お嬢さんのためなら、喜んで協力してやるさ。ただし、報酬は弾んでくれよな」
ジンはニヤリと笑いました。
「ありがとう存じます、皆。わたくしたちの新たな目標は、この『孤高の守り手』という組織の、誤った理想を正すことです。そして、共感覚の真の力を、人々のために使うこと。皆で力を合わせれば、きっとできますわ! わたくしたちの力は、きっと世界を変えられます!」
ロゼッタは力強く宣言しました。その声は、小さな事務所に響き渡り、皆の心に希望の光を灯しました。
港街エテルナの空に、希望の光が差し込みます。小さな探偵事務所の、新たな戦いが、今、幕を開けたのでした。