第5話:大商人の娘「保護」事件と組織の狙い
【シーン1:大商人からの依頼】
「こちらが、リーベンベルク探偵事務所殿でございますか? 噂はかねがね…」
事務所のドアが開き、街でも指折りの大商人、ハインリヒ・フォン・グロスマンが姿を見せました。その顔には、深い憔悴が刻まれています。
「はい、そうでございます! 大商人グロスマン様、ようこそおいでくださいました。わたくしが探偵のロゼッタ・フォン・リーベンベルクでございます。本日はどのようなご用件で?」
ロゼッタはにこやかに迎え入れます。
「ああ、これはご丁寧に。実は…まことに恥ずかしいお話なのですが…」
グロスマンは深々と頭を下げました。リリアはすぐに最高級の紅茶を淹れ、温かいカップを彼の前にそっと置きます。オスカーは手帳を広げ、ペンを構えました。
「わたくしの娘が…娘が、連れ去られてしまったのです!」
彼の声は震え、その目には絶望が宿っています。
「娘さんが…! それは大変でございますわね! いつ、どこで、どのように?」
ロゼッタは心配そうに身を乗り出します。
「昨夜、自室から忽然と…! 窓は施錠されており、侵入の形跡もございません。まるで、影に攫われたかのように…」
グロスマンは言葉を詰まらせました。
「窓が施錠…侵入の形跡なし…? 不可解な事件ですね。警備隊には、すでに相談済みでございますか?」
オスカーが眼鏡を上げ、考え込みます。
「もちろんでございます、オスカー様。警備隊にはすぐに連絡いたしました。しかし、彼らも首を傾げるばかりで…『侵入の形跡がない以上、事件として扱うのは難しい』と。らちがあかず、時間だけが過ぎていくばかりで…」
グロスマンは力なく首を振りました。
「ふん、人間ってのは、すぐに『不可解』だの『奇妙だ』のって言うよな。見えないだけだろ。警備隊なんて、そんなもんだ」
ティムがロゼッタの肩でぶっきらぼうに呟きます。
「ティムったら。グロスマン様、ご安心ください。わたくしが必ず、娘さんをお探しいたします。警備隊の方々では見つけられない手がかりも、きっとございますわ」
ロゼッタはグロスマンの手を優しく握ります。
「ロゼッタ様…貴女様が貿易商ヴァイスマン殿の肖像画事件を解決されたと伺い、藁にもすがる思いで参りました。リーベンベルク家のご息女である貴女様ならば、きっと…」
グロスマンはロゼッタの旧家との繋がりにも触れ、期待を込めた眼差しを向けます。
「お嬢様、オスカー。わたくしにできることはございませんか? グロスマン様の悲しみが、わたくしにも伝わってまいります。何としてでも、お力になりたいです」
リリアが心配そうに尋ねます。
「ええ、リリア。まずは、娘さんの部屋を拝見させていただけますか? 何か、手がかりが残されているかもしれません。グロスマン様、ご案内いただけますか?」
ロゼッタはグロスマンに優しく問いかけました。
【シーン2:残されたおもちゃと共感覚】
グロスマンの屋敷の娘の部屋は、整然としていました。しかし、その整然さが、かえって不自然さを際立たせています。
「こちらが娘の部屋でございます。どうぞ、ご自由に…何なりと調べてください」
グロスマンは力なく言います。
「お嬢様、窓も扉も、確かに施錠されていますね。無理に開けられた形跡もありません。警備隊の報告通りです」
リリアが確認します。
「ええ、まるで、娘さん自身が、自ら出て行ったかのように…しかし、そんなはずは…」
ロゼッタは部屋の中央に落ちていた、娘が大切にしていたらしい人形に目を留めました。
「この人形は…? 娘が肌身離さず持っていたものと伺いましたが」
ロゼッタは人形にそっと触れます。
「ああ、それは娘が幼い頃から肌身離さず持っていた人形です。まさか、それを置いていくとは…。娘が自ら出て行くなど、ありえません…」
グロスマンが悲しげに答えます。
ロゼッタが人形に触れた瞬間、心に強い感情が流れ込んできました。
「…っ! この人形からは…『お父さん…お母さん…』という、切ない声が聞こえるようです…そして…『仲間だ』…『急げ…急げ…』…? 何でしょう、この二つの感情は…」
ロゼッタは困惑したように呟きます。
「『仲間』…? 『急げ』…? それは、娘さんの感情でしょうか、それとも…連れ去った者の感情が混じっているのでしょうか?」
オスカーが眼鏡を上げ、ロゼッタの言葉を慎重に分析します。
「ふん、娘の感情だけじゃねーな。連れ去った奴らの感情も混じってるぜ。あいつら、娘を『仲間』だと思ってやがる。だから、無理やりじゃねーって言い訳してるんだろ」
ティムがぶっきらぼうに言います。
「連れ去った者が…『仲間』…? それは一体…どういう意味なのでしょうか?」
リリアは首を傾げます。
「グロスマン様、娘さんは、ご自身の意思でこの部屋を出たわけではないようです。しかし、連れ去った者たちは、娘さんを『保護』しようとしている、そのような感情が伝わってきます。彼らは、娘さんを自分たちの『仲間』だと認識しているようです」
ロゼッタはグロスマンに伝えました。
「保護…? わたくしの娘を…? 一体誰が、何のために…? 娘を保護するなど、わたくしが許しません!」
グロスマンは混乱した様子です。
【シーン3:オスカーの推測とジンの情報】
屋敷から探偵事務所に戻ったロゼッタたちは、グロスマンの娘の連れ去り事件について話し合いました。
「ロゼッタ様の共感覚によれば、連れ去った者は娘さんを『仲間』として『保護』しようとしている…これは、先日襲撃してきた黒いローブの集団と関連がある可能性が高いです。その『貪欲』な感情も、この『保護』という言葉の裏にある真意を示唆しているかと」
オスカーが眼鏡を上げ、分析します。
「『孤高の守り手』…彼らが、また能力者を探しているのでしょうか? まさか、グロスマン様の娘さんが…」
リリアが真剣な顔で言います。
「ふん、そうだろうな。あの連中は、能力者を見つけると、すぐに『仲間』だとか言って、自分たちの都合のいいように連れ去るからな。厄介な奴らだぜ」
ティムが呆れたように言いました。
「ティムったら。でも、娘さんが無事でいてくださるなら、それが一番ですわ。ただ、その『保護』とやらが、本当に娘さんのためになっているのか…」
ロゼッタは不安そうに呟きます。
「リリアさん、ジン殿に連絡を取りましょう。彼ならば、この件についても何か情報を持っているかもしれません。特に、最近街で能力を持つ子供がいないか、あるいは連れ去られたという噂がないか、調べてほしいと伝えましょう。彼ならば、警備隊では掴めない情報も持っているはずです」
オスカーが提案しました。
リリアはすぐにジンに連絡を取り、港の倉庫街で彼と会いました。
「また『孤高の守り手』か。厄介な奴らだな。能力者を探してるってのは、間違いねぇだろうな。最近、この手の話が増えてるぜ」
ジンは低い声で呟きます。
「ジン殿、グロスマン様の娘さんが連れ去られました。彼女も、能力者なのでしょうか? そして、どこに連れて行かれたのか、何か情報は?」
リリアが問いかけます。
「さあな。だが、奴らが狙うってことは、何かしらあるんだろう。最近、街で妙な噂がある。子供たちが、不思議な力を使うようになったとか…そんな話が、あちこちで聞かれるぜ。連れ去られた場所については、まだ確かな情報はないが、廃倉庫の辺りが怪しいって話だ」
ジンはそう言うと、リリアに小さな紙切れを渡しました。そこには、連れ去られた娘の似顔絵と、彼女が持つとされる能力に関する情報が記されていました。
「これは…娘さんも、共感覚の片鱗をお持ちだったのですね…。だから、彼らは娘さんを『仲間』だと…」
リリアは驚きを隠せません。
「ああ。俺の仲間にも、最近、妙な奴らに声をかけられたって奴がいる。能力者を探してるってのは、間違いねぇだろうな。気をつけろよ、メイドさん。お嬢さんにも、用心しろって伝えとけ。奴らは、お嬢さんの能力にも気づいてるはずだ」
ジンは真剣な顔で言いました。
【シーン4:ティムの魔法と救出】
事務所に戻ったリリアは、ジンから得た情報をロゼッタとオスカーに報告しました。
「お嬢様、オスカー。ジン殿の情報によれば、グロスマン様の娘さんも、共感覚の片鱗をお持ちのようです。そして、『孤高の守り手』が、彼女を『保護』しようとしているとのこと…場所は、港の廃倉庫が怪しいと」
リリアが言葉を選びながら報告します。
「やはり…! 私の共感覚が感じ取った『仲間』という感情は、そういうことだったのですね…廃倉庫…」
ロゼッタは納得したように頷きます。
「彼らは、能力を持つ者を自分たちの理想郷に迎え入れようとしている…しかし、その方法は、あまりにも強引で、危険です。娘さんの感情が『怯え』を示している以上、彼らの『保護』は、娘さんにとって望ましいものではないでしょう」
オスカーが眼鏡を上げ、分析します。
「くそっ、やっぱりロゼッタと同じように、能力者を集めようとしてやがる! 許せねー! ロゼッタ、早く娘を見つけ出してやろうぜ!」
ティムが怒りに震えるように叫びました。
「ティム、娘さんはどこにいるのでしょうか? 早く見つけ出してあげたいですわ。娘さんの怯えが、わたくしにも伝わってきます…」
ロゼッタは焦る気持ちを抑えきれません。
「ロゼッタ、俺の精霊魔法『増幅』を使え。お前の共感覚を最大限に引き出してやる。そうすれば、娘の正確な居場所がわかるはずだ。もっと集中しろ!」
ティムが提案しました。
ロゼッタはティムの言葉に従い、深く集中しました。ティムの精霊魔法が発動すると、ロゼッタの共感覚が研ぎ澄まされ、娘の感情が、まるで目の前にあるかのように鮮明に感じ取れます。
「見えましたわ! 港の廃倉庫です! 娘さんは、そこで『保護』されています…でも、とても怯えています…早く、早く助けに…!」
ロゼッタは叫びました。
「廃倉庫ですね! わたくしがすぐに参ります! お嬢様はここで待機していてください!」
リリアは即座に立ち上がります。
「私も同行します、リリアさん。ロゼッタ様、ここで待機していてください。危険です。私の護身術とリリアさんの戦闘能力があれば、問題ないはずです」
オスカーも護身用のナイフを手にします。
「リリア、オスカーさん、どうか娘さんをお願いいたします! そして、ご無事で…! わたくしは、ここで皆さんの無事を祈っています!」
ロゼッタは二人に深く頭を下げました。
リリアとオスカーは、港の廃倉庫へと急ぎました。廃倉庫の中は薄暗く、数名のローブの人物が娘を取り囲んでいます。
「娘さんを離しなさい! あなた方の『保護』は、娘さんを怯えさせているだけです!」
リリアが叫び、戦闘が始まりました。
「抵抗は無意味です。彼女は我々の仲間となるべき存在。無駄な争いは避けましょう」
ローブの一人が冷静に言います。
「黙りなさい! お嬢様の大切な依頼です! お嬢様の願いを叶えるため、わたくしは容赦しません!」
リリアは素早い体術でローブの人物たちを次々となぎ倒していきます。その動きは、まるで嵐のようでした。
「リリアさん、左から二人目! 動きに癖があります! 右の者は、足元が不安定です!」
オスカーが冷静に指示を出します。彼はローブの人物たちの動きを分析し、リリアに的確なアドバイスを送ります。
「オスカー、お見事ですわ! 素晴らしいご指示、わたくしの動きがより円滑になります!」
リリアはオスカーの指示に従い、流れるような動きで敵を制圧していきます。
「リリアさん、褒めている場合ではありません! 集中してください! 私はあくまで、リリアさんの戦闘を補助しているに過ぎません!」
オスカーは汗を流しながらも、冷静さを保ちます。
娘は怯えながらも、二人の活躍に希望の光を見出しました。激しい戦闘の末、リリアはローブの人物たちを制圧し、娘を無事救出しました。
【シーン5:組織の正体】
事務所に戻ったリリアとオスカーは、保護された娘と、捕らえた連れ去り犯を連れてきました。娘はグロスマンと再会し、抱きしめ合います。
「娘よ! 無事だったか! ああ、本当に…本当にありがとう、ロゼッタ様! 貴女様には、いくら感謝しても足りません!」
グロスマンは涙ながらにロゼッタに感謝しました。
「ご無事で何よりでございました、グロスマン様。しかし…この連れ去り犯の正体は…」
ロゼッタは捕らえられたローブの人物に目を向けます。
「彼は、『孤高の守り手』の一員です。ロゼッタ様の共感覚と同じ、特殊な能力を持っているようです。彼の能力は、対象の感情を読み取り、それに干渉する力かと推測されます」
オスカーが説明します。
「お前も、俺たちと同じ能力者だ。なぜ、我々の理想郷に来ない? 我々こそが、真の理解者だ」
連れ去り犯は、ロゼッタを睨みつけました。
「私たちは、能力を持つ者を『保護』し、能力を持たぬ者から守る。それが我々の使命だ。お前も、その力ゆえに孤独を感じてきたはずだ。我々と共に来れば、もう二度と孤独ではない。この世界は、能力を持たぬ者には理解できないのだから」
犯人はそう主張しました。
「『保護』…? それが、あのような強引なやり方で…? わたくしは、孤独ではありませんわ。わたくしには、リリアも、オスカーさんも、ティムも、そして街の皆がいますもの。皆は、わたくしを理解してくださいます」
ロゼッタは力強く言いました。
「くっ…お前も、いつか我々の理想を理解する時が来るだろう…能力者ゆえの孤独は、誰にも理解できない…」
犯人はそう言い残し、リリアに拘束されました。
「お嬢様、彼らの目的は、能力を持つ者を自分たちの理想郷に迎え入れることのようです。しかし、その方法は、あまりにも強引で、危険です。彼らの主張は、私たちには受け入れられません」
リリアが真剣な顔で言います。
「私の分析によれば、彼らは能力者としての孤独から、歪んだ思想に陥っている可能性が高いです。その思想は、最終的に能力者とそうでない者との間に、さらなる溝を生むでしょう。彼らが目指すのは、真の理想郷ではありません」
オスカーが冷静に分析します。
「ふん、結局、自分たちのことしか考えてねーんだよ。ロゼッタとは大違いだ。ロゼッタは、みんなのために頑張ってるんだからな」
ティムが呆れたように呟きました。
ロゼッタは、捕らえられた犯人の瞳の奥に、深い「孤独」の感情を読み取りました。この組織の背後には、もっと深い悲しみと、歪んだ理想があることを、ロゼッタは直感したのです。
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