十四日目 2025.8.11
『源氏物語』と友達になる。十四日目 2025.8.11
お昼寝をして、夢を見た。
母親の言行に、なんかヒステリックに反応している夢で、起きた時「ああ、夢でよかった」と思った。
自分の鈍麻なところと鋭敏なところは、父母によるところが多いけど、それが自分のパーソナリティかと言われると、少し悩んだ末違うと答える。
単なる抑圧の結果で、夢に現れるヒステリックさは、一つの可能性の解釈にすぎない。
たとえそれが最もあり得ない可能性として夢に出ても、可能性の中では最もあり得ないのだから、悩む必要もない。夢は、可能性のシミュレーションであり、パーソナリティの裏づけではない。
でも、可能性はリアリスティックなものだ。だから、夢は物語なんかではなく、未来予知だと考える派閥に、僕はおずおず賛成する。
【新出単語とか】
・きよらなり……気品があって美しい(第一級の賛辞)
・ゆゆし……不吉だ
・うけひく……承知する、承認する
・おぼし憚る……遠慮されて
・御心おちゐる……気持ちが落ち着く
・恋ひ泣き……恋慕って泣く
・なれむつぶ(馴れ睦ぶ)……慣れ親しむ
・あまり……あまりに
・らうたうす……世話を焼きたくなる
・なずらふ……類似する
・なまめかし……優美だ、みずみずしい
・わざとの……正式な、特別の、故意の
【今回読んだ範囲】
若宮参内する
始め「月日経て、若宮まゐり給ひぬ。……」
終わり「……すべて言いつづけばことことしううたてぞ成りぬべき人の御さま成りける。」
【考えたこと】
この節にある中でも「おぼし憚り」「おぼし沈みて」「おぼし知りて」と「悲しびおぼす」のように、「おぼす」と「動詞」の位置が異なるものがある。
「おぼす」が前のグループは「思った末に〜なる」ということなのか「おぼす」と後に来る動詞が、心情的表現として類するものであるから、重ねてニュアンスを伝えようとしているものなのか。つまり「おぼす」のバリエーションとして、より具体的な形で「おぼし知る」があるのか。古語は不思議だ。
そういう意味では「悲しびおぼす」は……「悲しく思う」なのか? それなら「かなしうおぼさるる」とかの方が普通な気がする。なんでこれは「おぼしかなしぶ」ではないんだろう。謎だ。