7.町の散策
「ふー、良いお湯だったわ」
「恐れ入ります。レモン水を置きますね」
「ん、ありがとう」
お風呂に入り、寝巻を着て、自室でくつろぐ。セリナが用意してくれた冷たいレモン水をぐいっと飲むと、ようやく一息つけた。
「では、私は荷物整理の続きをして参りますね」
「もう夜よ? 今日は休んだほうがいいんじゃないかしら」
「いえ、そういう訳にもいきません。レティシア様には一刻も早く普通の生活が送れるようにならなければいけません」
セリナは一人でどうにかしようとしているみたいだ。あんな大荷物、一人で整理出来る訳がないだろう。
「領館に人がいないせい?」
「……そうですね。カテリーナ様の妨害で領館の人がいなくなってしまいましたから、私がどうにかするしかないと思います」
カテリーナとは継母のことだ。その継母のせいでセリナが大変な目に遭っているのは、見過ごしちゃいけない。
『このままセリナが一人で作業をすると、必ず体を壊すことになるでしょう』
「それは避けたいわね。……やっぱり、ここは領内の事を把握するよりも、先に人員の確保に乗り出したほうが良さそうね」
『それが最善でしょう。まずは領館の機能を取り戻し、普通の生活を送れるようにすることが先決です』
「決めたわ。明日は町に出て、人員を確保してくる」
このままだったら、セリナが多忙で倒れてしまう。その前に、領館で働いてくれる人を探すしかない。
「それだと、レティシア様のお仕事が滞ってしまいます。人員の確保は私が担当します」
「人員の確保もセリナが担当したら、私たちの生活が滞ってしまうわ。ここは私に任せて。叡智もいるし、きっと良い人員を探してくるから」
「ですが……」
「どんな困難も乗り越えてきたレティシア・ベッティーニに任せなさい!」
自信満々に宣言すると、セリナはうやうやしく頭を下げてきた。
「お手数おかけして申し訳ありません。レティシア様と叡智様の力、お貸しください」
「任せて!」
『お任せください』
私と叡智が素敵な人員を見繕ってくるわ!
◇
「お加減はどうですか?」
「うん。久しぶりに着たけど、ピッタリだよ」
「今日着ていく服や装備が見つかって良かったです」
翌朝、朝食を食べた私は早速人員を確保するため外行の格好をした。ドレス姿から軍服に近い格好に様変わりだ。
この格好をするのは久しぶり。動きやすい恰好になって、心が軽くなる。それに帯剣もした。護衛がいない今、自分の身を守れるのは自分だけだからね。
「本当にお一人で行かせても大丈夫でしょうか? やはり、私も着いていった方が……」
「何言っているのよ。セリナには荷物整理の仕事があるでしょ。町の中の散策くらい、自分一人でも行けるわ」
「でも今回は護衛に囲まれた安全な散策ではありません。レティシア様は武芸の心得はありますが、それでも心配なのです」
「警戒なら叡智がしてくれるし、問題ないわ。過去に叡智がいたお陰で不審者を事前に取り押さえる事が出来たでしょ? 今回もそんな感じで行くわ」
「……叡智様、くれぐれもレティシア様の事をお願いいたします」
『承知いたしました』
さて、これで準備は出来た。それにしても、久しぶりの町の散策ね。今までは結婚式の準備とかで忙しかったから、王都の散策が出来なかった。久しぶりに羽を伸ばせるわ。
あっ、いけない! 羽を伸ばすんじゃなくて、人員を確保するのが目的だった。だめだめ、仕事モードにならなくっちゃ。
「じゃあ、叡智行くわよ」
『承知いたしました』
◇
領館を出ると、そこはすでに町の中。そのまま好きなように町の中を歩き始める。
歩き始めて始めに気づいたのは、人が少ない事だ。まだ、資料を読んでいないから、この領都にどれだけの人が住んでいるかは分からない。
でも、明らかに町の規模と比較して、外を出歩く人の数が少なかった。これが、財政破綻寸前の領都の姿なのだろうか?
「本当に人が少ないわね」
『財政破綻寸前、と手紙には書いてありましたね。すでに町民が逃げ出している可能性があります』
「なら財政破綻がかなり進んでいると見て間違いなさそうね」
『何が原因かは分かりません。人員を確保したら、すぐにその原因を突き止めるのがいいでしょう。情報が不足していて、私も予測が付きません』
「でしょうね。私たちは地方の名前と領都の名前くらいしか知らされていないもの」
あの継母のせいで事前に情報を入手できなかったのが痛い。名前さえ教えてくれれば、後はこちらで勝手に調べて、事前に対策を取れたというのに。それもさせてくれないなんて、継母の意地悪はとても面倒だ。
「店も結構閉まっているわね」
『どうやら、この領都には魔道具店が多いみたいです。そこに原因があるのかもしれませんね』
「魔道具店が財政破綻の原因? でも、魔道具店が原因になるなんて……」
『魔道具店と繋がりのある事柄に原因がありそうですね。今はまだそれしか言えません』
「そうね。まだ情報が少ないもの。早く人員を見つけちゃいましょう」
つい、財政破綻の原因を考えてしまう。今、大事なのはそこじゃなくて、人員を確保することだ。
「とりあえず、叡智お願い」
『では、サーチを開始します』
人員を確保するには、叡智の能力が使える。不思議な力を使い、その人の能力を見破る事が出来るみたい。その力を使えば、通り過ぎる人の能力を見破り、領館に必要な力を持った人が見分けられるのだ。
私はただ町の中を歩けばいい。出来れば、人が多い所に向かって歩いていく。
『サーチにヒット。メイドに適した人材を発見』
「本当? どこにいるの?」
『右斜め前方にある、路地に立っている女性たちです』
言われた方を見ていると、そこには三人の少女たちが立っていた。だけど、他にも人がいる。厳つい男性たちが少女を取り囲んでいた。
少女たちは困ったような表情をしている。もしかして、絡まれている? そう思っていると、男性たちは少女たちに詰め寄り、路地の中へと消えていった。
『あの少女たちが危険です』
「なら、助けないとね」
『あの程度の男たちならレティシアでも倒せるでしょう』
「その言葉を聞きたかった」
私は少女たちと男たちが消えていった路地へと向かった。




