5.人が消えた領館の謎
「なんていうことでしょう! 領館で働いていた人全員が辞職するなんて!」
この事態に耐え切れずセリナが声を上げた。私も同じ気分だ。まさか、就任早々領館で働く人がいなくなるなんて思いもしなかった。
「どんな事情があって、こんなことになったのか……」
「そんなことを考えるよりも、現状をどうにかしないといけません! 早く人を集めないと、領館が機能しなくなります!」
「そうね。まずは現状をちゃんと認識することから始めましょうか」
領館が機能しなくなると、領内に混乱が起きてしまうことになる。なんとかして、早めに人を集めないと。
「もう、レティシア様ったらこんな時でも落ち着いて……。もしかして、叡智様のお力でこの事態の予測も?」
「いや、これは完全に予測外の事だよ。叡智は現状を見る能力はあるけれど、未来予知が出来る訳じゃないからね」
「でも、未来予知的な事もありましたよ?」
「それは、現状から計算された事だから未来予知ではないよ」
叡智が未来予測まで出来たら神みたいな存在になるだろう。そんな未来予測の力があれば、私の環境はもっと良くなっていたはずだ。
「本当にこれは予想外の出来事だったんですね。はぁ……これからどうしましょう」
「とにかく、やるべきことをやりましょう。セリナは運ばれた物がどこにあるか把握してもらって、私は執務室に行こうと思う」
「ですね。運ばれた物が整理されていればいいのですが……」
「じゃあ、叡智に聞いてみる? ねぇ、叡智。私の物は整理されていると思う?」
叡智に訊ねると、返答が返って来る。
『辞職した者たちの様子から見ると、レティシアとセリナの私物は整理されていないでしょう』
「整理されてないって」
「そうですか、ありがとうございます。心の覚悟が出来ました」
「覚悟?」
「私一人でレティシア様の荷物整理をする覚悟です」
『一人で整理すると、体を壊す可能性があります。本日はすぐに使用する物だけを厳選して整理することをオススメします』
「セリナは無理しないで。今日は明日使う物を出して貰えばいいから」
「……力不足で申し訳ありません。レティシア様にはご面倒をおかけしますが、出来るだけ早く普通の生活が出来るように尽力させていただきます」
思わぬ逆境にセリナが燃えている。これは無理をして体を壊しそうな気配がする。今日中に新しい人を見つけるのは無理だけど、早々に動いたほうが良さそうだ。
「じゃあ、一緒に領館の中を歩いてみようか」
「はい。お供させていただきます」
私はソファーから立ち上がると、セリナを従えて応接間を出て行った。
◇
領館は二階建てになっており、一階は殆どが共有部分になっていた。応接間や地方官吏が仕事をする事務室などがある。
一階から領館の裏側を見るとそこには宿舎があり、領館で働く人たちが住む場所になっていた。
それから二階に上がると、一階よりも豪勢な作りになっている。ここが領主のプライベート空間だということが分かった。
その二階を一部屋ずつ見て回ると、領主の私室に沢山の荷物が積まれていたのを発見した。本当に荷物の整理をしてくれなかったらしい。
「荷物が見つかって良かったです。早速作業を始めてもいいですか?」
「えぇ、いいわよ。でも、無理はしないでね。私は執務室に行っているわ」
飛び掛からんとする勢いでセリナが荷物に近づく。やる気に燃えるセリナを見て、止める事は不可能だと悟った。
セリナと別れ、私は執務室へと向かう。それらしい部屋を見つけて中に入ると執務室だった。部屋の中は整理されており、壁一面にある棚には沢山の書類が並べられていた。
「ふーん、これが引き継ぎが終わった執務室?」
『その気配は全くありません。書類に被った埃を見る限り、真面目に領地運営をしていたとも思えません』
「叡智って埃みたいな小さい物まで見てるのね。庶民向けの小説で読んだ、掃除の後に埃を確認するお姑さんみたい」
『その例えは心外です。訂正してください』
「やーね、怒ったの? 埃まで見るキャラがそれしか思いつかなかっただけよ」
『レティシアのボキャブラリーに必要のない知識があるように思えます。今後、レティシアに入れる知識の選別をしましょう』
「ちょっと! 私の楽しみを奪わないでよ!」
もう……叡智ったら! 例えが嫌だったからって、庶民向けの小説を読む趣味まで取らないで欲しいわ。
そんな風に叡智と無駄話をしながら執務室を見て回ると、机に一通の封筒が置いてあるのが目に入った。
「何かしら、これ……」
『もしかして、それが引き継ぎではありませんか?』
「この手紙が引き継ぎ? やけに可愛らしい引き継ぎね。……あ、宛名が私になっているわ」
ということは、リビルという代官が置いていったものかしら? それにしては、封筒が女性向きね。
不可思議に思いながら封を開けて中身を取り出してみる。そこには一通の便箋が入っていた。
「えーっと……」
便箋を開き、内容に目を通して見る。
『あなたに相応しい財政破綻寸前の領地を用意しました。この領地であなたが落ちぶれていく様を王宮で見届けてあげます。追伸、あなたには叡智がいるので、下々の者は必要なさそうでしたから、新しい職場を用意したわ。精々、叡智と一緒に頑張りなさい』
名前は書いていなかったが、これを書いた人物なら覚えがある。
『領館で働いていた人達が強引に辞めていった原因が分かりましたね』
「ふーん。どこまでも私の邪魔をするってことね……」
私の中にフツフツと沸き上がる熱がある。それは怒りではなく、闘志が漲る。
「いいじゃない、やってやるわ。私と叡智が力を合わせれば、出来ないことはない。この領地を栄えさせてやるわよ」
『承知いたしました』
継母の思い通りにはさせない。受けた屈辱は何倍にもして返してやるわ!