46.開発着手前
魔道具協会全面協力のもと、浮く魔道具の再開発が始まった。職人の手に材料となる魔石と魔鉄、そして青く透明な石が無料で配布される。もちろん、費用は領の財政からだ。
職人には日々の魔道具生産の傍ら、浮く魔道具の開発を進めてもらうことにした。本当は浮く魔道具に時間を使ってもらいたいけれど、それだと職人の生活がままならない。
私も領主としての仕事があるから、職人と同じだ。日々の仕事もしっかりとする必要がある。
「じゃあ、行商人への知らせはゼナを通してした方が良いのね」
「えぇ。私も行商人でしたから、伝手はあります。その伝手を使って、広く行商人に話を広めましょう」
事務室でゼナと行商人との連絡について話し合う。ゼナは以前、行商人をしていたので、その伝手があった。
今回の魔道具展示即売会の主なお客になる行商人をどうやって集めるか悩んでいた。だが、この話をゼナにすると、自分に任せて欲しいと言ってきたのだ。
ゼナが行商人に伝手があって良かった。そうじゃなかったら、どうやって広めようか悩んでいたところだ。
「再開発される浮く魔道具……これはきっと行商人が飛びつくはずです。もし、荷台が浮いたら運送コストが下がりますから」
「そうよね。ただ引っ張るだけでいいから、馬の数は少なくてもいいし、最悪自分で引っ張って移動させることも可能だから」
「計算してみましたが、普通の運送コストと浮く魔道具を使った運動コストには今のところ三割も差がありました。それは荷物が多ければ多いほど、差が広まる計算でした」
「そんなにコストを削減できるのね。行商人にとっても、物流に携わる人にとっても、この魔道具は画期的な物になるわ」
浮く魔道具で荷台を浮かせれば運送コストが下がるメリットがある。これは、町を行き来する行商人にとって助かる魔道具になるに違いない。
「魔道具展示即売会の話と合わせて、開発中の魔道具の話も広めてくれないかしら?」
「もちろんです。新しい魔道具には目がないですから、きっと飛びついてきてくれることでしょう」
「そうだったら、助かるわ。あとは魔道具を開発するだけね……」
「それが一番大変ですな……。ともあれ、私は行商人向けに動いていきます。魔道具展示即売会、成功させましょう」
そう言って、ゼナは事務室を出ていた。事務室に残されたのは、私とハイドとガイだ。
「とりあえず、行商人への連絡はどうにかなりそうね。ハイドとガイは継続して、新しく売れる先を探して頂戴。魔道具展示即売会に全てを頼るのは危険だから」
「分かっているよ。リストアップを終わらせたところだから、これから連絡を取りに行こうとしていたところだよ」
「手紙を書きまくって、連絡を取りに行こうと思う。もし、途中で問題が出てきたら、すぐに知らせる」
「頼んだわよ。鉄も魔石も魔鉄も生産は止めないわ。あとは、私たちの仕事よ」
それぞれが与えられた仕事を真っ当している。あとは、私が成功に導くのみ。とても難しい仕事だけど、不思議とやる気は枯れない。それどころか、次々と沸いてくる始末だ。
私は魔道具開発を始める前に、目の前の領主としての仕事を片づけていく。
◇
「はー……ようやく、魔道具の開発が出来るわ」
「お疲れさまでした。こちらにお茶とお菓子を置いておきますね」
「ありがとう、セリナ。一休みしたら、すぐに開発を始めるわ」
自分の執務室に戻って来ると、まずはソファーで一休憩。熱い紅茶を飲み、甘い菓子を食べる。それだけで体の疲れが癒えていくようだ。
「じゃあ、早速だけど魔道具について教えてくれない?」
『休憩中では?』
「ほら、時間は有限だから今の内に色々知っておいた方が仕事がしやすいじゃない」
『そういうのをワーカーホリックっていうんですよ』
「またその異世界用語? もう、私はそんなに働いてないわ!」
「……レティシア様はとても働いているように見えますが」
『というか、ここに来てからあまり休んでないのでは?』
「い、今は休んでいられないだけよ……」
なぜか二人に責められているような気がする。というか、二人の機嫌はそんなに良くない。
「休む時はしっかりと休んでくださいませ。そうじゃないと、体調を崩すことになりますよ」
『セリナのいう通りです。休む時は休むことに集中してください』
「や、休んでいるわよ。紅茶だって飲んでいるし、茶菓子も食べてるし!」
「休むとはそういう事じゃありませんよ」
『ここに労働基準法があったら、レティシアの働き方は基準に反します』
「もう……二人は厳しい」
私の休憩は二人に見張られながら、一時間しっかり取ることになった。お陰で体の調子はいいし、これなら少し寝るのが遅くなっても大丈夫!
「今、レティシア様が余計なことを考えたように思います」
『奇遇ですね、私もです』
「べ、別に大したことじゃないわよ……。ちょっと、寝るのが遅くなっても良いかなって考えただけで」
「睡眠時間を削ったらダメですよ! 体に悪いです!」
『睡眠不足になると自律神経のバランスが失われ、ホルモンの分泌も乱れます。その結果、頭痛やめまい、耳鳴り、動悸などの不調が引 き起こされます。よって、十分な睡眠を』
「わ、分かった! 分かったから! 無理はしないから!」
慌てて取り繕うも、二人は全く信用してくれない。セリナの生声と頭に響く叡智の声が同時に聞こえてきて、非情に心地が良くない。
もう余計なことをいうのは止めようと思った。