41.魔鉄職人の育成
時間が経ち、金型から魔鉄を取り出す時が来た。工員たちが見守る中、金型から慎重に魔鉄のインゴットが取り外された。
魔鉄のインゴットは灰色をしており、光を当てると少しだけ緑色が見える。これは、成功しているのかしら?
「この魔鉄はどうかしら?」
私は以前の魔鉄職人に出来上がった魔鉄のインゴットを渡した。すると、その老人は真剣な目をしてインゴットを確認し始めた。
様々な角度で見たり、ハンマーで叩いて音を聞いたりする。その様子をドキドキしながら見ていると、老人は魔鉄のインゴットから目を離した。
「これは……」
「どう?」
「以前作っていた魔鉄よりも品質の良いものです。まさか、知識だけでこれほどの物が作れるとは思いませんでした」
その言葉に私も工員たちも喜びの声を上げた。初めての魔鉄製造だったけれど、上手くいったことで私たちに自信が生まれた。
「そう! 以前よりも品質の良い物なのね!」
「はい。これほどに品質のいい魔鉄は他にはないでしょう。これは、凄い事です」
「みんな、やったわね!」
工員たちに同意を求めると、工員たちは頷いて喜び合った。じゃあ、これで魔鉄の問題は解決? ううん、まだよ。まだ、私がいないと魔鉄は作れない状況だ。これを私がいなくても魔鉄が作れる状況にしなくてはいけない。
今、やるべきことは新人の工員を立派な職人に育て上げる事だ。それが出来なければ、魔鉄製造は軌道には乗らないし、その先の魔道具作りは始まらない。
ここは妥協せずに、完璧な職人を育成する。私は喜んでいる皆に向かって口を開く。
「叡智の知識だけで、これだけの物が作れた。この知識を技術として蓄積していくには、沢山の経験が必要よ。だから、これからは魔鉄を作りまくる。私がいなくても、最高の品質の魔鉄が作れるようになるのよ」
私の言葉を受けて工員たちはどこか不安げだ。全て、叡智が教えてくれた知識でなんとかなったけど、それを技術として身に着けるには相当な時間がかかると思っている。
「みんなが不安なのは分かる。だけど、大丈夫よ。ちゃんと技術が身に着くまで、私がしっかりと教え込んでいく。だから、あなたたちも一回の魔鉄作りで多くの物を吸収していってほしいの」
私がしっかり教え、工員たちがしっかりと経験値にしていく。何度も何度も積み重ねていけば、一人前の魔鉄職人になってくれる。
「全力であなたたちに教える。だから、あなたたちも全力で応えて」
強い口調で訴えかけると、不安そうだった工員たちの表情が明るくなる。誰もが真剣な表情になり、強く頷いた。
「領主様の期待に応えられるよう、頑張ります」
「だから、俺たちにやり方を教えてください」
「絶対にものにしてみせます」
頼もしい言葉を聞けた。これなら、きっと知識を技術として身に着けてくれるだろう。
「なら、どんどん作っていくわよ」
私の声に工員たちが声を上げて答えてくれる。これなら、きっと大丈夫。私たちは魔鉄作りを再開して、作業に没頭していった。
◇
最初の成功は、ただの一歩に過ぎなかった。
魔鉄の品質は確かに高く、職人たちは驚きと喜びに湧いた。けれど、それは叡智の知識があってこそ。教えられた理論と手順が、そのまま成果に繋がっただけのこと。
これを誰でも再現できる技術に変えるのが、本当の勝負だ。
「微妙に鉄鉱石が多いわ。もう少し減らして」
知識を徹底的に教え込むのは苦労する。少しの誤差も許したらダメ。その厳しさに工員たちが必死になってついてきてくれる。その様子を見ると、教えるのに手を抜くことは出来ないと感じた。
「まだ、入れるタイミングじゃないわ。ちゃんと、温度を感じて」
ダメなところはダメ。正しい事を教えているのに、少しずつ心が疲れてくる。
どうしてこんなことが出来ないの? とは思わない。どうして、自分の言葉がちゃんと伝わらないんだろう? そんな風に悩む。
だから、言葉に気を付けて伝える。ちゃんと伝わらなかったら、新しい教え方を考えて実行して……その繰り返しだ。
人に伝える事がこんなに大変だったなんて、思わなかった。だけど、ここで気を抜いたら工員たちのためにならない。だから、気を緩めることなく教えていく。
そんな私の心の支えは工員たちの態度だった。
目は必死に動きを追い、耳は言葉に反応し、手は少しでも正確に動かそうと震えている。これが本物を学ぼうとする目だ。
私は嬉しかった。彼らは決して、怠けるわけではなかった。知識がなく、方法を知らなかっただけ。今、それを得ようと懸命になっている。
そのひたむきさに心打たれてしまった。この人達を一人前の魔鉄職人にしたい。その気持ちが折れることなく続けていけたのは、工員たちのお陰だった。
私たちはお互いを助け、共に成長していった。それは、とても大きな力になった。




